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癖者好き女王と紳士な銃男  作者: 秋浦ユイ
《第1部 護衛編》炭鉱国家の大舞踏会
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第8話 大舞踏会③

 ポロぺ国は古くから癖者の出生率が高かった。

 先代の女王であり妾の母君は、その理由を探る事を目的として政治をしていた。

 癖者の受け入れもその一環であったのだ。


「人間が特殊な形質を持って産まれるには原因がある、オーリア、貴女にそれを解明する運命を託す」


 そう言い放って、逃げる様に母君は病気で命を落としてしまった。

 

 結果、十八で成人であったポロペ国で未成年の(よわい)十三の女王が初めて誕生した。

 女王に即位した当初は当然、未成年ともあって先代の女王の王配である父君が政治を行なった。

 

 当初の妾は母君の遺言を深く受け入れ、その事を日頃から意識するようになり、王宮内の癖者達を観察し紙に書いていた。


 性格の特徴や身体構造の考察と調査、五感機能の有無等を様々にまとめていた。

 それが無意識の内に脳が娯楽と認識したのか、楽しくて堪らなかった。

 

 幼子の時から王宮内には真人間が少なく、癖者に囲まれて育ってきた妾だ。

 彼らの存在に疑問を持つ事がなかったので、使命感や宿命からなる、好奇心の追求が反動となり功を奏したのだろうか。

  


 とある日に他国の訪問時、当国の癖者の従者や護衛を見るなり煙たがるのを不思議に感じる様になった。

 それが癖者に対しての差別や偏見である事はまだ妾は知らなかったが、不埒であると自然に理解していた。


「それが一つ、妾が癖者を偏愛する様になった経緯じゃ、納得したか?」

 ベレッタは何も言わず、妾の目を見ていた。

 静かに話を聞くが、まだ本質的な部分を答えられていなかったからか困惑している様にも思える。


『何故、女王はワタクシ達、癖者を好むのでしょうか?そ、そして女王は癖者を真人間と同じ様に――』

 

 その言葉の続きに当てはまる事は恐らく『対等に見ているか』だ。

 この者は何より、過去に差別や偏見を酷く当て付けられ自身が癖者である事を卑下している事だろう。

 

 そうした者は、ある日を境に急激に優遇されると狼狽えて罪悪感や過分に襲われる。

 

 

 「二つ目を話す……四年後の某日、事件が起こったのだ。王配が刺殺されるな。」

 ベレッタは事を聞くと、俯き気味だった頭をフッと上げて淡々と話し始める妾を静かに眺めている。

 



――――――

「なんじゃと……」

 父の訃報を知ったのは、とある国からの伝書だ。


 手紙の内容は父君が他国の外遊時に癖者の兵士によって刺殺された事と、その兵士の処遇を当国に委ねると言う物であった。


 王配亡き現状、国の王は妾となった。

 外戚である夫人や公爵に頼む事も可能であったが、妾の意思で国を挙げる事を決意したのだ。

 皆、好意的に受け取ったかは、定かではないが母君の遺言もあり正式に即位した。


「その癖者の罪人を当国が引き取る」

 

 例の国の使者が殺害を図った者を連れてきた。

 奴は黒布を覆い、その風貌を直ぐに見る事はできなかった。


「即刻、処す」

 

 奴は個人的な王族への嫌味、嫉妬の衝動で犯行に至ったとの事、協力者はいなく単独そして無計画な突発だと話す。


 癖者であっても父君を殺した当然の報いだ。

 人を故意に、そして憎しみを持って殺すなど人道に反する、何も自然な断罪であった。

 


 使者は厳重に奴を縛り固定した上で去って行く。


 国家間でこの様な重大事件があった場合は反逆と見なし、某国と睨み合う事もあったかもしれない。

 妾を含めた当国の者達が癇癪を起こし戦争になる事もあり得た。


 ただそうならなかったのは、まだポロペ国が世界的な高い地位を得ていなかった事、軍事力も然程、無かった事も起因するだろう。



「お主……」

 騎士や護衛隊らが王室に大勢、待機し奴の身包みを剥がしていくと、妾の全身に痺れが走ったのだ


「狼男か。」

 黒い布を剥くと口枷、手枷、足枷をつけられた、全身獣の毛を貼り付けた、狼の癖者だった。

 さして珍しい癖者でなかったが弱々しい、その姿に思わず目を点にしてしまったのじゃ。

 

「お前は自身の罪を理解しておるか?」


 その獣の顔はコケていて今にも餓死寸前だ。

 妾が詰問を繰り返すと、護衛や騎士らが囲う中、彼は抵抗の一つもせずに、ギョロッと濁った獣の目を妾に向けて涙を流していた。


 罪の意識もコレから自身が処される事も全てにおいて、自分は悪くないと主張するかの様だと、その場にいた誰もが思った事だろう。


「おい、口枷を解け」

 ただ当時の妾は彼の涙に同情してしまったのだ。

 父君を殺害した張本人の涙でさえ可哀想と慈悲心が芽生えてしまうのも無理もない。


 癖者がアレ程までに悲しい顔で

 弱々しい姿で

 濁った瞳で

 妾を見つめていたのじゃ。


 護衛隊長は妾の指示を困惑しながらも遂行する。


「……」

 彼は何を言うわけでもなく深く呼吸を繰り返し涙を顔に滴せる。


「発言を許す、問いに答えろ。なぜ、泣く?罪悪感か或いは死ぬのが怖いか?まあ、どんな答えであってもお前の処遇は変わらんがな。」

 

 ぶっきら棒に言って見せた。様々な感情が交差し心苦しくなったのを今でも思い出す。


「……おれの、夢だったんだ。癖者の差別や偏見のない世界だ。」


 沈黙を破って吐いた言葉は予想外な物だった。


「こうして辺りを見ると、癖者ばかりで真人間は貴女様、一人のみ。楽園じゃあないか……」

 

 細々とした声、気を失いそうで今にも浮遊するかの様なやつれ具合である。


「夢か……同情など出来ぬがな」


「……貴女様にとって癖者はどんな存在なんでしょうか……奴隷ですか?遊び道具でしょうか、はたまた――」


「おい、奴に最低限の食事を与え牢に入れろ処刑日は三日後じゃ」


 許す事は決してできない。

 

 だが、引っ掛かった事が何個も浮かんでいった。

 夢というのは叶えた瞬間、自身の生命が脅かされる状況でも涙を流してしまう物なのだろうか。


 そして、彼はどんな壮絶な人生を歩んだのか。

 考えれば考えるほど疑問に湧く、分からない事ばかりで未知な事ばかりじゃ。涙の理由も、父君を殺害した本当の理由も何もかも。



 その日の夜、奴がいる牢に一人で向かった。

 護衛も従者も誰の許可もお供も得ず、自身の危険が伴うと分かっていても、彼の真意や全てを知りたかったのだ。


 癖者に対しての好奇心も探究心も全て、母の遺言からの賜物なのだが、妾は今も一つ思う。

 

『癖者を解き明かしたい』と。


 牢越しに静かに居座る奴の姿は、因果応報を体現していた。


 妾は奴に全てを明かす様に話した。

 自身の出生、家族、年齢や好きな食べ物から愛人の有無、そして父君を殺した本当の理由を。



「オレの……名前はクリミナルだ……皆んなが俺をそう呼んでる。知ってるか?オレの国で犯罪者って意味なんだ。」


 彼の名前を聞いた瞬間、絶句した。

 産まれた時から犯罪者と彼を呼び捨てる、なんて人権も尊厳も感じない。

 

 幾ら何でも凄惨だ。


「家族も、育て親もいない自分の歳さえも分からない……オレは癖者だからな……」


「……今度は貴女様が答えてくれるか?」


 何も答える事は出来ず、言葉の意味を脳内で咀嚼するばかり。人間である事を拒まれた人間、それが癖者なのだと、妾は初めてその現実を知った。


「貴女様にとって……オレや、仕いの癖者ってなんだ……同じ人間同士で対等か?単なる道具や駒、奴隷か?」


 深く深く思考を巡らせたのを覚えている。

 対等であるのか、道具か駒か奴隷か。

 退屈な日々を彩る観察対象か。


 ただ、産まれた時から見てきた癖者達は人間と遜色の無い、人間の様に言葉を話し、感情も思考も巡らす。食事も摂り睡眠も取る、五感機能も確かにある。比較するなど不毛である。


 国民を見れば、店を構える者も、子を腹に抱える者、眉を細めたり、口角も上げる。


 妾はこう答えた。


――――

「皆、生きている――」

 答えを示すかの様な明瞭な表情をベレッタに向けた。ベレッタは自身の頬に手を当てている。


「鳥と言っても鷲や燕、孔雀と言った様に多種多様で個性や特出する部分もあって当然だ。

 真人間と言ってもそうだろう。白も黒も黄色も様々なのだから。癖者でも人間という分類がある。」



「……つまり、女王様はワタクシ達を対等に見ていると言う事でしょうか。」

 

 ベレッタが割って入ってきた。

 彼の声を久々に聞いた。

 それまで、一方的に話を紡いでいたから。

 

「対等か……対等など主観によるが。少なからず妾の好奇心や探究心は途絶えない。それは癖者だからではない、人としてじゃ。」


「王宮に入れた者、国民……それぞれに興味がある。王宮内に至っては全ての人物の名前を覚えておる様な偏愛だが、仕方ない。」


 ベレッタは心の雲が晴れたのか、急な落とし穴に落ちた顔をし、安心した様に笑い声を上げた。


「女王様、それは素敵な特技の様で」

 

 彼が、そうして笑う姿を見るのは初めてだ。

 不思議と口角が上がってしまう。


「あぁ、そうであろう。」

 ベレッタに釣られたのか、妾も笑い声を上げてしまった。何でもない会話でコレ程、笑えたのは生涯通して今日ぐらいだろうな。


「……その者の話の続きはどうなりますか?」

 ベレッタが、笑み声を落ち着きさせ、そう話す


「さあな、いずれまた話すとしよう。そうじゃ……ベレッタよ――」


「舞踏は、もう出来る様になったか?見せてみろ、評価してしんぜよ。」


 ベレッタは、待っていましたと言わんばかりに、膝を勢いよく地に付けて妾に手を差し出した。


「ええ、完璧でございます。」


 以前から感じていたベレッタの紳士的な雰囲気は妾を包み込んで行く。

 ティーポットと同じ包容力じゃ。

 だがティーポットと一つ違うのは、妾を促進させる率直な言動である。


「この場においてワタクシの様な者が女王様に癖者或いは護衛兵が舞踏を誘い申し出る事は女王にとって不敬であると同時に数多の貴人や国民に反感を買う可能性もございます。」

 

 普通の護衛兵ならば舞踏を習得せよと命じられれば混乱はしつつと努力するだろうが、その後、妾に舞踏を誘う事など決してなかろう。

 それは身分さや立場の違いもあるが、礼儀やモラル的な観点からおいても適切ではない。


「あぁ、分かっておる。妾も、そのつもりじゃったからな……」


 ただ妾は、王族としての尊厳より


「想像してみろ、ベレッタ。癖者の社会的地位を高めるには、不害である事と妾達と変わらず人間であると証明し続ける事だ。」

 

 妾は粛々とベレッタの手に妾の手を重ねた。


「護衛兵という下の身分だとしても、従者と言った比較的高い身分であったとしても証明し続ける事が重要なのじゃ。」



――その日、妾は紳士な銃男と共に優雅に舞う。


 蝶が鱗粉を宙に漂わせ舞う。

 軽快さと俊敏さを華麗に魅せながら蝶は黄色チューリップの花の上で静かに羽を下ろす様に繊細に。

 自然(おんがく)は風であり花を揺らすと蝶も淑やかに小さく揺れるのだ。

 


 大舞踏会に集った貴人達は口を開けて、その姿を凝視する。まるで歴史に刻まれる世紀の演劇を観劇する様に、コクリと唾一つも飲み込まない状況だ


 異質さと歪さの比率が芸術とも言えるベレッタの姿を見て、彼らはそれでも化け物だと言い張るか?

 はたまた戦慄するのか。


 舞う中でゴルド王子に耳打ちするシュルツと目が合うと無表情にシュルツは妾への目線を逸さない。

 

 彼の頭の中では今、一体どんな会談を開いているのだろうか。そして、ゴルド王子はどんな事を聞かされているのだろうか。


 「意外に踊れるのだな。」


 「はい猛練習、致しましたから。」

 自信気な彼の声は小さく、妾以外聞こえない。


 益々、ベレッタを気に入った。

 王宮に彼を置いて正解であった。


――その翌日、両国の号外新聞にて抜粋――


『驚愕 ユパロン王子、謎の癖者に恋敗れる!!』

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