第0話 〜ベレッタ〜
「それじゃあ……行ってくるよ」
病者の母へ薬を買う為に街へ出かけようとするのはガンピストルの頭部を持つ癖者のベレッタだ。
マフラーで頭部を覆い隠す様にして
薬を買う為の硬貨を握りしめ寝床で寝込む母親の傍にある薪暖炉へと歩く。
母の姿を心配そうに覗き込む兄を横目にベレッタは薪を追加し外へ出た。
施錠をしっかりし周辺をチラチラと見ながら彼は街へと歩み始めた。
外はフワリと粉雪が村を包む、その粉雪が落ちた砂利道をベレッタは、ただ前進した。
村から街は十五分で着き街の風景は村と同じ様に粉雪が覆う。
人々は頭に雪を被りながらでも行き交う。
ベレッタはいつもの薬草屋に出向き、病に効く物を買う為に腰を曲げた老人の店員に話し掛け薬草をもらった。
「……治ると良いな」
老人が声を穏やかに言う
「その薬草は二ヶ月も呑み続ければ大体の病は吹っ飛ぶ……もう半年以上だろ?医者にでも診てもらったらどうだ?」
ベレッタは老人に硬貨を渡してお辞儀をした。
「ご心配いただきありがとうございます……医者様に診てもらうにもお金がないので仕方がないのです……では」
そう言って店を後にした。
ベレッタは帰り道の街を静かに歩く。
(兄の稼ぎだけでは三人を養うだけで精一杯。ワタクシがこの様な姿で無ければ人並みに働いて医者様に診てもらえたのに……)
自身の悩みがホロリと漏れた。
ベレッタが俯きながら歩いていると、ある子供が雪が降った事に喜び、はしゃぐ声が聞こえた。
ふと目を配るのだが直ぐにベレッタは俯いた。
「うわっ!」
はしゃぎ回っていた子供が通行人にぶつかり声を上げた、その相手は大柄で威圧的な形相の男だ。
ベレッタは声の方へ瞬時に振り向いた
「おい、何処に目付けてんだ?」
子供を脅す様にして声を上げると、その子供の母親と思わしき人間が酷く頭を下げて謝っていた。
手には紙袋を抱えていて野菜が見える。
買い物中に子供を目を離していたのだろう。
「ごめんなさい!悪気はないんです!」
「あん?そんなの知らねえよ……ガキに目を離したテメェが悪いだろ?金を寄越せ、全部だ!それで許してやるよ」
男は理屈の無い、乱暴な要求をすると母親が困惑し子供は今にも泣きそうになっていた。
苛立ちを隠せない表情で男は手首を鳴らし自身の凶暴な性格を演出した。
(コレはいけない……)
ベレッタは動きたした。
「横から失礼致します……」
ベレッタは母親と男の間に割って入る
「あ?なんだお前、関係ねぇ奴が出しゃばるな」
男が眉間に皺を寄せ、ベレッタの目の前に拳を見せた。
「やんのか?」
「いいえ、ワタクシは平和主義です。故に此処では平和的解決を願います。子供がした事です大目に見てはどうでしょうか」
「なんでだ俺は被害者だぞ?ガキだからって何でも許しせると思うなよ?」
男はベレッタの胸ぐらを掴み顔を近づける
「言う通りにしてればいいんだよ!」
ベレッタは威圧感と乱暴な行動に狼狽える事なく話を続けた。
「だからと金銭を要求するのは道理が無い、コレでは不条理だ、謝罪も母親からされたでしょう」
男は諭されても無関係にもう一方な手を存分に後ろに引いた。
その姿をベレッタは目撃したが、運命を受け入れたのか抵抗せず、言葉を紡ぐのを止めなかった。
「打撲の跡や骨折、或いは所持品の破損など……よっぽな事がありましたら――」
男の振りかぶった拳はマフラーに包まれたバレッタの頭部に
ドカッ! 直撃した。
ベレッタは吹き飛ぶ……その拍子に頭部に巻いていたマフラーが解かれた。
その姿を見るなり男は白目を大きくし、呆れ返った様な顔をベレッタに向けた。
ベレッタは殴られた右頬を押さえて
(あぁ、やってしまいました……)
萎れた小さな声で呟いた。
ガンピストルの頭は親子の方へとハッと向く。
母親はその姿を見せない様にと子供の目を手で覆い迫真な眼差しを、ベレッタに向けた。
紙袋と野菜は地面に無秩序に散らばり粉雪を付着させていた。
「け、穢れた人間……いや化け物!!」
母親はベレッタに向けて言い放つ。
その瞬間も無神経に粉雪は舞い彼らを包むのだった。
母親は意を決したのか野菜など気にせず、子供の手を取り、その場から全速力で離脱する。
「お、おい!逃げるな!」
男が去っていった親子を呼び止めるが彼女達は振り返る事もしなかった。
「っち‼︎」
ゾロゾロと通行達が何事かと目を向け一瞬でも興味を示すが、倒れ込んだ異形の、その姿を見るなり興味は消え去り、変わりに軽蔑の目線を送る。
ベレッタは不条理に出会した親子を身を挺して庇ったのだが結果的にまた別の不条理を呼んでしまう
「癖者が一丁前に人助けするからこうなんだよ!」
俯くベレッタに更なる重圧を掛ける男の顔は良い気味だと言わんばかりに笑っていた。
「んさあ!癖者が真人間様に口を聞いたらどうなるか……徹底的に叩き込まないとなぁ」
男は足音煩く、近寄ると
――ピィーピィー!ピィー‼︎
「そこのジェントルマン様!私がお守り致します!今いざ参らん!!」
遠くから甲高い笛の様な音を鳴らし続ける異国の雰囲気をタキシードと共に纏う男。
その彼の頭部は白を基調とした花の模様が入ったティーポット。
その男は駆け足で甲高い音を出す。
そのピィーと言う音が街中に響き、街ゆく人々達が何度も目を配るが彼は気にしなかった。
「っ!何なんだよ!さっきから癖者共が!!」
ベレッタは混乱したのか、ティーポット男の姿を呆然と眺めていた。
「さあ殴ってみなさい!心が未熟な真人間よ!」
彼の果敢な姿を見てふと我に返ったのか男の足を掴んだ。
男が振り払うが中々、離れない。
いつもは紳士的なベレッタなのだが柄にも無い言動だった。
謎の癖者とは言え真人間に対抗し、また自分を助けてくれようとする癖者がいる事が心強かったのだろうか。
「離しっやがれ!」
勢いを付けてベレッタを払い男は地団駄した。
癖者に自分を卑下されたのが堪えたのだろう。
「おい!テメェら癖者が真人間に逆らったらどうなるか分かってんだろうな!!」
捨て台詞を大声で叫びながら、疾走する。
「やれやれ去りましたか……」
甲高い音が止まりティーポット男はベレッタに手を差し出す。
「お陰で助かりました。ありがとうございました」
差し出された手を取り、起き上がるとベレッタはこの国の礼儀作法を見せた。
「いえいえ、貴殿の行動をずっと見ておりましたよ……悪漢に絡まれた親子を身を挺して助けた姿は非常に感動いたしました。」
「いえいえ、こんな不甲斐ない結末になってしまいましたので‥‥失礼ですが貴方様は?」
「あぁ、失礼致しました。私はポロペ王国の従者でございます……どうでしょう、ポロペ王国に興味はございませんか?」
ベレッタは突然の誘いに驚いたのか後退りする。
「当国の女王は癖者好きで有名でございまして国民も癖者ばかり……彼女に気に入られれば衣食住は完備されますよ!」
「そ、それは有難いお誘いだ……」
「ワタクシの様な癖者でも職をもらえるのでしょうか?人に恐怖感や圧を掛けるこんな見た目でも」
ティーポットは一呼吸する。
「はい大丈夫ですよ!その紳士的で勇敢な性格ですから!もしこの国での生活で困っていたのなら悪い話ではないでしょう」
ティーポットはベレッタに勇気づける様に言い放ちベレッタの肩にトンと手を置いた。
「出国には確か正当な理由や行き先が無ければ認めれなかった筈ですが、私の方から直接、断ってきますよ。」
ベレッタは母と兄の二人の事を深く考えているのだろうか。直ぐには答えなかった。
病者の母にしっかりとした医療を受けさせるのも、養う為にも報いる為にも出稼ぎが一番、手っ取り早い。
癖者であるからと碌な待遇も仕事も出来ない、この国では生きづらい。
ベレッタは少し考えて答える
「ぜひ……お願い致します」
予期せず舞い降りた、これとない好機にベレッタは価値を見出した、癖者ばかりの国で女王に気に入られれば衣食住が完備され職も探せる
――夢の様な話だ。