裏切り者を探せ
保健室から戻ると、あちこちから哀れみを含んだ視線を投げかけられる。気にしている場合じゃない。俺はここの番長になる前はチー牛のイジメられっ子だったのだから。
しかし、気付けば朝からノックアウトされ、殴り倒された先生のワトソン役になっている。ツッコミどころが多過ぎて意味が分からない。
だが、どっちにしても大してワルでもないのにワルぶっているのも飽きてしまった。俺に追い出された先代の番長は悲惨だが、もう番長制というか、誰か一人が王様のように学校を支配する体制は終わりになるだろう。どうせあの大葉キラ先生にブチのめされて、さらにひどいことになると決まっているだけだからだ。
それはそうとパイプ役か。もっと言えば裏切り者だが、そんな奴がこの学校にいるのだろうか。不良と不良は繋がっているものだが、俺はあえてこの学校から外に出ていかなかった。
ヤクザの出来損ないみたいな地元の不良に会っているよりは家でゲームをしている方が楽しかったし、アニメの続きも気になっていた。だから俺はそういった不良同士のネットワークに疎い。
だけど今回頑張れば、ワンチャン西野莉音の足どりが掴めるかもしれない。見つけたところで「知らなければ良かった」となる可能性が大きい気がしないでもないが、モヤっとした気持ちを抱えたまま何年も過ごすよりはどんなにひどい結末でも知っている方がマシだ。
そういったわけで、俺は番長の権力を存分に使ってやろうと思っている。
「おい九条」
「はい、なんでしょう?」
俺が呼ぶとすぐ、リーゼントの舎弟が返事をする。九条豪――俺の片腕だ。
苦情と同じ名前の響きから、九条はクレームやら情報集めなど、人がやりたがらない仕事を受ける窓口になっている。喧嘩は強い方だが、腰が低くチー牛時代の俺にも同等の態度で接してきたいい奴なので片腕として使っている。
「女が、ほしい」
「はあ……。これはどういった風の吹き回しで?」
九条が怪訝な顔をする。こいつは俺が奥手過ぎて積極的に女子へ話しかけられないのを知っている。そんな番長が急に「女がほしい」なんて言ったらそんな顔になるのも仕方がないだろう。もしかしたら恋愛シミュレーションゲームにハマりだしたと思っているのかもしれない。それはいいとして、
「さっきは油断して大葉のクソアマに負けた」
「え、ええ……」
表面上の理由をこしらえながら話すと、九条の顔にいくらかの戸惑いが生まれる。油断も何も、朝イチのノックアウトは何度やってもそうなるであろう倒され方だった。それを油断と表現する奴がいるとすれば、セルに秒殺された時のミスターサタンぐらいだろう。
それはいいとして、俺はでっち上げの理由を話し続ける。
「いいか。敵を知り己を知れば400戦無敗というやつだ」
「なんかちょっと違いません?」
「いや、きっと合っている。そんなことはどうでもいい。大葉を倒すためには、女をもっと知ることが大事だ」
「はあ……まあ……?」
「だから、俺にいい女を紹介しろ。それに詳しい奴がこの学校のどこかにいるはずだ」
「このゴロ中にですか? まさか。女衒じゃあるまいし」
なんだ、女衒って……。小難しい単語を使いやがって。
九条の放った中途半端なインテリ力のせいで、正直何を言われたのか分からない。後で辞書でも引いておこう。番長にもメンツというものがあるのだ。
「とにかく、誰でもいいから探しておけ、ヤれればいい」
めんどくさくなった俺は、最後を最低な言葉で締めくくった。
「分かりました。でも、そんな奴いるかなあ……」
九条が情報を集めに教室を去っていく。この次の授業では遅刻扱いになるだろう。知ったことじゃない。LINEで情報を集めればいいのに自分から出向いたのだから。
後は情報を待とう。話はそれからだ。