まさかの黒幕
「え、なんでお前ここにいんの?」
俺がタメ口で訊くと、真面目だったはずのキャラが崩壊した教頭が、急に中二病の目覚めたような様相で語りはじめる。
「フッフッフ、どうやらここまで辿り着いたようだな」
「いや、どういうことよ?」
「分からないか? この状況が何を示すのか」
――分かるかよ。
正直な気持ちを飲み込んで、大葉先生をチラ見する。彼女なら何かを理解しているのだろうか?
先生の目つきがみるみる険しくなっていく。元が美女なだけに、こういう顔をされると色々とトラウマを刺激される。だけど、今はそんなことを言っている場合でもない。
「すべて、あなたが糸を引いていたということね」
「ようやく気付いたか、間抜けめ。そうだ、君の言う通りだ。ワシはこの管理売春を裏で操っていた黒幕だ」
――えっ。
ちょっと待て。教頭が中学生の管理売春を裏で仕切っていたって?
何で。何でや。
住んだこともないのに、俺の心で関西弁が響く。
「五六月中学校はそこにいるアホのせいで、手の付けられない無法地帯となってしまった」
教頭が俺を見て言う。事実なだけに、反論することが出来ない。
「この世界で何が一番重要か知っているか? 力だ。力こそが、この世界を統制するのに揺るぎない効力を果たす」
――待て。ちょっと前の俺とまったく同じ考えやないかい。
軽くヘコながら聞いていると、教頭はさらにその先を言う。
「私は何度も不良たちを更生させようと尽力してきた。だが、すべては徒労に終わった。五六月中学は不良の巣窟となり、掃き溜めの代名詞になってしまった。私の掲げていた理想は、数名の愚か者のせいで粉々に打ち砕かれてしまった。その瞬間に、すべてがバカバカしくなった。だからね、私は奪う側へと回ることにしたのだよ。こんなゴミたちを相手にするために私の人生があるわけじゃない。女子は高く売り、男子はヤクザの鉄砲玉に使う。それが正しいゴミの再利用ってものだろうが!」
「最低ね」
先生が珍しくまともなリアクションをしている。
いや待て。今の話だけど、よくよく聞いたら教頭がグレて半グレと手を組んだのって、元を辿れば俺のせいじゃないか?
となるとだ。俺がゴロ中を恐怖で支配しなければ、そもそも女子生徒たちの管理売春も起こらなかったということか。マジか。悪いのは俺じゃねえか。
密かにヘコんでいると、大葉先生がまた口を開く。
「これであなたの人生も終わりね。ここまでやったら、取り返しなんてつかないわ。塀の中で後悔して余生を生きなさい」
「はて、それは君たちが生きて帰ってくればの話だと思うがな」
教頭が長身のいかにもボスキャラですといった坊主頭の半グレに目を遣る。
「こいつはな、凶悪すぎてブ〇イクン〇ウンのオーディションにすら呼べなかった不良だ」
「なんですって?」
「文字通りだ。なにせこいつは少年時代に人を殴り殺している」
そう言われると、坊主頭のボス猿は誇らしげな顔になった。
「あら、そう」
大葉先生が鼻で笑った。
「嘘じゃないぞ。こいつは本当に地下格闘技で相手を二人も殺しているんだ。大人の時にそれをすれば、死刑になっていても不思議じゃない」
「たった二人を殺したぐらいで偉そうに言ってるんじゃないわよ」
――えっ。
聞き返すのが怖くなるようなセリフを言うと、大葉先生は特殊警棒を構える。
「時間の無駄だわ。自慢話は刑務所でしていればいい。もっとも、その時は女に負けた伝説の不良として人気者になっているでしょうけど」
煽る大葉先生。ちょ、マジでやめて。あの半グレ、ガチで空気読めなそうだし、本当に殺されかねない気がする。
教頭がビキビキと眉間にシワを寄せて言う。
「フン、せいぜい吠えていればいい。おい、ルオン。こいつは殺してもいいし犯してもいいからな。好きにやれ」
ルオンと呼ばれた男は嬉しそうに遠吠えした。ちょっと待て。こいつキメラか?
明らかに人間じゃない風の大男は、大葉先生へと走り寄る。ヤバい。あんなのに捕まったら、いくら先生でも……。
そう思った刹那、大葉先生は瞬間移動かと思わせるようなスピードでサイドへと回り込み、無防備になったルオンの後頭部に特殊警棒を連続して叩きつける。極めて作業的に放たれた攻撃は、耳を塞ぎたくなるような音を響かせる。
ルオンがキレて吠える。まあ、そうだよな。そりゃキレるよな。
ブチ切れたルオンは、バイソンよろしく右ストレートを放ちながら突っ込んでいく。思ったよりも伸びた右は、先生の顔面を砕こうとしていた。
だが、それすらも先生はサイドへと動いて外し、今度は手首に特殊警棒を叩きつける。枯れ木を踏み折ったような音が響き、その後をルオンの悲鳴が追いかける。
「うるさいわね。死にやしないわよ」
そう言って先生はルオンの背後に飛びつき、バックチョークでルオンの太い首を締め上げた。みるみる太い首に血管が浮かび上がり、こめかみにも血管の浮き上がったルオンが恐怖の呻き声を上げる。
やはり頸動脈を絞められたらどうしようもないのか。ルオンは瞬く間に意識を落とされた。強制終了でもされたかのように、巨体が白い床に崩れ落ちる。
「さて、と」
先生はちょっとした作業でも終えたかのような調子で教頭へと距離を詰めていく。さっきまで黒幕ゴッコをやっていた教頭は、ブルブルと震えながら後ずさった。
「待て、話せば……分かる」
「分かったわ。あなたがどうしようもないクズだってことが」
先生がそう言うと、逆上した教頭は「うわあああああ!」と声を上げる。
「それはどういうつもりかしら?」
「来るな、来たら撃つぞ!」
追い詰められた教頭の手には、黒光りする銃が握られていた。入手経路は不明だが、半グレを使って管理売春をやっているような男だからいくらでもツテはあるんだろう。
いや、そんなことを言っている場合じゃない。
どんな格闘家も、いきなり銃で撃たれたらどうしようもない。教頭は銃を構えたまま、大葉先生を威嚇している。追い詰められている分、ちょっとしたきっかけでトリガーにかけた指が引かれかねない。
「バカな真似はやめなさい」
「うるさい、バカはお前だあああああ!」
教頭が叫んだ時、気付けば俺は走り出していた。金属を流し込んだオープンフィンガーグローブの一撃が、教頭のの死角から顎を打ち抜いた。
「ぶええっ!」
俺の右が炸裂すると、教頭は横に半回転して倒れた。まぎれもないノックアウト。おそらくカチコミをしてから初めて、俺が役に立った瞬間だった。
ふと目を遣ると、大葉先生が驚いた顔で俺を見ていた。よく見れば、最高にいい女だった。
「よくやったわ」
珍しく大葉先生が褒めてくれた。何かが救われた気がした。どさくさにまぎれて抱きつこうとしたが、軽くバックステップでかわされた。
俺は何事もなかったかのように言う。
「これで、終わったんですかね」
「おそらくね」
生きた心地はしなかったが、俺たちのカチコミは成功裡に終わったようだった。
「死ぬかと思った」
そう言って座り込むと、間もなく遠くからサイレンの音が聞こえた。さすがに一般家屋へ手榴弾を放り込んだのはまずかったか。警察が騒動を嗅ぎつけて出動したようだった。
「お疲れのところに悪いけど、さっさと帰るわよ。遠足は帰るまでが遠足って言うでしょう?」
「これ、明らかに遠足じゃないでしょうよ」
ツッコミながら俺は立ち上がる。闘ったのはほとんど先生なのに、俺の方がどっと疲れていた。きっと精神的なものが大きいのだろう。
とはいえ、疲れている場合じゃない。さっさとここを去らないと。俺たちは戦いに勝ったのに、余韻に浸る間もなく逃げ去った。