8.
カラン、と玄関から聞こえる軽い音。
郵便受けに書類が入れられたその音に、真由の心臓はキュッと詰まった。
(…また、ダメだった…)
書類選考の後、一週間以内にあるはずの連絡を待ち続けて今日できっかり七日目。明日こそは、と期待し続けた気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。
郵便受けを見ると、思った通り先週書類を提出した会社名が印刷されていた。
書類到着後、わざわざ書類が届いたと到着連絡の電話まであった会社だったから、電話して来た担当の物腰の柔らかさもあり、良さそうな会社だと期待していた。
それが電話もなく書類を送って来るのだ。
不採用通知以外にあり得ない。
どんなにムリだろうと頭で理解していても、“不採用”の文字を見るまではどうしてもほんの1%でも可能性にかけてしまうらしい。
ペラリとめくった書類の馴染み深いお祈り文に、真由は改めて落胆してしまった。
つい先日、持ち上げたばかりの心がどんどん落ち込んでいく。
繰り返される不採用通知に、世界の誰も自分を必要していないと突きつけられているようで足下が暗くなっていく。
誰にも必要とされない。
何も出来ない。
そんな真っ黒い気持ちに飲み込まれ、息も出来なくなりそうだ。
いらない。
いらない。
あなたはいらない。
昔から繰り返され、真由に突きつけられてきたもの。
いらない。
喋らないから。
楽しくないから。
暗いから、ツマンナイから。
だからいつも、選んでもらえなかった。
それは仕方のないことだと、飲み込んで生きてきた。
すっかり諦める癖のついている自分には、そんなことはないと、自分はこんなにも出来るんだとアピールすることは難しい。
だって、出来ないのだから。
“喋れない”
もう、その一点があるだけで全てのハードルが高くなってしまって声を上げることが出来ない。
「死にたい…」
そう思う事は甘えだろうか。
やっぱり自分は逃げているだけなんだろうか。
不可能ばかりの世界に放り出されて、もう、こんな暗い気持ちに飲み込まれながら生きるのは辛いのだ。
逃げたい。楽になりたい。
そんな弱音を吐く一方で、こんなに弱いからダメなんだと、自分を責める声も聞こえる。
わかってる。
ちょっと言ってみただけ。
まだ頑張れる。
まだ大丈夫。
自分に言い訳をしながらも、逃げ場も楽しみも無く、こんな苦しみ続けるだけの人生は、まるで拷問だなとも思う。
ああ、昔もそう思ってた。
まだ変わらない。
まだ変われない。
ずっとこのまま…?
地獄にいるみたいだ。
ーーー楽になりたい。
でも本当は、逃げたくもない。
「…頑張らなきゃ」
まだやれるはず。
真由は自分の人生を、“作っている”という感覚が全くない。ただ、少ない手持ちのカードでなんとかやりくりして、凌いでやり過ごして来ただけだから。
でも手持ちのカードも劣化して使えなくなってきて、その後はもう、人生は“壊れていくもの”に変わってしまった。
自分の選択一つ一つが全て間違いで、浪費していく一日一日が減るたびに真由の人生は少しずつ壊れていく。
きっとそんな風に感じているのは自分だけで、他の人はきちんと毎日を積み上げたうえでの未来を作っているのだろう。だから、真由と違ってそこには希望も楽しさもあるのだ。
思いを変えることは難しい。
自分の行動が未来に繋がると信じる事も難しい。
でも、壊したくない。
「私に、出来ること…」
どんな小さなことでも良い。
真由は、それを見つけないといけない。