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7.四光錯誤

1つ目の駅周辺では、探す銀杏の木は見つからなかった。歩いてみれば、見覚えはあるけれども昔見たのとは微妙に違う商店街の通り。

新しい店舗もちらほら見える。


(あ、あの雑貨屋さん見覚えある!)

以前目を引いたお店は今も目を引く。

けれど、その見え方は以前とは微妙に変わって見えていた。

あんなに欲しいと胸を躍らせて覗いた可愛い小物は、今はもう眺めるだけで満足してしまう。

実際に手にしようと思うものは少なくなった。

けれど反対に、昔全く興味を示さなかった物が目を引き、手に取りたくなる。

少し値段の張る手帳カバーに出を伸ばす。

革で作られたそれは、しっとりと柔らかく手に馴染み、真由の真っ白な手帳でもついつい開きたくなる素敵な手帳に変えてくれそうだった。

商品をそっと棚に戻しながら、ふっと笑う。


好みも、考え方も、世界も。

少しづつでも、確かに、確実に変わっていく。


変わっていくのに、本質的に良い方へと変われない自分が嫌だった。大人になりきれない。普通になれない。むしろ、退化さえしているような。

世界に、周りに、取り残されるのが怖かった。


自分の変化が成長なのか退化なのかわからない。

昔より出来るようになったことも多いような気もするけれど、反対に出来なくなったこともある気がする。

映えるような小物よりも、落ち着いた物を選ぶようになった変化は、どちらだろう。

落ち着いた、大人になった。

年をとった、感覚が老けた。

どちらでも言える。

どちらにもなる。

確かに何かが変わっていくのに、それがこと自分になると、どう評価して良いのかわからない。


***********

2つ目の駅もまた、懐かしさを感じさせた。

駅の直ぐ側で店を構えたたい焼き屋には、思わず昔食べたたい焼きの味を思い出して、ものすごく食欲をそそられた。


(でも、焼き芋もあるし…っ!)

今回はさすがに我慢しよう。

後ろ髪を引かれながら、店の立ち並ぶ本通りへと足を伸ばす。

そんなに目立つ街でもないのに、日中から多くの人が出歩いて、道沿いの店で買い物を楽しんでいる。

この場所では、真由の存在も許されるような気がして、ずっと抱いていた罪悪感にも似た胸の苦しさが幾分和らぎ、久しぶりに息を吸えたような心地になった。

人々と同じように街を歩き、店をのぞき、ただこの空気を楽しんで。

真由のいつもの日常から離れた場所に、立っている。

それがひどく楽に思える。

この駅周辺でも、銀杏の木を見つけることは出来なかった。

けれど、ふと気付けば、世界がいつもより鮮やかに見えていた。

このまま見つからなくても良いかな、と思えるほどには世界に色が戻りつつあった。


**********

3つ目の駅では、なにもなかった。


(あー…、確かに、そう、だったわ…)

駅周辺というのはそこそこ店が立ち並ぶんでいるものだろうに、本当になにもない。自販機ぐらいしかない。どこの田舎街に迷い込んだんだろうと思ってしまうが、昔来た時もそうだったと思い出す。

そう。昔も、あまりの何も無さにガッカリして、でも降りてしまったのだから探索しようと、特に目的もなく歩いてみたのだ。

そうして見つけたのだった。


(ここだった)

何もない駅のある、何もない街で、とびきりの鮮やかな色を見つけたのだった。

何年も経って、ふと思い出してしまうくらいには強烈な思い出となって真由に残った木。

1つ思い出せば、するすると記憶が出てくる。

歩いた道も、巡った街も、消えてなくなったと思っていたもの、全部。


あまりにも大きな木だったから、離れた場所からでも目を引いた。周りの建物よりも、頭一つも2つも出して、悠然と、昔と変わらず立っている。


嬉しくなって、気持ちがはやる。

知らず早足になって、息が上がっていた。

真っ青な空に両腕を広げるように幹を伸ばして。

その葉は、見事な黄色に染まっていた。


(あった!あった…っ!)

近づけば近づく程に、視界に収まりきれなくなるほど大きな銀杏。

真下まで来れば、もう、青い空さえ見えないほどに視界いっぱいに黄色く色づいた銀杏の葉で覆われる。

そこは、小さな公園だった。

側に簡素な鳥居と祠があるので、この木は御神木か何かなのだろうか。

圧倒されるその巨体と、溜息をつきたくなるほどの美しさ。記憶そのままの姿に、何だか嬉しくて泣きたくなった。

この木に比べれば、真由はなんて小さい。


ゆっくりと、上がった息を整えながら木の下に寄る。

そうして根元に腰を下ろすと、バックの中にしまわれていた、すっかり冷えた芋を取り出した。


この場所で、“私が”、この焼き芋を食べたいと望んだのだ。


「…ちゃんと、叶えたわよ」

誰にともなく呟く。


木の下から覗く金色の空は光を含んでいた。

きらきら、きらきら。


無性に泣きたくってしょうがない。


この人生は私のものだ。

他の誰のでもない、私のためのものなのだ。

壊したくない。壊されたくない。


私のために、私が叶えたい。

そんな思いが溢れてくる。


躓いて、転んで、打ちのめされて。

どんなに理不尽でも、どんなに苦しくても。

この世界にはちゃんと、鮮やかな光が満ちている。

それがわかれば、また立ち上がれる気がした。

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