5.嗜好錯誤
何が好きだったんだっけ。
何になりたかったんだっけ。
どうしたかったんだっけ。
日常の中で無視されて諦めて黙り込んでしまった自分の心。一番近くにいて、一番わからない、誰よりも冷酷になれる相手。
ーーーもっと頑張らなきゃ。
ーーーまだやれるはず。
ーーー休んでる場合じゃない。
ーーーどうして私は、こんなにダメなの?
自分に言って、自分で傷つけて、落ち込んで。
滑稽なことこの上ない状況に、それでも“自分”だからと見て見ないふりして、追い込み続けた。
ーーー嫌い。嫌い。私は私が大嫌い。
その言葉は確かに自分に向けたものだけれど、そう、思っていたのだけれど。でも、本当は。
自分の中の“弱さ”を標的にして、全部そこに原因を押し付けて、自分から切り離して責め立てていただけではないだろうか。
投げかけていた言葉は、自身を奮い立たせるというよりは自分より弱いものを痛ぶるそれだ。
そうして長らく痛めつけていた自分。
目を反らしてきた自分。
いつの間にか、何もわからなくなってしまった、自分の事。
(あの黄金の空の下で、この焼き芋を食べたい)
馬鹿みたいだ。もうちょっとマシな望みはないのか。
我ながらそう思うが、久しぶりに自分がそう望んだことだった。
そう、そんな“馬鹿みたい”な願いを、叶えたいのだ。
ーーーあの銀杏の木は…どこだった?
遠い記憶を掘り起こす。
大きな銀杏の木のインパクトは強かったが、もともとふらりと立ち寄っただけの場所にたまたまその木があったのだ。でも、自分の生活圏内からそう離れたところではなかったはずだ。
そう、初めてこの街に来て、数年経った頃。
ようやく仕事に、生活に慣れてきて、一息つけるようになった頃。
近隣の街を見てみたくなって、近くの駅で降りて周辺を散策してみたりしていた頃に見つけたのだ。
(2つ先の駅だったかな)
目的もなくただ歩いて、近くの商店街を覗きながら、ただ目に映る興味を引くものを追いかけて巡った先。
小さな公園だか広場だか分からないような場所に、その木はあった。
あんまり大きいから遠くから目を引いて、近づいて見たくて、純粋な好奇心から目指したのだ。
ーーー行こう。
ハッキリとした場所は覚えてないけれど、あれだけ大きな木だ。きっとどこからでも見えるだろう。
あの時、あの木と対峙したとき。
確かに真由の“好き”がそこにあった。
気持ちを揺さぶる、何かがあった。
真由はまたその気持ちに、会いたかった。