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2.試行錯誤

美容室は昔から苦手だった。

まず、行こうと思い立ってから行動に移すまで、だいたい半月から1ヶ月のブランクがある。

そうしていよいよいい加減に行こうと思い立ち、そこから予約を入れるまでにさらに一週間程はタイムラグが発生するのだ。

それほどまでに、正直行きたくない場所の筆頭が美容室だ。

そんな状態なので髪はいつも伸ばしっぱなしで、結んで纏めるというのが真由のデフォルトだった。

どうせ、やりたい髪型も要望も、うまく伝えられないし、そもそも自分に似合う髪型というのもわからない。とりあえず似合わなくても結んでしまえばOKという考えなので、例え施術後に鏡に映った自分の髪が想定より10センチ以上短かろうと、おかっぱのちびまる子ちゃんになっていようと、「大丈夫です」と答えてきた。


伝えられない、自分が悪いのだ。

文句を言っても、短くなった髪が戻るわけじゃない。


散々気まずさ耐久レースをした後に、そう言い聞かせながら後にするハメになる場所を、好きになれというのが所詮無理な話だった。

(…でも、今日は)

キラキラとしたスマホの中で、自信たっぷりに笑うカットモデルの女性を見て思う。

この人は、自分の似合う髪型を知っているし、そうして綺麗に整えてもらった髪型に似合う自分である事に、自信を持っている。

あの、真由が毎回感じる後味の悪さを感じることもなく、きっと美容室に行くことを楽しめる人なのだろう。

真由にはわからない感覚。

喋ることが苦にならない人が、当たり前に持っている世界。真由も、自分のやりたい髪型をきちんと伝えて、自分に少しでも自信を持てれば。

彼女の見る世界の一端を覗く事が出来るだろうか。

そんな風に思えば、どうしても今、行動に移したいと思えたのだ。


スマホを操り、いくつか行ける範囲の美容室をチェックする。店も店員も、あまりにきらびやかな所は場違い感が増して尻込みするので、落ち着いた雰囲気の店を選んだ。それでも、いつも真由が行くよりオシャレでお値段もなかなかな店だ。


(…)


髪型が変わったからといって、真由自身が変われる保証はないけれど。それでも、今はただ、鏡の中で浮かない顔をしている自分を労って、綺麗にしてあげたかった。


**********


「いらっしゃいませ!当店は初めてですか?」


にこやかな笑顔に、明るく元気な挨拶。

真由よりずっと若く見える受付の女の子は、オシャレに纏めた髪から、服から、スタイルから、全てを完璧に纏って野暮ったい真由を迎えた。

思い切り場違いな所へ来てしまったと、来て早々に離脱したくなった真由をよそに、にこにことした親しみやすさで店内へと案内してくれる。


「それでは初めてのお客様はこちらへ登録の方、お願いします」


そう言って差し出されたタブレットに、思わず感心する。今は問診票もタブレットなのか。

美容室嫌いで年に数回通えばいい方、しかもオシャレな美容室は避けていたので全く知らなかった。このままでは部屋で孤独死する前に部屋で化石になりそうだと、わりと真面目な危機感を感じる。

そうして名前や施術内容など、おっかなびっくりの体で入力していて、ふと、止まる。


ーーー現在の、職業。


当たり前に無職などという選択肢はない。

仕事をしていないと、こんなところでも社会から総スカンを食らわされるような感覚を味わないといけないのかと、ますます絶望したくなる。

働いていない人間などいない事前提で回る世界に、どんどん取り残されていくような感覚。

なんて無職に厳しい世の中なのだろう。

こんな事、自分が働いていた頃には知る由もなかった。

真由は何とも言えない罪悪感を感じながら、選べない選択肢の中から“会社員”をタップした。


正直もう、髪なんかどうでもいいから帰りたいと心底思った。




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