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1.思考錯誤

こんなに自分がポンコツだとは知らなかったのだ。


騙し騙し走り続けていた時は、それなりに勢いや惰性など、なにかしら車輪を回し続ける力が働いていたらしい。


けれど自身のエンジンによらない稼働力は、止まれば途端に霧散する。再び動き出すには相当なパワーが必要で、そんなパワーなど元より持ち合わせていない自分は、ずっと同じところに立ち止まり続けて、動き出せずにいる。


それは、深い絶望だった。


(…苦しい)


感じるのは、ただそれだけだ。


ずっと、息をうまく吸えていない。胸につかえる重い塊に邪魔されて、肺の奥まで入ってこない酸素を求めるように、一つ、大きく息を吸う。


大きく吐き出した呼吸と共に、少しだけ胸が軽くなった。


真由は、もぞりと起きて枕元のスマホを手に取る。


相変わらず通知は公式アカウントのみの誰にも繋がらないスマホだが、それでも万が一、いや、億が一誰かから来ていたらと律儀にチェックしてしまうのは我ながら諦めが悪いとは思う。しかしこれはもはや習慣となり、止められそうにもない。


数日前、メンタルが底を突き破った際の乱心で、心境的には一世一代の大勝負、清水の舞台から飛び降りるぐらいのなけなしの勇気を振り絞って過去の友人に助けを求めてみたが、メッセージはあっさりスルーされてしまった。


既読すらついていない。


まぁ、現実なんてこんなもんである。


多少勇気を出したからと言って、いきなりマンガやドラマのように劇的に状況が良くなるわけもないし、望む通り事態が動く事もない。どん底まで落ちたメンタルがこれ以上落ちようもなく反動で浮上してきたのか、返事を待つ間に多少冷静になったのか、だいぶ思考が落ち着いていた。


会わなくなってもう何年経つのかわからない(しかもこちらから関係を絶った)昔の友人からの突然の連絡など、ネズミ講か怪しいネットワークビジネスと相場が決まっている。真由だってそんな忘れかけてる相手から突然連絡が来たら警戒するし、絶対会わないと断言出来る。一時の感情に流されて、いきなり変なライン送るなんてどうかしていた。せめて送った事実が取り消せないのなら、ヘンなラインを送ってゴメンと謝りたいところだが、連絡を重ねることは余計に不信感を買いそうで憚られた。


これが真由の、繋がる努力も維持する努力もしてこなかった結果なのだ。仕方がない。

上がったり下がたっりする気分に振り回されて、自分だけでなく周りにまで迷惑をかけてしまったことにまた落ち込む。一体いつになったら、自分のメンタルは安定するのだろう。仕事が無事に決まったら?生活が落ち着いたら?この環境から、抜け出せたら?


…どれもみんな、違う気がした。


仕事が決まればまた新たな不安や悩みが出てくるし、そうしてそれらを怖がり続けている限り、悩みに終わりもなく心が安定することもない。真由は常に、不安や恐怖と共に生きている。

それがら今後、今の真由のままではなくなるとはとても思えず、むしろ、さらに強くなっていくだろう。

未来で、自分が幸せでいる姿が全く想像できない。


ベッドの上から動けないまま、見たくもない求人情報サイトを開いてスクロールする。次から次に流れる求人情報は、真由には手に余るほどの選択肢を提示してくれているのに、そのどれ一つとして、真由の目に留まるものがなかった。


選択肢はいくらもあれど、そのどれか一つでも真由に出来ることがあるのか全く分からないのだ。


確かに仕事を辞めるまでは働いていたはずなのに、自分は何が出来て何が出来ないのか、どこまでなら頑張れて、どこから頑張れないのかがもう、全くわからない。


惰性でなんとかこなしていただけの仕事は、今思えば向いていなかったような気もするし、再び車輪を回すためにどれだけの力が、能力が必要なのかわからない。出来るのか出来ないのかわからない仕事から、選ぶのは難しい。そして、選んだ先でどんな人がいて、どんな人間関係を築いていかなければならないのか考えると、もう、動くためのエネルギーが全く湧いてこないのだ。


(…マズイ。これはマズイ)


ずっとぐるぐる回り続けるだけの思考に、ブレーキをかける。このままでは、完全に立ち上がれなくなってしまう。

“引きこもり女性孤独死”のテロップや新聞見出しが頭の中を巡り、社会性の無さや自己責任を遠回しに責めつつ同情するような文面やコメントが次々と頭の中で作成された。

想像の中であっても紙面を飾るような扱いではなく事件欄に数行、とか地方ニュースに数秒、とかの扱いだが、それでも考えるだけで恐ろしい。

何より人から注目を集めるのが嫌いなのに、最後の最後で人様に迷惑をかけまくった挙げ句、デジタルタトゥーを残す事になるのは何が何でもゴメンだった。


「と、とりあえず外に出よう…!」


仕事がなく家にいると、外に出るのも周囲の人目が気になり頻度が極端に減った。

平日の昼間に常にウロウロしているなんて、不審者認定される気がして、家から出ても人に会いたくなかったし、知り合いに会おうものなら地獄だ。

出来れば、散歩でもして気分転換をしたい。

出来れば、せっかく自由に使える自分の時間を思うように使いたい。


けれど、それを不審がられず思うままに出来るのは子供だけだと、大人になって痛感した。

働き盛りの大人になれば、なるだけ気配を消して、存在しないかのように息を殺して、そうして身を潜めていないと“普通の人”じゃなくなってしまう。

仕事をしていても、していなくても。

結局自分の思うように生きれない人生なんて、意味があるのだろうか。


「…美容室に、行こうかな…」

どんどん深みに嵌りそうになるマイナス思考を無理やり打ち切る。

スマホの中には、キラキラとした世界が散らばっている。普通の人の普通の日常に向けた、オススメ商品やショップやお役立ち情報。そんな中で時折目にする、“自分へのご褒美”や“自分のために”という文言に、ふとそんな気になった。

美容室は真由の苦手な場所の筆頭に入る。

ただでさえ喋るのが苦手なのに、全く接点のないよく知らない人と何時間もあれこれ何を喋ればいいか悩みながら向き合うのは端的に言って拷問の時間と言っていい。

それでも、鏡にうつる自分は、ろくに手入れもされておらず、艶のない伸ばしっぱなしの髪に眠れず濃い隈の浮かんだ顔。

とても自分を大事にしているとは言えないヒドイ状態に、何だか急に自分が哀れになったのだ。

少しでも手をかけてあげれば、キレイにしてあげれば、自分のために何かをしたと言えるのだろうか。どうせやることもないのならと、真由は久しぶりに家から出ることにした。



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