9.白夜くんと私の食卓
「五十鈴さん、今日の晩ご飯なに?」
だけどそんな思いもよそに、白夜くんは今日もまた、当たり前のような顔をして私の家にやってきた。
「……まだ作ってないけど、うち入る?」
私が仕方なく言うと、白夜くんは迷いなく私の部屋に上がりこんだ。
「入る」
持参したお茶をテーブルで飲み、テレビの前でくつろぎだす白夜くん。
全くもう。ここはあんたの実家じゃないっつーの。
こっちは白夜くんのファンや綾瀬さんに睨まれて大変なのにさ。
私は冷蔵庫をのぞきこんだ。
冷蔵庫の中には、白夜くんがファンの子からもらった野菜や果物がぎっしり入ってる。
その中でも、私は紫色につやつや光るナスと目が合った。
よし、君に決めた。
「ナスがあるから、今日は味噌いためかな。麻婆ナスもいいな」
私が言うと、白夜くんは嬉しそうな声を上げる。
「おっ、いいね。俺、麻婆ナス好き」
子供のようにはしゃぐ白夜くん。
私は低い声でつぶやいた。
「……っていうかさ、こんなに毎日私のところに来ていいの?」
頭の中に、廊下で見た綾瀬さんの姿が蘇ってくる。
王子様みたいに爽やかで格好良い白夜くんと、色白で黒髪が綺麗な綾瀬さん。
二人とも成績優秀だし、絵に描いたようにお似合いだった。
公認のカップルみたいな感じだって沙雪ちゃんも言ってた。
それなのに、私の部屋になんか来ていいのかな。
「えっ、どういうこと?」
白夜くんがとぼけた顔をする。
私はわざとらしくため息をついてみせた。
「だって白夜くんにも彼女とか好きな人とかいるんじゃないの?」
「ああ、それなら別に大丈夫。彼女はいないよ」
ふうん。じゃあ、綾瀬さんは彼女じゃないんだ」
私の言葉に、白夜くんはキョトンとした顔をした。
「えっ、綾瀬さん? まさか。綾瀬さんはただの副会長だよ。恋愛感情はない」
ええっ、そうなんだ。お似合いなのに。意外だな。
「ふーん。じゃあ、『彼女は』ってことは、好きな人はいるの?」
私が何気なく聞いてみると、白夜くんは一瞬ピタリと動きを止めた。
あ、まずい。怒ったかな?
さすがに白夜くんのプライベートにまで踏み込みすぎかな。
そう思っていると、白夜くんはゆっくりと人差し指を口の前に持ってきて妖しい笑みを浮かべた。
「ナイショ」
いつもと違って悪戯っぽい目つきの白夜くんにドキリとする。
な、何なのあの顔。
もしかして白夜くん、誰か好きな子がいるのかな?
……ふーん、そっかあ。
私はなんだかそわそわと落ち着かない気分になった。
「気になる? 誰が好きなのか」
白夜くんが私を見つめる。
「別に」
私がそっけなく答えると、白夜くんはケラケラと笑いだした。
「だよね。五十鈴さん、俺に興味ないから」
全く、何がそんなにおかしいんだか。
あ、そっか。
私が白夜くんのこと好きになっちゃうと、料理に何入れられるか分からないもんね。
そうだよね。きっとそれだけ。
私は白夜くんを安心させるためにこう言った。
「私なら白夜くんを好きにならないから大丈夫だよ」
「……うん」
白夜くんが微妙な顔でうなずく。
大丈夫、私は白夜くんのことは好きにならない。
私はナスを手にくるりと振り返ってこう宣言した。
「だから白夜くんはうちでご飯をちゃんと食べて、栄養つけること!」
私の言葉に、白夜くんはプッと噴き出した。
「なんか五十鈴さん、お母さんみたい」
「失礼な」
まだお母さんなんて歳じゃないっての。
ぷりぷり怒りながらナスを切り、ネギを刻む。
……でも確かに、私って白夜くんのファンとか恋人とか友達というよりはお母さんっぽいかもしれない。
白夜くんにたくさん食べて欲しいし、栄養つけてほしい。
またお腹が空いて家の前で倒れられても困るしね。
ただ、それだけ。
だって私たちは住む世界の違う人間なんだから。
***
「それでは、新コーナーは五十鈴さんの担当でいいですか?」
新聞部の部長が、黒板に大きく「新コーナー」という文字を書く。
「賛成っ」
「わたしも」
そんな声とともに拍手が巻き起こった。
今日は新聞部のミーティング。
実は私、今度新聞部で新コーナーを任されることになったの。
なんでも白夜くんの取材記事が良くて、評判だったんだって。
私の実力と言うよりは白夜くんのおかげ。
それでも楽しみなことには変わりない。
どんなコーナーにしようかな。
私がそんなことを考えながら浮かれていると、一人の先輩がバタバタと血相を変えて部室に入ってきた。
「み、みんな、大変だ!」
「どうしたんだ、一体」
部長が先輩に駆け寄ると、先輩は今日発売されたばかりの学友日報を部長に手渡した。
「大変ですっ。日報のやつらがこんな記事を!」
日報がどうかしたの?