7.おすそわけ
「よしっと」
私は急いで何品か料理を作り終えると、隣の部屋に突撃した。
ピンポーン。
インターホンを推すと、黒ぶちメガネに灰色のスウェット姿の白夜くんが現れた。
「はい?」
わあっ、メガネ姿の白夜くんだ。
何だかいつもと違う人みたいな白夜くんに私は少しの間固まってしまった。
「どうしたの?」
白夜くんが心配そうに私の顔をのぞきこむ。
私はコホンと咳払いをすると、気を取り直して尋ねた。
「白夜くん、晩ご飯もう食べた?」
「まだだけど」
「それじゃ、うちでご飯食べない?」
「食べる」
即答する白夜くん。
やっぱり。お腹空いてるんじゃないかと思った。
白夜くんは、のそのそとうちに上がりこむと、私が作った料理に目を輝かせた。
「わ、こんなにたくさんいいの?」
「いいよ。元は白夜くんあてに来た野菜やお米なんだから」
「それじゃいただきます」
ぺこりと頭を下げて、白夜くんは私の料理を食べ始めた。
「うん、美味しい。五十鈴さん、なんでこんなに料理上手いの?」
私は味噌汁の入ったなべをグルグルとかき回した。
「うち、お父さんが亡くなってから、お母さんがずっと働きに出てたから、家事は全部私がやってたんだ」
私が答えると、白夜くんは無言になり下を向いた。
「そうだったんだ。なんかごめん、余計なこと聞いて」
私は答えた。
「別にいいよ。お父さんが居ないこと気にしてないし。亡くなった時もまだ小さかったから悲しいとかもそんなによく分かんなかったし」
お父さんが亡くなった時、私はまだ小さかったせいか、お父さんが死んじゃったんだっていう実感が薄かった。
それは今でもそう。
でもまだ、お父さんは遠くに出張に行ってるだけでひょっこりまた帰ってくるんじゃないかってそんな気がしてる。
だから――お父さんのことを思い出そうとしても私はちっとも泣けないんだよね。
こんなこと言うと薄情に思われるかもしれないけど。
そんなことをポツポツと話していると、白夜くんは神妙な顔でうなずいた。
「本当に悲しい時って、そういうものなのかもしれないね」
そう言うと、白夜くんは棚の上に置いてあった古いオルゴールに手を伸ばした。
「じゃあ、ひょっとしてこれもお父さんの形見?」
キラリと鳥をかたどった金の装飾が光る。
「うん、よく分かったね」
「だって相当古い感じがしたから」
「これ、お父さんが北海道に取材に行った時にお土産に買ってきてくれたんだ。聞いてみる?」
私がオルゴールのネジを巻くと、綺麗なメロディーがオルゴールから流れてくる。
「この曲、お父さんが結婚式の時にピアノで弾いたんだって」
「えっ、お父さん、ピアノも弾けるの?」
「ううん、この一曲だけ。結婚式のために練習したんだって。お母さん、すごく感動したらしいよ。この曲を聞くたびにお父さんのことを思い出すってうっとりしてた」
「へえ、そうなんだ。ロマンチックだね」
「うん」
そこで会話は終わり、少しの間、部屋が静かになる。
私は手料理を夢中で頬張る白夜くんを見つめた。
本当、白夜くんって学校でのイメージと全然違う。
学校ではクールというかどこか人との間に壁のある冷たい完璧王子なのかと思ってた。
けど、話してみると意外と優しい――普通の人間なのかな。
私がそんなことを考えていると、白夜くんが顔を上げ、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「どうしたの?」
「う、ううん、別に!」
私は慌てて首を横に振った。
「えーっと、ほら、白夜くん、他の人の料理は苦手って言ってたけど、私の料理は食べて大丈夫なのかなあって思って。さっきから全然警戒しないで食べてるじゃない? だから不思議だなあって」
私のその言葉に、白夜くんは身を乗り出してくる。
まるで冬の夜空みたいな、吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳。
私が白夜くんの瞳に見とれていると、白夜くんは小さくつぶやいた。
「……だって五十鈴さんって、俺に興味無いじゃん」
「へ?」
どういうこと?
私が不思議に思っていると、白夜くんは続ける。
「いや、五十鈴さんって、俺が見つめても、あんまり他の女子みたいにポーッとなったりキャッキャしないじゃん」
ああ、そういうことか。
「まあ、確かに、イケメンだからってポーッとしたりはしないかな。あ、でも別に白夜くんのことは嫌いではないよ……」
私が言うと、白夜くんはクスリと笑った。
「そっか。良かった」
そっか。白夜くんからしたら、私みたいに恋愛に縁のないボーツとした子のほうが安心なのかな。
だよね。もし私が白夜くんのファンなら、ご飯に何入れられるか分からないしね。
……そっか。そうだよね。
実を言うと、さっきはちょっとドキドキしちゃったんだけど、そのことは内緒にしておこう。