30.対岸のきみ
自分の部屋に帰ると、私はさっそく「やりたいことノート」を開いてみた。
・彼女と一緒に観覧車に乗る
・彼女とクレープを食べる
・彼女とキスをする
新たに達成した項目に、赤い丸が付けられている。
白夜くんはどんな気持ちでここに丸をつけたんだろう。
私は白夜くんの気持ちをなぞるように、丁寧に丁寧にページをめくった。
すると最後のページに「僕が生きた証をたくさん残す」という文字を見つけた。
まだ赤い丸は付いていない。
生きた証……。
私は自分の撮った白夜くんの写真を一枚一枚見返した。
会長就任演説の写真。
初めてインタビューしたときの写真。
二人で映画を見に行った時の写真。
学校祭の時の写真。
「この写真いいな。この白夜くんもかっこいい」
でもプライベートの、素の白夜くんの写真があまりない気がする。
こうなると分かってたら、もっとたくさん写真を残したのにな。
私は、二人の甘い思い出に浸り続けた。
空が赤くなり、夜になっても、私は一晩中白夜くんの写真を見続た。
今夜は一睡もできる気がしなかった。
だけれど空が白くなり始め、配達員が郵便受けに新聞を入れるカコンという音を聞いた辺りで、私は気絶するように眠りに落ちた。
夢の中で、私は青白い霧の立ち込める空間の中に立っていた。
ここはどこだろう。
ここは――。
……ちゃぷん。
一歩踏み出そうとすると、水の抵抗があった。
ここは川? それとも海?
びっくりして一歩下がると、今度は砂利を踏みつけた。
どうやらひどく浅い川ほとりに私はいるらしい。
とりあえず水辺から上がり、砂利のある陸地に移動すると、段々と霧が晴れて対岸が見えてきた。
対岸には、見慣れた黒髪の男の子が立っていた。
「……白夜くん⁉」
私は川を渡って白夜くんに会いに行こうとした。
だけど川の流れが速くて、思うように渡れない。
どうして――私はただ、白夜くんに会いたいだけなのに。
「白夜くん――白夜くん、白夜くん!」
私は声がかれるほど叫んだ。
だけど白夜くんは何も言ってくれない。
「どうして? どうして何も言ってくれないの⁉ 白夜くん!」
私が叫ぶと、白夜くんは少し困ったように笑って、ポケットからインスタントカメラを取り出しパシャリと私を撮った。
「もう、こんな時に何を撮って――」
私があきれていると、白夜くんは私のほうを無言で指さした。
何を指さして……と自分の体をよく見て気づく。
白夜くんが指さしてるのは、私ではなく、私の首から下げたお父さんの一眼レフだった。
「……これで撮れってこと?」
――もう、こうなったら仕方ない。最高の一枚を撮ってやるっ。
私はカメラを構えた。
パシャリ、パシャリ。
何回もシャッターを切る。
だけれど全然うまく撮れなかった。
何せ向こうもカメラを構えている。
カメラで顔の隠れたショットがほとんどだった。
「もうっ、全然うまく撮れないよ!」
これが最後の白夜くんの写真になるかもしれないのに!
私が怒っていると、パシャリと音がし、白夜くんが子供のような無邪気な顔で笑った。
どうやら良い写真が撮れたらしい。
「負けるもんかっ!」
私はすかさずカメラを構え、白夜くんの満面の笑みを捉えた。
……撮れた! 白夜くんの最高の笑顔!
とここで視界がぐらりと歪んだ。
ああ、これは夢で、私は夢から醒めるんだ。
なんとなく直感した。
私は慌てて叫んだ。ここで言いたいことを言わないと、白夜くんともう会えないかもしれないから。
「白夜くん、私、あなたのこと本当に好きだったよ! なのに……なのにこんなに早く死ぬなんて、ずっと一緒にいるって言ってたのにさ。このばかー!!」
私の言葉に、白夜くんは少し呆れたように笑った気がした。
全くもう、聞いてるんだか聞いてないんだか。
私はさらに続けた。
「わたし、白夜くんのこと、これからもずっと忘れないよ。忘れたくても忘れないと思う。さようなら。さようなら、白夜くん――愛してるよ!!」
私の言葉に、白夜くんは小さくうなずいた。
その口は小さく「さようなら あいしてる」と動いたような気がした。




