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19.紬くんの思い

「花、悩んでるの?」


 教室で深々とため息をついていると、沙雪ちゃんが声をかけてくる。


「うん。日報の記事を真に受けるわけじゃないけど、やっぱり気にはなるしね」


 私は素直に答えた。


「大丈夫だよ、きっとウソにきまってる」


 うつむいている私を沙雪ちゃんがなぐさめてくれる。


「でも、どうしても気になるんなら、本人に直接確かめてみたら?」


「うん」


 その言葉に、私はハッと顔を上げた。


 そうだ。直接本人に確かめてみればいいんだ。


 ***


 次の日、私は何事も無かったかのような顔をして白夜くんとお昼のお弁当を食べていた。


「うん、この卵焼き美味しいね」


 無邪気な顔で卵焼きを頬張る白夜くん。


 私は精一杯の笑顔を作った。


「本当? よかった」


 この様子だと、白夜くんはあの号外を見てないのかな。


 どうしよう。あれを見せるべきかな……。


 迷ったけど、私は思い切って号外をカバンから取り出した。


「あ、あの、白夜くん、これ……」


 おずおずと日報を取り出すと、白夜くんは「ああ」と言って顔をしかめた。


「ひどい記事だよな、それ。たまたま先生が転んで抱き起こしたところを撮ったんだよ」


「そうだったんだ、良かった」


「まさか花もこの記事を信じたの?」


 上目遣いに私を見る白夜くん。


 ギクリと心臓が鳴る。


「う、ううん、そんなんじゃないけど」


「花だって、さんざん日報のウソの記事に困らされてたじゃん。こんなの信じないでよ」


「うん……」


 私が下を向いていると白夜くんが首をかしげる。


「どうしたの、花。何か変だよ」


「えっと」


 私はグッとつばを飲み込むと、恐る恐る話し出した。


「うん……あのね、私……見ちゃったの。アユ先生が夜中に車で白夜くんのこと送っていったって。二人が放課後会おうって約束してたところも」


 白夜くんの箸がピタリと止まる。


 だけどその後、すぐに白夜くんは笑顔を作ってこう言い放った。


「花の、聞き間違いじゃないの?」


 その瞬間、私は分かってしまった。


 ……あ。


 白夜くん……今ウソついた。


「とにかく、これは気にしなくていいから」


「……うん」


 私はギュッと拳を握りしめ、下を向いた。


 白夜くん、どうしてウソつくの?


 やっぱり白夜くんは、アユ先生と付き合ってるの?


 それならそうと、はっきり言えばいいのに。


 せめて正直に話して欲しかったよ。


 私は自分のカバンにお弁当箱を押しこんで立ち上がった。


「ごちそうさま」


「あれ? もういいの?」


「うん。あの私――その、文化祭の準備があるから先に教室に戻るね」


「ああ、うん、ばんばって」


 私はウソをついて生徒会室を出た。


 今にも雨が降り出しそうなうす曇りの空。


 暗い廊下を、私は涙をこらえて必死で走った。


 はあ……はあ……はあ。


 やっぱり、あの記事は本当だったんだ。


 どうして?


 どうしてウソつくの?


 どうして隠すの?


 私が新聞部だから?


 ニセモノの関係だから?


 私のこと――信用してないのかな?


 今まで白夜くんと築いてきた信頼関係が一気に崩れたみたいで、たまらなく悲しくなった。


 気がついたら、私の目からは涙がポロポロとあふれ出ていた。


「……うっ」


 つらい。


 つらいよ。


 白夜くん――。


 私がひとけのない階段で涙をぬぐっていると、後ろから声がした。


「――先輩?」


 紬くんだった。


「紬くん、どうして」


「どうしてって、先輩が暗い顔で走っていくのがみえたから……先輩こそ、どうしたんですか?」


 私、そんなに辛い顔してたかな?


 私は慌てて笑顔を作った。


「ううん、なんでもない」


「ウソです」


 いつもニコニコ優しい顔をしている紬くんが、厳しい顔をする。


「紬くん?」


「先輩、先輩が泣いてるの、生徒会長のせいですよね?」


「ちが――」


 気がついたら、私は紬くんに抱きしめられていた。


えっ!?


「先輩、僕だったら先輩を不幸にはさせない」


「つ、紬くん――」


 私が混乱していると、紬くんは熱っぽい口調で続けた。


「先輩、僕は先輩が好きです。生徒会長と別れて、僕と付き合ってください」


 真っ直ぐな瞳。


 頭の中が真っ白になる。


 えええええっ!?


 まさか、紬くんが私のこと――。


「えっ、あの、私」


「返事は今じゃなくていいので、ゆっくり考えてください」


 私が戸惑っていると、紬くんはペコリと頭を下げた。


「先輩を幸せにするのは、生徒会長じゃない。僕です」


 そう言って走り去る紬くん。


 私は信じられない気持ちでその場に立ちつくした。


 まさか紬くんが、私のこと好きだなんて。


 懐かれてるなぁとは思ってだけど……。


 私は、紬くんと出会ったばかりの時のことを思い出した。


 紬くんと私の出会いは小三の時。


 紬くんが、私の家の隣に引っ越してきた。


 引っ越してきたばかりの紬くんは、顔が女の子っぽくて気弱だったから、近所の男の子たちにしょっちゅういじめられてた。


「あんたたち、どっか行きなさい! 弱い者いじめなんてサイテー!」


 その度に私は、そう言っていじめっ子たちを追い払ってたっけ。


 今思うと、全然可愛げのない女の子だったと思う。


 そんな私のどこを好きになったのか分からないけど、私がいじめっ子から助けてあげると、紬くんはこんな風に言ってニッコリ笑っていたっけ。


「ありがとう。いつか僕も、花ちゃんみたいな立派な男の子になるよ!」


 涙をぬぐう男の子は、私よりずっと小さくて、たよりなかった。


 けど、私を幸せにすると言った紬くんは、いつの間にか私より身長も大きく、男らしくなっていた。


 もし、紬くんと付き合ったら、精いっぱい尽くしてくれるだろうし、幸せにしてもらえるんだろうな。


 白夜くんはアユ先生が好きなんだろうし、私の恋が報われることはない。


 紬くんと付き合ったら、どんなに楽になれることだろう。


 母親同士も友達だから、お母さんも喜びそうだし。


 だけど――。


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