18.白夜くんとアユ先生
文化祭を間近に控えたある日。
私が学校に着くと、クラス内がなんだか騒がしくなっていた。
なんだろ?
「沙雪ちゃん、どうしたの?」
私が他の女子と話している沙雪ちゃんに声をかけると、沙雪ちゃんは慌てて何かを後ろに隠した。
「は、花ちゃん」
「どうしたの、一体」
「ううん、なんでもない。これは、花ちゃんは見ない方がいいかも」
「うん」
顔を見合わせるクラスの女子たち。
「えー、何、何?」
私がふざけた口調で聞いてみるも、クラスの女子たちは気まずそうな顔をするだけだ。
一体どうしたんだろう。
とここで私はピンときた。
なんかこの感じ覚えがある。さてはまた日報のゴシップだな?
「私なら気にしないから、見せて」
「うーん、でもこれ、日報だし、たぶんデタラメな記事だとは思うんだけど……本当に見る?」
「私は大丈夫だから」
「じゃあ見せるけど」
何だろう?
私がひょいっと日報を見ると、そこには「生徒会長の浮気!? 放課後に密会するふたり!」という見出し。
そこには若い女の先生と抱き合う白夜くんの写真が載っていた。
えっ。
この人、産休の先生の代わりに新しく来た音楽の先生だ。
名前は確か、荒浜亜弓先生――通称アユ先生。
すごく若くて美人だって評判なの。
日報の記事なんて嘘ばかりだ。
そしてそもそも私は白夜くんと付き合ってすらいない。
だからショックなんて受けないと思っていた。
でも――見た瞬間頭の中が真っ白になった。
アユ先生と白夜くんがどうして放課後一緒に?
何で抱き合ってるの?
アユ先生と白夜くん、どういう関係なの?
「……花、大丈夫?」
「こんなの嘘に決まってるよ」
沙雪ちゃんやクラスメイトたちが口々に慰めてくれる。
「うん、私なら大丈夫。気にしないで」
私はそう言って教室を出た。
ふらふらとした足取りで廊下を歩く。
あれれ。
私、どうしてこんなにショックを受けてるんだ?
***
次の休み時間、私は思い切って白夜くんを尋ねてみることにした。
「白夜くん、いる?」
呼びかけてみたけど、白夜くんは教室にいない。生徒会室にも鍵がかかってる。
一体どこにいるんだろう?
フラフラと学校内を探しまわる。
別に今聞かなくてもいいし、スマホで連絡しても良いんだろうなって思う。
でもなんとなく会って話をしたい気分だった。
白夜くんどこだろう?
「あっ、五十鈴せんぱーい!」
廊下の向こうから走ってきたのは、紬くんだった。
「紬くん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ! この記事のことで生徒会長に一言言おうと思っててるんです」
日報を手に怖い顔をする紬くん。
「べ、別にいいよ紬くんは気にしなくて。こんな記事、ウソっぱちに決まってるし」
「でも――」
すると、一階の廊下の奥、音楽室の前に見慣れた後ろ姿を見つけた。
「失礼しました」
頭を下げて音楽室から出てくる白夜くん。
「白――」
だけど私が声をかけようとした瞬間、ガラリとドアが開いてアユ先生が出てきた。
「白夜くん、これ、昨日の忘れ物よ」
白夜くんにペンケースを渡すアユ先生。
「ありがとうございます。それと、昨日はすみませんでした。わざわざ車で送ってもらって」
「ううん、いいのよ。夜遅くに一人だと危ないしね」
白夜くんがペンケースを受け取る。
その口調を聞いて、あれっと思う。
アユ先生と話す白夜くん、なんだかやけに親しげに見える。
私が向かいの教室に隠れて二人の様子をうかがっていると、アユ先生は白夜くんの肩をポンポンと叩き、ニッコリと笑った。
「それじゃ、今日の放課後も待ってるわね」
今日の放課後もって、いつも放課後に会ってるってこと?
最近、うちで夕ご飯を食べないのは、文化祭の準備で忙しいからだって言ってたのに。
それに、夜に車で送ってもらったって……。
胸のモヤモヤが止まらない。
まさか、本当にアユ先生と付き合ってるの?
「な、なんですか、あれ! どうなってるんですか!?」
紬くんも興奮した様子で私の腕を引っ張る。
「そんなの、私が知りたいよ」
すると、アユ先生がこちらに歩いてきたので、私たちはハッと口をつぐんだ。
二人の姿が見えなくなった後で、紬くんは小声で私に詰め寄る。
「あれは浮気ですよ、絶対。僕が調べてみましょうか?」
「いいよ。私が直接白夜くんに聞いてみるから」
「でも……僕がこういうこと言うのもアレなんですけど、生徒会長は他にも何か隠していると思うんです」
「何かって、何を?」
私の問いに、紬くんは動揺したように横を向いた。
「それはまだ分かりませんけど……同じ男としてのカンです。先輩、上手く騙されているか利用されているだけだと思うんです」
利用されている?
そんなの当たり前じゃん。
だって、私たちは最初から嘘の彼氏彼女なんだから。
そこまで考えて、なぜだか胸がズキリと痛んだ。
私は無理やり笑顔を作った。
「そうかもしれないけど……これは私たちの問題だから、紬くんは気にしないで」
「でも先輩――」
「いいの。お願いだからそっとしておいて」
「はい」
「それじゃ私、クラスに戻るから」
不満そうな紬くんを置いて、私はクラスへと戻った。
「はあ」
なぜだろう。胸が張り裂けそう。
白夜くんが、こっそり放課後にアユ先生と会ってた。
アユ先生の車に乗って、二人で夜遅くに帰ってた。
二人で笑い合って、本当に仲良さそうにしてた。
あの二人は付き合ってるの?
もしかして、白夜くんが私に付き合ってるフリをして欲しいって言ったのは、アユ先生と付き合ってることを隠すため?
教師と生徒で禁断の関係だから……。
「ああもう……」
分かってる。
私は本当の彼女じゃない。ただの彼女のふり。
白夜くんにどうこう言える立場じゃない。
でも――。
はあ……胸が痛い。
ポロポロポロポロと、涙があふれ出る。
その時、私は気づいてしまった。
ああ、私――本当に白夜くんのこと好きになっちゃったんだって。
でも、今さら気づいたところで遅いよね。
白夜くんは、きっと私の事なんて何とも思ってないんだから。