17.総合病院
ほどなくしてタクシーが寮にやってきた。
「山中総合病院までお願いします」
白夜くんがテキパキと運転手さんに行き先を告げる。
「さ、花も乗って」
「う、うん!」
ふう、良かった。
タクシーに乗り込んで一息ついていると、スマホにメッセージが来ていることに気がついた。
あ、おばあちゃんからだ。
見ると、お母さんの入院先はやっぱり山中総合病院みたい。
「白夜くん、行き先、山中総合病院で合ってたみたい」
「そっか、良かった」
でもおばあちゃんも慌ててるのか、それ以上のことは書かれてない。
お母さん、大丈夫かな。
どうして入院なんてすることになったんだろう。
祈るようにスマホをにぎりしめていると、白夜くんがポツリとつぶやいた。
「大丈夫だよ、きっと」
「……うん」
心がほわっと温かくなる。
不思議だな。
白夜くんに大丈夫だって言われると、本当に大丈夫なような気がしてきた。
しばらくして、タクシーは病院に着いた。
私たちは二人で料金を半分こにした。
そんなに高くないことにホッとしつつも、再び不安が襲ってくる。
「でも、お母さんはどこに……」
私が広い病院の中をキョロキョロと見回していると、白夜くんは私の手をぐいっと引っ張った。
「総合案内で聞いてみよう」
あ、そっか。
そんな簡単なことも分からないだなんて、私、動転してるな。
白夜くんが私の手を取り、迷うことなく総合案内に引っ張っていく。
……なんか白夜くん、妙に慣れてるな。
もしかしてこの病院に何回か来たことがあるのかな。
「あの、すみません。先ほど救急車で搬送された五十鈴の身内のものですが」
白夜くんが総合受付で話していると、後ろから看護師さんがやってきた。
「ああ、五十鈴さんの。どうぞこちらへ」
早足で歩く看護師さんのあとを着いてエレベーターに乗り込む。
「こちらの部屋です」
怖いくらいに白くて静かな廊下の先に、「五十鈴」と名前が書かれた病室が見えてきた。
どうやら病室は四部屋みたいだ。
「お母さんっ!」
私は勢いよく病室に飛びこんだ。
お母さん、どうか無事でいて――。
ガラリと病室を仕切るカーテンを開けると、そこには――笑顔で談笑する母さんとおばあちゃんがいた。
「あれっ、花、来てたの?」
キョトンとした顔のお母さん。
てっきり人工呼吸器とか何か管につながって意識もない状態を想像していたので、思ったより普通そうな母親の様子に私は肩透かしを食らってしまった。
「お母さん……平気なの!?」
私は思わず叫んだ。
「ええ、平気だけど……それよりどうしたの、こんな所まで」
キョトンとした顔のお母さん。
「どうしたのって、お母さんが倒れたっておばあちゃんに聞いたから、こんな所まで来たんじゃないの」
「あら、そうなの? でもただの貧血だったみたいで、点滴してもらったらすっかり良くなったわ」
「なんだぁ」
心配して損した!
するとお母さんは、白夜くんのほうに視線をやり、ニヤリと笑った。
「っていうか花、そちらの方は彼氏?」
「へ?」
言われて、私は白夜くんと手を繋ぎっぱなしだったことに気づいた。
「う……ううん、これは違うの」
私はすごく恥ずかしくなって、慌ててつないだ手を離した。
だけれど、お母さんたけでなくおばあちゃんも、白夜くんを見るやいなや、目を輝かせる。
「あらあら、素敵な彼氏ねぇ」
「だから違うってば」
白夜くんは瞬時にして完璧王子スマイルを作りあげると、二人に頭を下げた。
「白夜港と申します。花さんには、いつもお世話になっております」
「あらあら、ご丁寧に」
「本当、イケメンだし感じのいい男の子ねぇ」
もう、違うってば。
私たちはあくまで偽の恋人同士なんだから。
お母さんたちにまで嘘つくことなんてないのにな。
私は大きなため息をついた。
「じゃあ私、これで帰るね」
「あら、もう帰るの?」
「だって、大したことないんでしょ」
もう、お騒がせなんだから。
結局、私たちはお母さんにタクシー代を貰ってそのままタクシーに乗り込んだ。
もう、人騒がせなんだから!
病院を出ると、私は白夜くんに頭を下げた。
「白夜くん、ごめんね。色々心配かけて」
「いやいや。でもお母さんの具合、大したことなくて良かった」
白夜くんの言葉に、私は小さくうなずいた。
「うん、ありがとう」
私は車から窓の外を見た。
真っ暗な道に、街の灯りが星のように流れていく。
なんだか夢の中にいるような、不思議な気分。
それと同時に、私の胸に一気にひやりとするような気持ちが押し寄せてきた。
怖かった。
もし本当にお母さんに何かがあったら――。
私は一人ぼっちになってしまう。
そう考えると私は急に怖くなった。
「花、どうしたの?」
白夜くんが心配そうに私の顔を見つめてくる。
私は慌てて笑顔を作った。
「ううん。白夜くんが本当に冷静で助かったよ。私一人だけだったら、動転してたし、病院になんて来られなかったかも」
「そりゃ、自分の親のことだし、動転もするよ」
「うん、でも白夜くん、すごい頼りになったよ。さすが生徒会長だなって思った」
白夜くんは、一瞬キョトンとした後で、少し照れくさそうに笑った。
「……ありがと」
今まで私、白夜くんのこと、イケメンだから生徒会長に選ばれたんだと思ってた。
でも違う。
こんなふうに、いざという時、頼りになるから、白夜くんは生徒会長に選ばれたんだろうな。
私は白夜くんの整った横顔を見つめた。
やっぱり白夜くんってすごい。
そう思ったのでした。