15.映画デート
二人でやってきたのは、生徒会室。
白夜くんは、生徒会室のドアを閉め、ガチャリとカギをかけた。
「まさかあんなことになっているとはね」
「本当にね」
私はトンと生徒会室の机にカバンを置いた。
「でもどうして分かったの? 私が綾瀬さんのクラスの女子たちに絡まれてるって」
「それは綾瀬さん本人が教えてくれたんだ。たまたま俺が教室にいて良かった」
「そうだったんだ」
綾瀬さん、てっきり私のことを嫌ってるのかと思ったけど……でもよく考えたら綾瀬さんは文化祭を成功させたがってるし、騒ぎを大きくしたくないよね。
そんなことを考えていると、白夜くんが私のおでこをコツンと小突いた。
「なんでこんなことになるまで俺に相談しなかったんだ」
私はおでこに手を当て、下を向いた。
「……だって、白夜くん、文化祭の準備で忙しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなって」
だって白夜くん、最近顔色も悪いし、少し頬や手首も瘦せたような気がして――これ以上心配かけたくなかったんだ。
「邪魔じゃないよ。それにこれは、俺のせいでもあるし」
「でもちょうど良かった」
私はカバンから朝作ったおにぎりを取りだすと、白夜くんに渡した。
「はい、これ。白夜くんに渡そうと思ってたんだ」
「えっ。これ、おにぎり? お弁当もあるのに?」
「違うよ、これは晩ご飯のぶん」
私が言うと、白夜くんはビックリしたように目を見開いた。
「本当? 晩ご飯まで用意してくれたの?」
「うん、白夜くん、最近帰りが遅くてうちにも寄らないし、夜にお腹空くんじゃないかと思って。これならお腹が空いたらすぐに食べられるでしょ?」
「そっか……ありがと。なんか、嬉しくて涙出そう」
涙ぐむ白夜くん。
私は慌てて首を横に振った。
「そんな大袈裟な。ほら、もうすぐ文化祭だし、倒れらたら困るでしょ」
「……サンキュ」
白夜くんが、心の底からうれしそうに微笑む。
その笑顔に、私まで胸がほわっと暖かくなった。
白夜くんがいてくれて、本当に良かった。
「あ、そうだ。花」
「何? 白夜くん」
私が首をかしげると、白夜くんは少し照れたようにこう言った。
「――次の土曜日、時間ある?」
***
ガチャリ。
玄関のドアを開けると、隣の部屋からほぼ同時に白夜くんが出てくる。
私たちは、顔を見合せて笑いあった。
「お、気が合うね」
「そうかな」
「それじゃあ行こうか」
「うん」
私と白夜くんは、二人でバスに乗って、駅前の映画館に向かった。
なんでバスに乗ってるかというと、実は今日、二人で映画館デートをしようってことになったから。
もちろん、二人がラブラブだっていう証拠をみんなに見せるため。
日報の嘘記事のせいで、二股さわぎとかいじめ疑惑とか色々とあった私たち。
そのうちわたしたちは別れるんじゃないかって噂をしている人もいて、今日はその噂を打ち消したいというわけ。
二人でバスを降り、駅前を歩く。
私がショーウィンドウを何気なくのぞいていると、白夜くんは不意にこんなことを言い出した。
「今日さ、花、ちょっといつもとイメージ違うよね」
「えっ、そう?」
私は自分の洋服を見た。
今日の私の服装は、沙雪ちゃんに借りた薄いパープルのワンピース。
ピンクや白だといかにもデート意識しましたって感じだし、かといってデートなのに地味なのもどうかなと思って、あれこれ悩んだ末のお洋服なんだけど……。
「もしかして変?」
恐る恐る聞いてみると、白夜くんは少し笑って私の頭をポンと撫でた。
「いや、可愛いよ」
「あ、ありがと」
私はなんだかこそばゆい気持ちになって視線をそらした。
なんか慣れないな、こういうの。
でも良かった。
私は普段は制服だし、土日もあまり出かけないからデートに来ていくような私服をあんまり持っていない。
この服も急遽沙雪ちゃんに借りたから似合わないかなって思ったんだけど、とりあえず変ってわけじゃなさそう。
「ここだね、映画館」
白夜くんが映画館を指さす。
「うん」
二人で上映時間をチェックする。
二人で見ようねってあらかじめ決めていたのは、女子中高生やカップルに人気の泣ける切ない恋愛映画。
だけど――私はその横のポスターをチラリと見た。
あっ、この『ゾンビVSキョンシー~恐怖の街~』って映画、おもしろそうだなあ。
私、結構ホラー映画とかパニック映画、好きなんだよね。
私がゾンビのポスターをじっと見つめていると、白夜くんが恐る恐る聞いてきた。
「もしかして花、こっちが見たい?」
「え……えっと……うん」
でも、ホラーなんてデートっぽくないよね。
もっと女の子っぽい映画にしたほうが――なんて思っていると、白夜くんがゾンビのポスターを指さした。
「じゃ、こっちにしよっか」
「えっ、いいの?」
「うん。だって、見たくないものを見るより、見たいものを見た方がいいじゃん」
「そうだけど……」
でも、いいのかな?
私が戸惑っていると、白夜くんはスタスタと券売機のほうに行き、ゾンビ映画のチケットを買ってしまった。
「いいんだ。実は俺もこういう重いストーリーあんまり好きじゃないし。ほら、早く行こ」
白夜くんが私の腕を引っ張る。
「う、うん」
私は白夜くんに引っ張られるがままにゾンビ映画のスクリーンに入った。
女の子たちやカップルに人気の恋愛映画とは対照的に、ゾンビ映画を見る人は少なくて中はガラガラ。
私たちは真ん中より少し上の良い席に座ることができた。
「ここ、見やすそうだね」
「うん」
映画が始まると、元々ゾンビ映画が好きなこともあって想像よりずっと面白い。
私が食い入るように画面を見つめていると、不意に白夜くんの手が私の手に触れた。
わっ。
私が少しびっくりしていると、同時にゾンビの首がスポーンと飛んだ。
「うわっ」
私の手を自然に握ってくる白夜くん。
ええっ!?
びゃ、白夜くん、今のそんなに怖かったのかな?
「大丈夫? 白夜くん」
ってこっそり聞いてみると、白夜くんは小さくうなずいた。
「うん」
本当かな?
結局、白夜くんは、映画が終わるまでずっと私の手をにぎっていた。
白夜くん、意外と怖がりなのかな?
「映画、結構怖かったね」
映画館から出るなり、白夜くんが息を大きく吐き出す。
「うん……」
私も、最初は結構怖いかもと思ってた。
けど、途中から白夜くんが手を握ってくるから、お話がちっとも頭に入ってこなかったよ。
「それじゃあ、次に行こっか」
私が言うと、白夜くんは私の腕をギュッとつかんだ。
「あ、ちよっと待って」
「えっ」
「写真、撮ろ」
ああ。二人でデートに来たっていう証拠写真ね。
「うん、いいよ」
ゾンビ映画のポスターの前、白夜くんと二人で並び、スマホで自撮りをする。
「そういえば、今日はいつもの大きなカメラ持ってないんだね」
白夜くんが私のスマホを見て不思議そうな顔をする。
「うん。外に持っていくには大きすぎるし、無くしたり落としたりしたら嫌だから」
私が答えると、
「そっか。お父さんの形見だもんね。大切にしないと」
と、白夜くんは納得したようにうなずいた。
「がおー」
「ゾンビだぞー」
二人でゾンビのポーズをして記念写真を撮る。
「どんなふうに写ってるかな」
二人で撮り終わった写真を見てみると、急に白夜くんが噴き出した。
「……プッ」
スマホの画面には、ゾンビのポーズをしているにも関わらずクールにかっこよく写った白夜くんと、身も心もすっかりゾンビになりきったような私が写っていた。
うげっ、これはひどい!
「やばい。これ撮り直したほうがいいかも。こんなの人に見せられないよ」
私が顔をしかめながらスマホの画面を眺めていると不意にパシャリと音がした。
見ると、今度は白夜くんが使い捨てカメラを手に笑っていた。
「もう、こんなところ撮らないでよ」
私がすねると、白夜くんは真面目な顔をしてこう言った。
「いや、こういう何気ないシーンを撮るのが良いんだって」
「写真ならさっき撮ったでしょ⁉」
「さっきのは人に見せる用。こっちは俺用だから」
そう言いながらパシャパシャと私の写真を撮る白夜くん。
「もう! やめてよー」
「いやいや、こういうのがエモいんだから」
クスクス笑う白夜くん。全くもう。
「現像したら見せてね」
私が言うと、白夜くんは「うん、分かった」と本当に分かったんだか分かってないんだか分からないような顔でうなずいた。
その顔を見て、私は自分の写りが本気で心配になった。
全くもう。もし変な写真だったら許さないんだから。