14.うわさ話
家に帰った私は、ベッドに横たわりゴロリと天井を見上げた。
綾瀬さん……すごく必死そうだったな。
やっぱり綾瀬さんは白夜くんのこと好きなんだろうな。
二人一緒にいるとすごくお似合いだし、付き合うふりをするのは私じゃなくて綾瀬さんのほうがよくない?
でもそれじゃダメなんだろうな。
何せ白夜くんが求めてるのは、自分に好意を持っていない相手なんだから……。
「ああもう……!」
私は無性にあのクールなポーカーフェイスを引き裂いてやりたい衝動にかられた。
はあ、いったん落ち着こ。
私はベランダに出ると、外の冷たい空気を吸い込んだ。
昼間は残暑が厳しかったのに、夜になるとすっかり風が秋の冷たさになっている。
ふと空を見上げると、夕暮れの空は赤とオレンジが溶け合うようなキレイなグラデーションになっていた。
わあ、今日の空もキレイ
今日は帰りが遅かったから夕日が撮れないかと思ってたけど、日が沈みきる前に撮れて良かった。
何枚か夕日をパシャパシャと撮って、カメラを確認する。
「うん、キレイに撮れた」
一人つぶやくと、チラリと隣の部屋を見る。
隣の部屋の様子は、壁があって全然見えない。
けど、なんとなく明かりがついておらず真っ暗なのは分かった。
白夜くん、まだ帰ってきてないみたい。
こんなに遅くまで学校に残って文化祭の準備をしてるのかな。
やっぱり生徒会長ともなると責任重大だし準備も大変なのだろう。
私は少し疲れたような白夜くんの顔を思い出した。
綾瀬さんも心配してたけど大丈夫なのかな。
白夜くん、ちゃんとご飯食べてる?
私は夕ご飯の用意をすると、久しぶりに一人で食卓についた。
一人分の食事の乗ったテーブルは、なんだかすごく広く見えて、私は少し寂しくなった。
まるで広い宇宙の果てでひとりぼっちになってしまったみたい。
おかしいな、白夜くんが引っ越してくるまでは、一人でご飯を食べるのが当たり前だったはずなのに。
どうして今日に限って、こんなに寂しいんだろう。
どうしてなんだろうな。
***
次の日。
「おはよう!」
教室に入ると、なんだかみんなの様子がおかしいことに気づいた。
「ねえ見た? 今日の日報」
「見た見た。あれにはドン引きだわ」
「ひどいよねー」
みんな私のことを遠巻きに見てヒソヒソとウワサしている。
一体何だろう。
日報って……今日は日報の発売日じゃないよね?
私が戸惑っていると、沙雪ちゃんが廊下からコソコソと手招きをした。
「ちょっと花こっちに来て」
「何?」
私が首を傾げると、沙雪ちゃんは声のトーン落として言った。
「これ見た? 日報の号外なんだけど……花、大変なことになってるよ」
「えっ、号外?」
沙雪ちゃんが、手に持っている号外を見せてくれる。
そこには「卑劣! 恋のライバルをいじめる五十鈴花」という見出しが。
しかもそこには、まるで私が綾瀬さんを泣かせたかのような写真が掲載されていた。
ええっ、なんで私が綾瀬さんをいじめたことになってるの!?
「これ、ウソだよね?」
恐る恐る沙雪ちゃんが聞いてくる。
「当たり前じゃん」
私は慌てて沙雪ちゃんに説明をした。
「実は……綾瀬さんに呼び出されて着いて行ったら、綾瀬さんに急に泣きながら『白夜くんの邪魔しないで』って言われちゃって」
「そうだったんだ。大変だったね、花」
ホッとした表情の沙雪ちゃん。
「でもみんなは花がいじめたって思ってるみたい。ほら、綾瀬さん評判いいし」
「そんな」
私が困っていると、不意にグイッと後ろから腕を引っ張られた。
「花、大丈夫⁉︎」
そこに立っていたのは、少し険しい顔をした白夜くんだった。
「びゃ……白夜くん」
そして、白夜くんの後ろには涙目になってうつむいた綾瀬さんがいた。
「ねっ、綾瀬さん」
白夜くんにうながされ、綾瀬さんはうなずいた。
「あのみなさん誤解しているようですが、私、五十鈴さんには本当に何もされてないの。話しているうちに感情が高ぶってつい泣いちゃって……私、まさかこんなことになってるだなんて」
綾瀬さんの話を聞いて、噂話をしていた女子たちが顔を見合わせる。
「そ、そうだったの」
「私たち、何も知らなくて」
「ごめんね、五十鈴さん」
しゅんとなるクラスメイトたち。
「謝らなくてもいいよ。ただの勘違いだったんだから」
私が苦笑すると、白夜くんはふうと息を吐いた。
「みんな、日報のせいで誤解しているようだけど、これだけは言っておく」
白夜くんは周りの生徒たちの顔をぐるりと見回し、キッパリとした口調で言った。
「花に関するくだらないウワサは全部ウソだ。俺はいつも花に助けられているし、誠実で良い子だよ。もし彼女を傷つけるようなら、俺が許さない」
周りにいた生徒たちが、全員ポカンとした顔になり静まり返る。
そりゃそうだよね。
学校での白夜くんっていつもクールで冷静沈着で、こんな風に怒ったりする姿なんて滅多に見ないもん。
白夜くんはグイッと私の腕を引っ張った。
「それじゃ、行こうか。ここじゃゆっくり食事もできそうにないからね」
「う、うん」
私は白夜くんと一緒に廊下に出た。