1.スクープ失敗
新聞記者だったお父さんが言ってた。
この世には、写真を撮られるために生まれてきたような人間がいる。
まるでその人にだけピントが合っているように、周りからくっきり浮かび上がって見える人がいる。
そんな存在感がある人間がいるって。
だけど、私は今まで、そんな人が実在するって信じてなかった。
一人の人にだけピントがあったように見えるだなんて、そんな人いるわけない。
そう思ってた。
白夜くんが目の前に現れるまでは――。
私は目の前のフォトフレームを撫でた。
勉強机の上、白く光る小さなフォトフレームの中では、インスタントカメラを構えた君が優しく笑っていた。
***
「それでは、新生徒会長に選ばれた二年A組の白夜ミナトくん、あいさつをどうぞ」
「はい」
先生に呼ばれ、一人の黒髪男子がステージに上がる。
ミステリアスな切れ長の瞳に泣きぼくろ。すうっと通った鼻筋に少し薄い唇。
これ以上ないほど整った顔の彼――白夜くんは、一礼をしてにこやかに話し始めた。
「こんにちは。このたび引退した荒木生徒会長の後を引き継ぎ、新たな生徒会長となりました、白夜ミナトです」
彼の顔を見て、私はひと目で分かった。
あ、この人だ。
お父さんが言ってた「写真を撮られるために生まれてきたような人」。
カメラのピントを合わせたわけでもないのに、周りの人たちの輪郭がぼやけて、くっきりと浮かび上がるように見える人。
私、五十鈴花は、お父さんの形見の一眼レフを構えた。
――パシャリ。
白夜くんのあいさつ姿をカメラに収める。
すごいな。
まるで別世界の人間みたい。
オーラがあるっていうのかな。白夜くんの周りだけキラキラ輝いて見える。
「あーん、カッコイイ!」
「本当、完璧だよねー、白夜くんって」
「ステキすぎるー」
女子のヒソヒソ声が聞こえてくる。
まあね。
確かにどの角度から撮っても、白夜くんはかっこいい。
しかもかっこいいだけでなく、挨拶をする白夜くんはびっくりするほど落ち着いている。
私だったらあんなに大勢の人に見つめられてたら緊張して何も話せなくなるだろうに。
私と同じ高二とは思えない。
いったいどういう神経をしていたらあんたに落ち着けるのか分からない。
しかも演説も上手くて聞く人を惹きつける何かを持ってる。
存在感があって、度胸も会って、カリスマ性もある。その上、成績はいつも一位。
まさに完璧生徒会長。だけど――。
なんでだろう。
白夜くんを見てると、なんだか無性に落ち着かないのは。
私はカメラ片手に白夜くんを見つめた。
なーんか白夜くんって、信用ならないんだよね。
あの笑顔、なんだかウソくさいというか……何か隠してる気がする。
こんなこと言っても誰にも共感してもらえないんだけど……。
「先輩、あいさつ終わりましたよ。早く取材に行かないと」
隣にいた男の子が私の腕を小さくつつく。
茶色いツンツンした髪に、猫みたいに大きな瞳のカワイイ系男子。
新聞部の後輩で幼なじみの紬くんだ。
「そうだね、急がないと」
私たちはステージから降りてくる白夜くんを慌てて追いかけた。
うちの高校では、受験勉強のため、生徒会長の任期は夏までってことになってる。
そこで夏休み前に選挙があって、この秋から二年生の白夜くんに変わったばかりなんだけど……。
新生徒会長に就任して一週間経つのに、私たち新聞部は、白夜くんのインタビューをまだできていないの。
なぜかって?
「先輩、早く良い場所取らないと大変なことになりますよ」
紬くんが急かす。
「分かってる!」
私はカメラを手に白夜くんの方へと急いだ。
だけど――。
「きゃあっ、白夜くーん!」
ドンッ!
紬くんが白夜くんファンの女子に押されて尻もちをつく。
「わあっ!」
「大丈夫? 紬くん」
「だ、大丈夫です。それより先輩、僕に構わず行ってくださいっ」
「うん!」
私はカメラを手に、紬くんの代わりに白夜くんに近づこうとした。
けれど女子たちの波に飲まれてしまい、全然白夜くんに近づけない。
「きゃあ、白夜くん、カッコイイ!」
「先輩っ、これ、ファンレターですっ!」
「白夜くーん! 私のクッキー、受け取って!」
「こら、君たち、席に戻りなさい!」
「皆さん、静かにしなさい!」
先生が慌てて女子たちを止めようとしたんだけど、全然効果なし。
白夜くんファンの勢いの前に、ただの新聞部の私たちは全然近づけない。
そうこうしているちに、白夜くんはいつの間にやらどこかへ消えてしまった。
「はあ、今日も取材できなかったですねー」
紬くんが口をとがらせる。
「ねー、白夜くんったら、放課後も全然生徒会室にいないし、休み時間も教室にいないし……」
はあ、一体、いつになったら取材できるんだろう。
私は仕方なく撮った写真をチェックしはじめた。
「あ、これなんか超よくない?」
私はよく撮れた写真を紬くんに見せる。
紬くんは、女の子みたいにカワイイ顔を少し曇らせた。
「……やっぱり五十鈴先輩も、白夜先輩みたいな完璧イケメンがいいんですか?」
へっ!?
私は慌てて首を横にふった。
「いや、確かに顔はいいけど、そんなんじゃないよ」
「本当ですか?」
紬くんはぱあっと顔を輝かせる。
「うん。私、男の人ってあんまり興味ないし……」
自慢じゃないけど、私は生まれてからこのかた恋ってしたことがないの。
別に男ギライってわけじゃない。
お父さんが小さい頃に亡くなって、それからお母さんは働きづめになって、私は恋どころじゃなかったんだ。
それに、よく言う「ビビっときた」とか「目が合った瞬間体に電流が走った」とかそういうのって、正直、よく分からないんだよね。
紬くんがホッとしたような顔をする。
「そうなんですか。ま、僕はそういう先輩のほうが安心ですけど」
安心って何だろう。
ま、いっか。
私は続けた。
「……それに完璧超人だなんて、一緒にいて息がつまりそう。それよりだったら私は、ちょっとぐらい欠点があった方が人間らしくていいと思うな」
「ですよね。ああいう人間は、きっと一緒にいると疲れますよ。完璧すぎて」
「確かに」
私はそう答えると、白夜くんが写った手元のカメラに視線を落とした。
顔も良くて、成績優秀、そのうえ演説も上手くてリーダーシップまである完璧生徒会長なんて、うさんくさいにもほどがある。
完璧な人間なんて、この世にいるはずがない。
白夜くんも、きっと何か秘密を隠してるに決まってる。
……ってこれは、私のただのカンなんだけどね。
高校が舞台の、胸がキュンとする切ない女性向け恋愛小説です。
毎日夜8:10ころ更新にしようと思っています。
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