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08.二度目の気絶

 クロエは全速力で走った。

 今までの人生で一番早く走れたと思う。玄関まであと少し! 伸ばした手が玄関の取っ手を――


 掴むことはなかった。


「クロエ? 真夜中にどこに行くの?」

 目の前にいなかったはずのドーリーにぎゅっと抱きしめられている。


 抱きしめられているのか、捕まっているのか。


「ちょ……っ、ドーリーさん離してくださいっ」

 離れようともがくクロエの抵抗空しく、更にぎゅっと包まれてしまう。


「あの悲鳴は何事!? クロエちゃん、何があったの?」


 パタパタと小走りでミリーナが心配そうに駆けつける。その後ろからジャックが冷徹な表情で足音もなく向かってくる。


(あぁ……もう逃げられない)

 クロエは半泣き状態である。


 あっという間にクロエは囲まれてしまった。


「逃げてどうする? バラすのか?」

 ジャックの声は低く、とても冷たく感じられた。


「え? クロエいなくなっちゃうの? どうして?」

 ドーリーは驚くと、クロエの頭に顔を傾けて、そんなのだめだよと強く抱きしめてくる。


 クロエは心臓が鼓動を強め、体が、頭が、熱くなるのを感じた。その熱の勢いに任せる。


「きゅ、求人で誘い入れて、生娘の生き血を飲むために何人も、こっ、殺してるの!?」

 ドーリーにきつく抱きしめられていても、クロエの心は震えが止まらない。


 ジャックは眉を顰め、目力を強めた。


(ひぃーーーーっ! 殺されるぅ!!)


 ジャックは冷静に、だが、嫌そうに答えた。

「バカな。私は愛する妻の血しか飲まない」


「……う……うそ」

「嘘ではない」


 ジャックにきっぱりと言われ、クロエは言葉に詰まった。

 なら何で生娘が応募条件に含まれているの? ジャックさんが嘘をついているとしか……、もしかしてドーリーさんも吸血鬼なのかも。孤児院で見つけたっていうのは、吸血鬼の子孫を見つけたって意味だったんだわ。


「ドーリーさんも吸血鬼なの? あなたが生娘の生き血を?」

「僕は吸血鬼じゃない」


 ドーリーにも即答で否定され、混乱するクロエ。

 そんなクロエの心情など気にもせず、クロエの目尻に浮かぶ涙にキスを落とす。


「なっ……、何を!?」

 クロエは動揺したが抱きしめられ固定されているせいで、声だけが上擦った。


 やれやれと溜息をついたミリーナが口を開く。

「まったく。ドーリーは本当にクロエちゃんのこと好きね」


 吸血鬼の話から、どうしたら恋話に発展するのか。どうして、誰も私の悲鳴について深堀りしてくれないのか。

 ……ドーリーさんはいつまで私を抱きしめているのか。


「クロエちゃん、確かに夫は吸血鬼よ。でも、クロエちゃんの生き血を吸うことはないし、今までも誰も殺していないわ。それと、ドーリーは狼男なの」

「……えぇ!?」


 吸血鬼だけでも脳の理解が追い付かなくてオーバーヒート気味なのに、狼男が追加された。


(モデルになった人物がいたとかじゃなくて、本当に……? 本当に実在していたの!?)


「そう、僕は狼男だよ。かっこいいでしょ?」

 にこりと微笑みかけたかと思えば、クロエの髪にキスを落とす。


「うちの子、クロエちゃんが大好きみたいなの。年も近いし、私はお似合いだと思うわ」

「はぃ? 私は洗濯と清掃しにきただけの雇われ女ですって。立場が――」


 すかさずドーリーが割って入ってきた。

「クロエが僕を好きなんだよ? 僕はその愛に応えてる。僕も好きだよ」


 育ての親の前で恥ずかしげもなく愛の告白を言い放つ行為に対して、その愛の告白が自分に向けられていることにいたたまれず、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。


(私がドーリーさんを好きって、いったいどこで話がこじれるの!?)


 クロエの顎に手を添え、顔を向き合わせると唇にキスをした。


――私のファーストキス。


 完全にオーバーヒートした。顔から湯気が出ていると思う。


「クロエが屋根裏部屋で僕に無条件で全てを捧げてきたんだ。あんな求愛初めて……。僕は全身全霊で受け止めることにしたんだ。誓うよ」


――私はあの時、気絶しただけ。今も気絶しそう。


 寄り添って、私とドーリーさんを安堵の表情で見守る吸血夫妻を見たのを最後に、意識が途切れた。


◇◇◇


 クロエは重い瞼をゆっくりと持ち上げた。何度かの瞬きでベッドに横になっているのだと、自分の部屋だと意識がはっきりする。


「クロエちゃん!」


 採用面接のときと全く同じ立ち位置で、三人が私を見ている。猫がミャオと鳴いて、やわらかい肉球でおでこをぽむぽむと撫でてくれた。


「えーっと……」

「いいのよ。落ち着いて」


 起き上がろうとしたクロエをミリーナが制した。ベッドに身を戻す。


「誤解を解いておきたいのだが……」

 ジャックが静かに話し出した。

「生娘を条件に入れた理由は、ドーリーのためでもある。狼男は発情期に本人の意思に関係なく女性ホルモンを刺激してしまうんだ。簡単に言えば既娘が寄ってくる。でも、生娘はその影響を受けない。あとは純粋に、仕事のために来てくれる人がよかったのだ」


(……だったら)


 クロエの表情から何かを読み取ったジャックは話を続ける。

「だったら、男にすればいいだろうと思っただろうが、性別に関してはミリーナの希望でね」


「ミリーナさんの?」

「男の子がもう()()もいるから、女の子がよかったのよ~」


(ジャックさんも男の子扱い? 尻に敷くタイプ? それともご懐妊!?)


 クロエが勝手にほくほくした気分になっていると、ジャックが空気を切り替える。

「という訳で、我々三人は人間とは異なる人種だが……」


「三人?」

 ジャックさんが吸血鬼で、ドーリーさんが狼男で……。我々三人ってことは――


「ミリーナさんは、」

「「魔女!」」


 声が被ったミリーナは満面の笑みを放つ。

「ふふっ。タッジーマッジーの効果抜群だったでしょ?」


 クロエは体の力が抜けて、更に深くベッドに沈み込んだ。


「……それでだ。ドーリーとは両想いのようだし、クロエ、君はどうしたい?」

「待ってください。まず、私はドーリーさんの――」

「ドーリーは縄張り意識が強い子なんでね!」


 クロエの言葉を遮るようにジャックが声を大きくする。意味が分からずドーリーを見ると、目が赤くなっていた。鋭い眼光から強い意志を感じ取る。


「クロエ?」


 ドーリーに名前を呼ばれただけだが、第六感が警報を鳴らす。間違えてはならない。死に直結すると。

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