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04.試用期間(後編)

「まずは電源を入れてみましょ」


 ミリーナが電源のスイッチを押すも、洗濯機はうんともすんとも言わなかった。

 クロエはコンセントが抜けているのかもしれないと奥に顔をつっこむと、ネズミと目が合う。コンセントは確かに挿さっていたが、コードがネズミによって食いちぎられていた。


「あの、洗濯はどうされてるんですか?」

「クリーニングよ。ドーリーにお願いしているわ。丁度いい運動になるんですって」


 求人の仕事内容に、『洗濯』と記載されていたことを思い出す。もう一つの仕事である『清掃』も、用意されていた掃除道具が昔ながらの箒だったなと。やる人がいないから人材を募集し、今ここに自分がいるのだと理解する。

 最新の洗濯機があるなどと調子にのって期待した自分を、立場をわきまえろと叱った。


 夕食は一緒にとりましょうと、四人と一匹で食事を囲んだ。

 成長期の男子がいるからボリュームのある料理なのは言わずもがなだが、盛り付けがお洒落で。そんな料理を前に赤ワインをゆらゆらさせてから飲むジャックの姿が、これまた絵になる。


 住込みでおいしい料理までご馳走になれるなんて……死亡フラグが立っているかもしれない。


 ぼーっとしていたら、隣に座るドーリーの腕とぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」

「いいよ」

「……あのー、食べづらくないですか?」


 ドーリーがきょとんとした顔をする。

「全然」


 私は食べづらいんですがと言いたい気持ちを料理と一緒に咀嚼して飲み込む。

 ドーリーがぴったりくっついて隣に座っているのだ。横に座る一般的な定義を通り超した距離感。


 そのことを気にも留めないミリーナが、本来なら面接時に聞くであろう質問を投げてきた。

「ねぇ、クロエちゃんはどうしてうちの求人に応募してきたの?」


 食事中の会話の一つとしてなら緊張することなく話すことができる。試用期間中だが、一応採用の言葉をもらっているので包み隠さず話すことにした。


「えーっとですね、実は仕事でミスを連発したせいでクビになりまして。お恥ずかしい話なのですが、タイミング悪く寝床もない状況だったので、住込みという条件に飛びついた、次第です。……はい」

「女の子が寝床のない状況なんて……ご実家には頼れなかったの?」

「実家には母と兄夫婦が住んでいるので、邪魔しちゃいけないなーって。険悪な仲とかじゃないんです。自分で乗り越えられる範囲なので」


 ミリーナが目尻を拭った。すかさずジャックがミリーナを手繰り寄せ、頭を撫でた。

「クロエちゃんは頑張り屋さんなのね」


 クロエの背中にさり気なく手を回しながらドーリーが覗き込む。

「クロエも泣いてるの?」


 あまりに距離が近すぎて、心と体が跳ねた。


「泣いてないですっ」

「あ、そう」


 雰囲気がしんみりというか変な感じになってしまったので、慌てて話題を変える。

「明日、クッションカバーを洗濯するんですが、干せる場所はどこかありますか?」


 ミリーナの頭を撫で続けているジャックが答えた。

「屋敷の裏地にスペースがある。以前使っていたフックとロープがまだ残っているはずだ」


 ジャックさんの真似かドーリーさんが私の頭を撫で始めたので、居たたまれず一足先に部屋へ戻らせてもらった。


◇◇◇


 翌朝、屋敷裏へ行って驚いた。まさか墓地が広がっているとは。


 墓があっても昼間なら怖さが半減するので、屋敷に戻り早々に作業にとりかかる。クッションからカバーを取り外していく。

 ランドリールームに放置されていた洗剤を使ってクッションカバーを洗濯するのだが、桶がなかったので猫足バスタブを拝借して足踏みで洗う。


 ふと視線を感じ、見上げると扉を盾にしてドーリーがこちらを見ていた。水が苦手な猫も彼の足元にいる。


「おはようございます。今日は、大学は遅い時間からなんですか?」


 返事がない。嵐のような挨拶もなく、じっとこちらを見ている。


 もしかして、昨夜、早々に席を立ったのを怒っていらっしゃる? 雇い主のご子息の機嫌を損ねてはいけない。

 足踏み洗濯を中断し、ドーリーの元へ駆け寄った。その(かん)、ドーリーは微動だにしなかった。


「ドーリーさん、昨日は先に席を立ってしまってすみませんでした。……今はまだ試用期間中で、気を抜けないというか一番頑張らないといけない時なので早く寝なくてはいけな――ぐっ」


 話している途中で勢いよく抱きつかれた。


「なぁんだ、そうか!」

「……は、ぃ」


 両腕が内側になって三つ折りにされてしまいそうなほど強い。痛い。


 どうしてこんなに懐かれているのか昨晩考えたのだが、両親が夜に仕事をしているので、きっと昼間にこうして挨拶や話をする相手ができたのが嬉しいのだろうという結論に至った。

 大学に友達がいても家では心の在り方が違うものだと思う。


「大学へはこれからですか?」

「うん、そう。いってきます」

「はい。いってらっしゃい」


 ぱっと離れると、あっという間に数メートル先にいる。ご子息の機嫌が直って何より。




 そよそよと吹く風にクッションカバーの白波が立つ。壮観で見ていて気持ちよい。


 ひと段落ついたので墓地周辺を休憩がてら散歩することにした。太陽の下でもカラスが鳴くと雰囲気抜群である。流れた雲が陰りを落とすと、不気味さが一気に増す。

 どの墓も等身大の石棺だが、故人の意向か薔薇の彫刻がふんだんに施されたものや、シンプルに家紋と思しきシンボルマークだけのもの、様々である。

 墓地の奥には壮大な森が広がっていて、樹々が生い茂っていた。


 ぐるりと一周し戻ると、待ちわびていた猫が鳴きながら出迎えてくれた。見上げれば太陽が真上にある。

 猫と一緒に食事をし、午後も課された仕事を黙々とこなした。


 本来の色を取り戻したクッションを元通りに並べ、与えられた期間より一日早く部屋をきれいにすることができた。

 日が沈み、仕事の出来栄えを確認しに来たジャックから嬉しい言葉をもらう。


「試用期間は終わりでよい。本採用とする」

「あぁ、ありがとうございます!」


 私の合格をミリーナさんが拍手をして祝ってくれた。


()()がある()でよかったわ! クロエちゃんこれからよろしくね」

「はい! クモ、ゴキブリ、ネズミ、何でもござれです! よろしくお願いします」


 その日の夜、兄に勤め先が変わったことを連絡した。住込みなので、安心してほしいとも。

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