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20.ロズウェルの最期

「ローズさん、契約違反で生首になっちゃったんですか」

「違反……んーまぁ、そうなるわね」


 クロエは眉を寄せて表情を沈ませた。当のローズは明るい表情であっけらかんとしている。


「最初から手放す気満々だったけどね」

「……え?」

「愛してやまない吸血鬼を私がどうこうするとでも?」


 ローズは鼻を高々とさせる。

「私は吸血鬼への愛のために全てを捧げた男よ。最期までその信念を貫くに決まってるじゃない」


◇◇◇


 長年、吸血鬼と対峙し生き延びてきたロズウェルには、話が通じる吸血鬼がいた。ロズウェルの心の内を共有した仲であり、唯一の理解者。刹那的な吸血鬼が一人の人間と親交を深めるのは、突然変異か……はたまた気まぐれか。


 その吸血鬼の名はジェフリード。母親は魔女だったそうで、魔女の魔力が宿る子宮で育った影響か、彼は太陽の日に少し耐性を持っていた。更に、ジェフリードは既に双子の子どもがいた。本当の双子ではなく同じ月に生まれた腹違いの兄弟で、二人ともロズウェルに懐いていた。


 月が弧を描く晩、黒い炎で手紙を送ったロズウェルの元に猫ほどの大きさのコウモリが二羽やってきた。降り立ったコウモリ達にロズウェルは破顔しながら二つの名を呼ぶ。


「わざわざ出迎えてくれたのか? ジェイクにジャスティン。二人とも立派な羽じゃないか」


 二羽のコウモリは気づけば、年少の男の子の姿になっていた。ロズウェルに走りよると、交互に話し出す。


「僕の羽の方が一センチ大きいんだよ」

「僕の方がジェイクより一センチ背が高い」

「あれは誤差だ。僕はもう読み書きは完璧だぞ」

「数字はうそをつかない。僕はもう早朝まで太陽に耐えられる」

「それなら僕もだよ」

「ジェイクはすぐ部屋に戻ったじゃないか」


 二人は兄より、弟より自分の方がとロズウェルへのアピール合戦が止まらない。

 子どもとは言え、吸血鬼の子。幼さがあっても端正な顔立ちで、ロズウェルの美的感覚をくすぐる。


「二人とも凄い成長だ。俺も嬉しいよ」

 双子の頭を左右の手で同時に優しく撫でる。


「父さんのところに案内しにきたんだ」

「ありがとう。早速出発しよう」


 双子からの愛らしいアピール合戦に耳を傾けながら、昼夜逆転させ三日かけてジェフリードの居住場所へ辿り着く。

 昼間でも太陽の日が届かない森の奥深く、人間たちに建てさせた屋敷は歴代の吸血鬼が住まう場所で、小さな菜園がある豪華な建屋だ。


 吸血鬼ハンターと吸血鬼は久しぶりの再会を互いに喜んだ。

「君は相変わらず逢瀬を繰り返しているのか?」


 ロズウェルの理解者であるジェフリードは、ハンターの仕事を逢瀬と称した。ロズウェルは口角を上げて笑う。

「はっはっは! 俺にとっては君との再会も逢瀬になってしまうな」


 ジェフリードも小さく笑う。二人は赤ワインを片手に祝杯を挙げた。




「君は死ぬのか? 手紙にそう書いてあったが」

「あぁ。俺の最期を託したい」


 ロズウェルは魔女との間に起きた顛末をジェフリードに告げ、自分の胸に沿うように広げた地図を見せる。即座に机にとまった監視役のハエに心臓が跳ねた。


「その魔女は悪魔と契約したのかな? 地図から、そのハエからも忌々しい気配を感じるよ」

「……完全に闇落ちしていたな」


 ハエを冷めた目で見下ろしていたジェフリードが視線を戻し、ロズウェルを促す。


「俺の推測が正しければ、この地図に吸血鬼の血を何かすると居場所が表示される」

「……ふーん」


 半眼のジェフリードは、表情を変えることなく手の平を切り、空いたワイングラスに血を垂れ流す。


「おい……、何する気だ?」

「試してみればいいじゃないか」


 吸血鬼を憎む輩の手に絶対に渡ってはいけない血塗られた地図に、吸血鬼の情報を追加するようなことをしていいのか悩む。だが、自分の最期とともに託すつもりなのだから、まぁいいかと思い直す。


 水平に広げた地図にワイングラスの血を注ぐ。地図に広がった血が染み込むようにあっという間に消えていった。そして、赤い点が地図上に浮かびあがる。


 ジェフリードは顎に手をかけると独り言のように呟く。

「推測通りか……」

 そして、ロズウェルの首にある黒い線を見ながら問う。

「君はこれを私に?」


「そうだ。俺の死体は――」

「後は死ぬだけなら、ここで少しゆっくり過ごしたらどうだ? 双子も喜ぶ」


 被せられた言葉に驚きつつも、ロズウェルは思案する。

(もう覚悟は決めてるしジェフリードに最期を託すんだから、ここで少し過ごすくらい問題ないか。地図を肌身離さず持っていればいいんだろう。期限は無かったはず……)


 こうして、ロズウェルは死ぬまでの余生を隠された屋敷で吸血鬼父子と過ごすことにした。

 双子は逃げるハエを追いかけて飛行練習に励んだり、ロズウェルに見守られながら太陽の日の限界に挑戦したり、兄弟だけではできなかったことを楽しむ。当のロズウェルは、美形の吸血鬼を眺められる幸せな毎日に溺れた。

 ジェフリードは、出掛けたきり戻ってこない日が続いていた。


 三か月経った満月の夜、初めて見る吸血鬼をジェフリードが連れてきた。

 腰まである長い黒髪をゆるく編み、細身ながらがっしりした肩幅と胸板、すらりと伸びる下半身。整った体に乗る顔は言わずもがな、美の黄金比率を忠実に再現していた。堀の深い目は緑と青色のオッドアイで、長く濃い上下の睫毛が色気を上乗せしている。


 美しい吸血鬼が二人並ぶ光景に、ロズウェルは歓喜した。


「彼は君が殺すはずの吸血鬼だよ。彼けっこう点々とするタイプみたいで、見つけるのに時間がかかってしまった」


 血塗られた地図を見れば、二つの赤い点がほぼ同じ位置にいる。


「ジェフリードから聞いたよ。俺のせいで死ぬんだって?」

 綺麗な顔を崩すことなく、悪びれもせず淡々と言い放つ。


「あんたのせいじゃない。自分の気持ちに忠実なだけだ」

「あ、そう。で、何で呼んだの?」

「ん? ……俺は呼んでない」


 ジェフリードが口を開いた。


「彼が持っている地図は君の子どもが原材料だよ。君の血を受け継いだ子どもの血が君の存在を示している。だから持ち主に返そうかなって」

「……そうか」


 反応の薄い彼を見ていたロズウェルの目が見開いたのを見て、視線の先にある隣の吸血鬼を見たジェフリードも驚いた。


「あれ? 吸血鬼って泣くんだ」

 吸血鬼は、自分で自分に驚き呟いた。


「……地図はあげるよ。戒めとしてその存在に怯えて生きることにする」

「そう言ってもらえると助かるな。もう私の血も入っていることだし」


 自分が涙を流したことを不思議に思っている吸血鬼の心情をロズウェルは汲み取ろうとした。

(我が子が犠牲になったから? それとも彼女がそんなことをしたから? 戒めとするのは、つまり――)


「さて、待たせた。ロズウェル」


 前触れもなく自分が死ぬタイミングが訪れ、思考の途中だったロズウェルの心臓が大きく揺れた。


(……っ! ……いや、これぐらい急な方が無駄に考えなくて済むってもんだ)

 肌身離さず持ち歩いていた地図を差し出す。


 何処からともなくハエが飛んできた。


 いつの間にか目の前にジェフリードが移動していた。ロズウェルの両頬を包みこみ額同士が触れ合う。


「最期に大好きな吸血鬼に見つめられて幸せだ」

「ロズウェル。君のことは任せてくれていい」

「……あぁ」


 首に物理的な違和感が走り、ロズウェルは目を閉じ人生の幕を降ろした。

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