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02.静かな採用面接

 クモ、ゴキブリ、ネズミ、蛾、ムカデ……、私は虫も蛇も全く怖くない。私が怖くて堪らないのは目に見えない怪奇現象。霊感なんてないけれど、得体の知れない恐怖が心底苦手なのだ。

 だから、今回の求人は私にぴったりの条件。胸を張って言えることではないが、生娘の条件も満たしている。


 気づけば街灯だけが頼りの道を歩いていた。今夜は三日月。夜道を照らすには儚い。


 やっと求人先に辿り着いたクロエは泣きそうになった。

「人……住んでないよね?」


 人が住んでいるとは思えない古い屋敷。周りは草ぼうぼうで、人の歩みがないことを物語っている。


(廃墟だとしても、今夜の寝床が確保できたと喜ぶべき?)


 玄関門は施錠されておらず、押すと重々しい音をたてながらも軽い力で開いた。そのまま玄関アプローチを直進する。

 暗くてぼんやりとしていた外観が、近づくにつれて立派で威厳ある建屋だと風格を漂わせる。


「すごい豪華な家……」


 クロエは、時代にそぐわない重装なドアノッカーを叩いた。反応はない。やはり、あの求人はもうただの紙切れで、ここは廃墟なのかもしれない。


「仕方ない。今夜はここに泊めさせてもらおうか」

 猫に話しかけ、自分を奮い立たせた。


 玄関門同様に、扉も施錠されていなかった。

 扉を押し開けると、ゴキブリが一斉に散った。ネズミもいるが、図太い性格か動じることなく嗅ぎまわっている。


 玄関ホールの広い空間の真ん中に、点滅している小さな照明とともに立札が佇んでいた。ほかの照明は点滅こそしてないものの、どれも薄っすらと照らす程度のか弱い灯りである。


 クロエは採用面接が夜限定だったことを思い出す。鼻から息を吸い込む。

「御免くださーい! 採用面接に来ましたー!」


 返事がないので、立て札に近づく。

 求人も奇妙だったが、立て札に書かれた内容もへんてこだった。


『二階へお上がりください』


 クロエは状況に混乱し、引き返すか、進むか、葛藤した。

 その時、猫が一声鳴いてハッと我に返る。私は今ホームレス! 進むしかない。


 立札の先にある赤絨毯の敷かれた階段を上がる。

 すると、ドラムバックに納まっていた猫が本能なのか、飛び降りネズミを追いかけ始めた。クロエは気にせず先へと進む。


 二階にはゴキブリ、ネズミがいない代わりにクモが陣取っていた。天井と壁、薄暗い照明に糸を張り巡らせ居座っている。

 ここでも挨拶をするが、静まり返ったまま。奥へ進むと、天井から屋根裏への階段が下りていた。上矢印が書かれた紙が貼られている。


(屋根裏部屋で採用面接?)


 クロエは屋根裏へ続く階段へ足をかけた。折り畳み式だからか、一歩ずつ踏むたびにギシ、ギシ、と鈍い音を響かせる。

 二階までは最低限の照明がついていたのに、屋根裏は何もついていない。外壁に面した小さな窓から差し込む三日月の儚い光が唯一の光源。


 屋根裏部屋の床に立つクロエ。暗い中、目に見えない恐怖が心を支配していく。

 勇気を振り絞って三回目の挨拶と自己紹介をする。


「こ、こんばんは。面接を受けに来たクロエです」


(やっぱり、募集していたのは過去のことで今はもう誰も住んでいないのかも……)



――ッパァーン!


 前触れもなく、左右と後ろから爆発音とともに紙吹雪が舞った。そして「採用~!」と大声が響く。


 しかし、今度は逆にクロエが全く反応しなかった。返事をすることなく直立したまま後方へぶっ倒れる。


 暗闇の中で交互に目を合わせる三人。

 すると下から猫がネズミを咥えてやってきた。気絶し倒れたクロエの足元にちょこんと座る。


 三人のうちの一人が口を開く。

「相棒がいるのか。頼もしい限りだ」


◇◇◇


 クロエはうっすら意識が戻ってくるのを感じた。

 夢現の中、ひそひそ声が聞こえてくる。


「……条件は……してる……」

「……他にいない……だって……」

「……信じられない……」


 目を開けると、見知らぬ天井が映り込む。吸い込んだ空気から埃くさいベッドに寝かされているのだと認識する。


 屋根裏部屋で怪奇現象にあったことまでは覚えている。気絶しちゃった? 採用? 不採用?


 起き上がろうとしたクロエの動作に気づいた三人が一斉に寄り付いたので、クロエは肩をすくめて小さな悲鳴をあげた。右側に一人、左側に二人、ぐるりと囲まれる。


 目的を思い出し、急いでベッドの上で姿勢を正す。


 最初に話しかけてきたのは、真っ黒な髪に真っ白な肌、奥行きのある目元にすっと伸びた鼻筋、バランスの取れた唇で絵に描いたような美しい男性。

「目が覚めたか。えーっと、クロエ君……だったかな?」


 次に話しかけてきたのは、ボリュームのある赤髪の三つ編みを胸下まで垂らし、長い睫毛を引き立てるアイメイクとぽってりとした唇とは対照的な細い顎を持つ女性。

「クロエちゃん、私はミリーナ。この青白いイケオジは私の夫ジャック。急に倒れたからびっくりしたわ」


 三人目は銀髪を目元まで流した男の子。クロエと同年代に見えるが、長い前髪の隙間から覗かせる冷めたような目と左目にある泣きぼくろが年上にも感じさせる。満月を彷彿とさせる黄みがかった目に吸い込まれそうになる。

「僕はドーリー。大丈夫だよ、安心して」


 安心とは何に対してだろうか。


 各々に名乗られたものの状況が飲み込めず、どう反応していいのか分からない。目を泳がせて混乱していると、猫がベッドに飛び乗りクロエに身を寄せてきた。グルグルと喉を鳴らす。


「クロエ君、君の相棒はとてもいい仕事をするな。屋敷からネズミが消えつつある」


 私の相棒? 黒髪の男性に猫を褒められて何となく察する。恐る恐る聞いてみる。


「あの、私、採用……ですか?」

「ああ、もちろんだ。クラッカーでお祝いしたら、君が気絶したのだ」


(クラッカー? ラップ音の正体はクラッカーだったの)


 クラッカーと共に合格通知を貰ったのは初めてである。

 採用されたのは嬉しいけれど、頭が追い付かない。私は記憶がとぶまで誰とも話をしていない。


「なぜ真っ暗な屋根裏部屋で面接を?」

「我々が出向いて面接するまでもなく、屋根裏に来るまでに合否が出る」

「今までみーんな玄関の扉開けた瞬間逃げてっちゃうの。クロエちゃんが初めてよ」


 クロエは、屋敷に足を踏み入れた瞬間から面接が始まっていたのだと理解し、記載通りの人材を求めているのだと納得した。口が堅い条件は、クモが巣を張り、ゴキブリ、ネズミが這い回る汚屋敷だと他言しないようにということか。

 となると、生娘の条件は何を求めているのか。


(ちょっと怖くて聞けない。……世の中、知らない方がいいこともある)


「雇用主さまはどなたでしょうか?」

「私だ。ジャックと呼んでくれて構わない」

「あ、はい。ジャックさん、今日からよろしくお願いします」


 クロエは三人に囲まれながら深々とお辞儀をする。

 猫が続いて、相棒よろしくミャオと鳴いた。


 こうして、私は路頭に迷うことなく次の就職先と寝床にありつけたのである。

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