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19.吸血鬼ハンター(後編)

 話し相手の無表情に、魔女が不満を漏らす。


「何よ、その顔」

「……いや」

「言いたいことがあるならはっきり言ってよ!?」


 ロズウェルが言葉を出す前に、隣部屋から壁をドンッと叩かれ無言のクレームが届いた。


「叫ばないでくれたらいいんだ」


 魔女はふいっと視線を逸らす。……しばしの沈黙。


「と、とにかく。処女を捧げるほどに、私たちは愛し合っていたの」


(過去形か。……まぁ、そうなるよなー)


 ロズウェルは仕方なく、合いの手を入れる。

「その吸血鬼とどうかなりたかったのか?」


 吸血鬼は、執着心とは無縁の生き物である。


 吸血鬼の子孫繁栄は、人間と同じである。男女が結びつき子を宿す。彼らの遺伝子は男系しか引き継がれないため、交わり誕生した子のうち男児のみが吸血鬼となる。

 吸血鬼の子を産んだとて、その女性と家族となり一生を共にすることはほぼ無いと言える。それは夜しか活動できないという生態の違いもあるが、彼らは同族以外を下に見ている。男は家畜同然だし、美貌で誘惑し情熱的な愛を重ねた女のことも子孫繁栄のための契りとしか見ていない。


 そして、男児は母親から母乳だけでなく全身の血を吸い上げる。その後は同族である父親と闇夜に消えていく。


(三年続いただけでも、十分奇跡だ)

 ロズウェルは吸血鬼を虜にした魔女を見ながら心の中で呟いた。


 ぼんやり眺めていた魔女の動作を見てハッとする。無意識だろうか、お腹に手を当てたのだ。


「あんた、もしかして……吸血鬼の子を妊娠してるのか?」


 小さく肩を揺らせた魔女は、ロズウェルを睨んだかと思えば、ぽろぽろと涙を流し出す。


 震える声で言葉を絞り出す。

「妊娠したわ……でも……、でも」


 ロズウェルは苦悶の表情で魔女を止めた。

「いや、言わなくていい。いいんだ。……聞いてすまなかった」




 次の祭事に吸血鬼は姿を現さなかった。魔女は町中を一心不乱に探し回った。


 祭りの灯が消え始めたころ、町長の家の方から歩いてくる彼を見つけ傍へ走り寄る。彼から色気が漂っていることに気づき、胃のあたりがキリリッと締まる感じがした魔女は、感情のままをぶつけてしまう。猜疑心(さいぎしん)の塊で話し始めてしまうと、会話は最悪の方向にしか進まない。言葉を投げれば投げるほど、吸血鬼はうんざりした表情になり冷たい視線を向けてくる。


 吸血鬼は美しい容貌で惑わすだけでなく催眠術を使う。情交の結びに情の縺れを持ち込ませないためだ。その点、魔女は普段からまじないに触れているためか、あまり効かなかったのだろう。魔女は逢瀬の時をしっかりと記憶していた。


 三年続いた安心感から生まれた疑心と嫉妬心は醜く絡み合い、知らぬ間に禍々しい悪魔を呼び寄せてしまう。


 ぼんやりとした意識の中、気づけば帰宅していた魔女は捨てられたと悟り、三日三晩泣き続けた。寄り添ってくれる人が近くにいなかったことは、彼女が自暴自棄になるのを早めた。


「町長の娘に気移りしたのよ。私とあんなに愛しあったのに……最低よ」

 憎しみの言葉とは裏腹に、魔女の顔からは悲しみが溢れていた。


「あんたの気持ちはわからんでもないが、特定の吸血鬼を探すなんて無理だ。そもそも吸血鬼は人間の村や町に気まぐれに出没する……いや、でも」


 ロズウェルは次の祭事にまた来るかもしれないと可能性を感じたが、吸血鬼を殺すことが不可能だと気付き言葉を止める。


「……待つ必要なんてない」

 第一声の時と同じ、あの地を這うような声。怨恨に満ちた顔面がロズウェルを捉える。


 魔女は丸められた羊皮紙を広げる。羊皮紙には図形が書かれていた。その図形の上にある赤い点が僅かに動いている。ロズウェルは目を見開いたまま言葉を失った。話の流れからロズウェルは予想する。


(もし、この予想が当たっていたとしたら最悪だ……)


「これは地図よ。この国か世界か……まぁどうでもいいことね。この吸血鬼を示す地図があれば探す手間は省けるはず」


(あぁ、……最悪だ)


 瞬きもせず言葉を発しないロズウェルを見て、魔女はこの不思議な地図に驚いていると思い込んだ。

「吸血鬼の血って有能ね。魔術との相性がとてもいいみたい……うふふ」


 ついさっきまで震え悲しんでいたのに、別人かと思うほどに光の宿っていない目で笑みを向ける狂女を前にロズウェルは身震いした。じわじわと自身を覆う絶望に体が強張っていく。

 どうやって吸血鬼の血を手に入れたのか考えたくもない。この地図もそうだ。悪魔の手引きだろうか、完全に闇堕ちしている。


 愛情が憎しみに変わった魔女にとって、吸血鬼ハンターは味方なのだろう。だが、吸血鬼はロズウェルにとって愛すべき存在。殺すなど微塵も思っていないし、現実問題として能力的に難しい。


(地図のせいで、確実な結果が求められてしまう……最悪だ)


「吸血鬼ハンターとして名を馳せた貴方なら余裕でしょう? 報酬は金貨十枚。もちろんその地図も……ね。成功すれば報酬だけではなく、新たな名声が手に入る。断る理由なんてないでしょ?」


 有無を言わさぬ依頼にロズウェルは頷くことしかできなかった。

 頷くという行為だけでは納得しなかった魔女は、ロズウェルに契約を強要した。魔術による締結。血塗られた地図は、魔女のほぼすべての魔力を代価=犠牲にしているという。それを渡すのだから、行方知らずになられては困るということだった。

 魔女は人差し指の先をロズウェルの首につけ、呪文を唱える。ロズウェルの首の外周に一本の黒い線が刻まれた。


「私を裏切ったら首が飛ぶから」

「……っ。それは何をもって実行される?」


 闇深い目で笑みを浮かべた魔女は血塗られた地図の端をちぎると、息を吹きかけた。ふわりと舞い上がった紙切れは、一匹のハエとなって魔女の人差し指に止まる。


「コレが貴方の監視役。地図を手放すようなことしたら即実行」


 魔女は容赦なく言い放つと、前金の入った巾着と地図、そしてハエを残して立ち上がる。スイッチが切り替わったようにぐずぐずと泣き出し、フードを深く被り窓から出て行った。


 ロズウェルは頭を抱え項垂れた。

 一時間後、リュックから裏に魔法陣が描かれた紙とペンを持ち出し躊躇することなくさらさらと書き連ね、「フロガ」と唱える。紙の端から黒い炎が立ち上がり、紙と共に一瞬で燃え消えた。


 ベッドに横になり目を閉じる。家族の名を声に出し、一人ずつ瞼の裏に蘇る思い出に心をゆだねていく。

 村での生活はゆったりとしていて、仕事も家族と友人との語らいも日々楽しいものだった。ただ、子供の時の衝撃が忘れられず独立した。後悔はしていない。たぶん、誰にも迷惑をかけていない人生を送れたと思う。

 思慕の念を抱く美しき吸血鬼には十二人と出逢えた。最初に見惚れた吸血鬼にも一度だけ逢うことができた。


 ロズウェルは自分の数奇な運命にふっと笑い、満足感に満ちた眠りに落ちていった。




 それから三か月後、ロズウェルの首が飛んだ。

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