18.吸血鬼ハンター(前編)
あの日を境に、ロズウェルは吸血鬼ハンターを生業とした。兄がいたため、家を出ることに問題もなく。
噂が広まるにつれて、同業者の存在をちらほら耳にすることが増えた。そして、負けて殺されたという結末も。
吸血鬼の目撃情報からロズウェルへ依頼すると死者が出ない。吸血鬼を倒した事実がなくとも、その結果が彼を一目置ける存在へと導く。
最初で最後とも称され、吸血鬼ハンターの生ける伝説となったロズウェル。
弟子入りしたいという輩が出てきていたが、誰ひとりとして弟子をとらなかった。尊敬の眼差しを向けてくる弟子をとったところで、自分の考えに賛同し、やり方に納得する者などいるはずがないことを知っているから。
空を飛べる。
体を再生できる。
人を惑わす美貌を持つ。
人間が勝てる訳がないのに、どうして勝算があるなどと思うのか。
(……『吸血鬼を倒した』という最初の噂を信じているからか?)
ロズウェルが生き残れている理由は、吸血鬼に勝とうとしないことである。吸血鬼に立ち向かう目的は正義でも嫌悪でもないのだから、彼らを倒す必要はないのだ。
自分の心に忠実な気持ちが原動力であり、モチベーションを維持し、対峙したときの集中力を底上げしている。
そして、それがやり方にも反映されている。――徹底して自分の身を守る。それがロズウェルのやり方だった。銀の十字架は、吸血鬼から身を守るための道具だ。
吸血鬼に立ち向かう原動力――
(あの時見た光景が俺の人生、俺の心を解放する起点だった。忘れることなんて出来ない)
その日は朝から曇りで、午後になると黒い雨雲が空の半分以上を占めていた。
かくれんぼをしていた小さなロズウェルは、小窓のついた物置に隠れているところ。なかなか声がかからず身を潜めているうちに寝てしまった。
目を覚まし、どれくらい時間が経ったのか確認しようと小窓から外を見れば雨が降っている。太陽が見えないので時間の感覚がつかめない。ただ、まだ陽が落ちていないことは僅かな明るさから何となくわかった。
もう外に出ようと小窓から離れようとしたとき、目の前に人が立った。小窓を挟んだ向こう側、立ち止まった横顔にロズウェルは釘付けになった。
女性の美しさとも違う、自分の心を鷲掴みにする圧倒的な美貌。雨が髪を、頬を濡らし、長い睫毛からこぼれる雫までもが美しく、青白い肌に際立つ血に染まった深紅の唇が小さなロズウェルを真っ赤にさせた。
恐怖は微塵も感じず、ただただ見惚れて恍惚状態だったロズウェルは、気づけば家に帰ってきていた。
帰った途端、母親に抱きしめられて驚いた。視線の先にいた父親も大きな息を吐きながら椅子に崩れ落ちるように座り込む。
聞けば村に吸血鬼が現れたという。小窓から見たあの人は吸血鬼だったのだと、子供ながらに悟った。
その後、吸血鬼が現れることはなく、ロズウェルは異性を意識する思春期に突入していた。女の子は可愛い。でも、それ以上の感情にならない。
胸がときめくのは、興奮するのは……あの時の横顔。
ロズウェルは、自分のセクシャリティが人とは違うことを認識するのだった。
それは、吸血鬼に対する想いが解放された瞬間でもあった。
吸血鬼に立ち向かう原動力――それは、吸血鬼への愛。
吸血鬼は男しか存在しないが、ロズウェルの欲求を満たしてくれる唯一の存在。
愛してやまない対象が男で人間の天敵である吸血鬼だなんて誰にも言えない。だからこそ、吸血鬼ハンターをという異名を最大限に利用し、会うために吸血鬼を探し立ち向かう。
狙われた女性たちが死なずに済んだのは、タイミングがよかっただけという場合ももちろんあった。
それでも大半は、吸血鬼の美しい顔を少しでも近くで見たいという衝動、目に焼き付けたいという願望がロズウェルを奮い立たせているため、気迫が尋常ではなく、身を守りながらも吸血鬼を追い詰め戦意喪失に至らせた結果、死人が出なかったパターンが多かった。
叶わぬ愛への執着が勝った。ある意味、吸血鬼を負かしたと言えるかもしれない。
こうして自分のために吸血鬼ハンターをしていると、噂を聞きつけた魔女が依頼をしてきた。
それは、ロズウェルのやり方に反する内容だった。
三日月の晩、宿屋の二階の窓に現れた真っ赤な髪をフードから垂れ流した魔女。フードを深く被っていて顔は見えないが、窓の冊子にかけた手はきれいで長い爪も手入れが行き届いていた。
丸められた羊皮紙と金貨の入った巾着を豪快な音とともに置き、地を這うような声で一言。
「あの吸血鬼を殺して」
ロズウェルは明確に吸血鬼討伐を依頼され困惑した。
「殺す?」
「そう、殺して」
「あの吸血鬼ってことは、特定の吸血鬼を……?」
「そうよ」
ここにきてようやく魔女はフードをとった。アーモンド形の目に上下ふさふさの睫毛、小ぶりの鼻に吸い付きたくなる分厚い唇が魅力的な顔立ちをしている。ただ……、
「うっ……、うぅ、うぁああ~っ!!」
魔女は泣き腫らした目をしていた。ぱんぱんに腫れたまぶた。真っ赤な目尻。見る間に火をともしたように赤くなる鼻。
「え、ちょっ……、落ち着いて!?」
今いる場所は村外れにある一つしかない宿屋の一室で、小規模だが他の宿泊客がいる。うるさいと追い出されたら困る。
ロズウェルは魔女の背中をさすり、宿屋の女主人からもらったハーブティーを差し出す。
「一旦落ち着いて? 話聞くから……大声出さないでくれ」
(聞いたところで、吸血鬼を殺すってのは無理なんだが)
「うぅ……ひっく、んぐ。……ひっく、んぐ」
鼻をすすりながらハーブティーをちびちびと飲み、話始める。
「私は見ての通り魔女よ。クラーヴ渓谷に住んでるの」
渓谷から一番近い町で年に二回、昼から夜まで催される祭事があるという。昼は収穫を祝い、夜は家族や恋人たちが愛を語らうというもの。そこで毎回、ある吸血鬼と逢瀬していたという魔女。それは三年間続いたそうだ。
「魔女の魔力ってどこからくると思う?」
「ん、へ?」
突然の質問にロズウェルは変な声が出た。
「……呪い?」
「何それ。酷い」
「すまん。魔女狩りがあるくらいだから、そっち系かなって」
「鬼畜レベルの偏見よ。王政が未知の力を恐れて悪役に仕立て上げたせい」
ロズウェルは愛情の対象が吸血鬼ということもあってか、人間が忌み嫌う魔女、狼男に対しても対岸の火事で負の感情はなく平然としている。
「魔女の魔力は子宮に宿ると言われているの。だから、体の変化と共に魔力は増減するわ。子を宿すと不安定になるらしいけど、個人差の範囲ね」
「へぇ……」
「体の変化は成長もそうだし、性行為も含まれるわ。……だから! 魔女にとって!」
次第に声が大きくなっていく。
「処女を捧げることは! とっても! 大事なことなの!!」
ロズウェルは両手で顔を覆った。
(頼むから卑猥な言葉を叫ばないでくれ!)
何となく内容が読めた気がする……が、嫌な予感しかしない。ロズウェルは表情も心も無にした。