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17.五百年前のロズウェル事件

「歴代の眉目秀麗?」


 ローズは鼻高々に話し出す。

「そもそも私は五百年前に生まれた人間よ? あんたより見てきたもののレベルが違うんだから」

「ご、五百年前!?」


 想像を超える真実に、クロエは頭が追い付かない。ローズは歴史を見てきた生き証人ではないか。


「ローズさんが話したら歴史が変わってしまうようなことが沢山ありそうですね……」

「そうでしょうね。でも、生首の存在を公にするつもりもないし、過去を塗り替えることに興味ないわ。私は今に満足しているの。あんたとの会話もなかなか面白いしね」


 五百年という途方もない長い時間、生首として過ごすローズさんは諦観の域に達していると思った。私の悩みなんてちっぽけに思えただろうなと思うと、不意に面白おかしくなって心が軽くなった気がした。


「脱線したついでに、私がどうして生首になったか話してあげるわ。私ね、吸血鬼ハンターやってたの」


◇◇◇


 狼男、魔女、吸血鬼、人間ではない人種が隠れることなく存在していた時代にロズウェルは生を受けた。

 人間の天敵として君臨していた存在に、どうにかして抗う術として魔女狩りや、吸血鬼ハンターが誕生した時代でもある。


 村の酒場で仲間と飲んでいると、そのうちの一人が身を屈めて言い出した。

「今度は隣村の若い女性がやられたらしいぞ」


 対面する男が忌々しい奴らだと、苦い顔をする。


「ここ最近、頻発してるんじゃないか? 俺も聞いたぞ」

「上半身の服がはだけてたらしいが、まるで服みたいに首から出た血が広がってたんだとよ」


 ロズウェルは、話を聞いて湧き上がる興奮を抑え切れず、口角が上がりそうになるのをビールを一気飲みして隠した。

「……ぷはーっ! 吸血鬼か。奴らがこの村に来るのも時間の問題かもな」


 興覚めしちまったから先に帰ると言い、酒場を後にする。少しして周りに人がいないのを確認すると走って家に帰った。


 帰宅するや否や、ベッド下から木箱を取り出し首に掛けていた革紐を手繰り寄せ、先端に揺れる鍵を鍵穴に差し込む。木箱には十字架のような道具が二つ並ぶ。

 ロズウェルは一つを手に取り、十字架真ん中の留め具から延びるベルトを手首で固定する。一番長い部分がナイフのように鋭利な仕様になっていて、刃先を肘側、刃元を手首側、棟を腕に沿わせるように宛がい逆手で握る。もう片方も同様に宛がい、握る力加減、腕の動作、手足の可動域、体の感覚と道具との調和を確かめた。


「……よし」

 吸血鬼がこの村に現れる可能性にかけて、ロズウェルは闇夜に向かって足を踏み出した。




 数日間、ロズウェルは、昼は自分の仕事をこなし夜は吸血鬼を探し歩いた。そのせいで目の下には隈ができていたし、日中の仕事も粗が出始め居眠りが増えた。

 このままでは双方に支障が出て元も子もない。万全でない状態では遭遇してもまともな対処ができないと判断し、今夜で一旦中断することにする。


「今日は生暖いというか、まとわりつくような風だな」

 ロズウェルは空を見上げ、首を手でさすった。


 隣村で事件が起きてから、この村の女達は夜に外へ出なくなった。――そう。吸血鬼は若い女ばかり狙うのだ。夜に賑わいを見せる酒場には男か老婆しか見かけなくなっていた。


(ここまで警戒されたら、この村には来ないかもしれないな……)


 落胆の意を惜しげもなくさらけ出していると、視界の端で人影を捉えた。目を向けると青いスカートと白いエプロンのリボンがゆらりと茂みの奥へ消えていく。


「逢瀬か……?」

 ロズウェルは眉を潜めながら後を追う。


 少し開けた場所で、先の青いスカートを履いた女性が揺らめきながら棒立ちしていた。茂みから様子を伺っていると、闇奥からすらりとした長身で柔らかなブラウスに身を包んだ男性が現れた。男性が両手を広げると、棒立ちだった女性がふらつきながら一歩ずつ男性に向かっていく。


 その男性は、吊り上がった眉と相反するタレ目が印象的で、ニヒルな笑みが官能的に感じられた。鼻筋の通った高い鼻に薄い唇から覗かせる赤い舌が艶めかしい。


(あの青白い肌といい、赤い目、それに……やつは絶対に吸血鬼だ)


 ロズウェルは本物の吸血鬼を目の当たりにして、瞬きを忘れて吸血鬼に魅入った。

 連日の体の疲れなど完全に吹き飛んで、頭が異常なほどクリアだ。上昇する熱と高鳴る鼓動で体が震える。


 女性が捕まり吸血鬼が顔を首元にうずめたところで、はっと我に返ったロズウェルは勢いよく茂みから飛び出す。


「……ほぅ」

 吸血鬼はわざとらしく驚いたふりをした。


 茂みから出てきた男を通りすがり程度にしか思っていない吸血鬼は、羽を広げ大きく薙ぎ払う。邪魔者を排除したと思ったが、羽に焼けるような痛みを感じ、顔を歪めた。視線を落とすと男に触れたであろう場所が焼けただれている。

 目を細めて男を見ると、両腕に忌々しい銀の十字架が見て取れた。


 吸血鬼は涼しい顔で男に問う。


「貴様はこの女の恋人か?」

「いいや」

「夫か? 父親か?」

「いいや」

「正義をかざす愚か者か?」

「いいや、違う」

「ならば何だ? なぜ我の前に現れた。なぜ我の邪魔をする」


 吸血鬼は男の目的が見えなかった。自分に向けられる気配には怒気も殺気も感じられない。だが、吸血鬼に物理的なダメージを与えることができる唯一の銀を携えている。


 痛みを伴う焼けただれた傷口に血液を集中させ細胞を再生させると急上昇し、男から距離をとる。その場に倒れた女に目もくれず、ずっと自分を目で追う男は問いに応えようとしない。


 気持ち悪さと苛立ちを感じ、やっかいな銀の十字架を前に吸血鬼は地に降り立つことを断念する。


「……最悪の気分だ。貴様の顔は覚えたぞ」

「俺もだ。……絶対に忘れない」


「宣戦布告と受け取ったぞ」

 その言葉を最後に、吸血鬼は夜空に溶け込むように飛び去った。


 ロズウェルは目で追うことができなくなるまで見届けた後、気絶している女性を抱きかかえ村へと戻った。


◇◇◇


 吸血鬼から無傷で女性を救ったロズウェルの救出劇は、瞬く間に広がった。人伝に広がる話には尾鰭がつくもので、最終的には『吸血鬼を倒した』ということになっていた。


 実のところ、ロズウェルは人間を狙う吸血鬼に対して嫌悪も正義も抱いていない。目の前で誰かが死ぬのを見過ごすような残酷非道ではないが、人間を救うために動いていないのだ。


――吸血鬼ハンター


 自分につけられた称号を否定も訂正もすることなく、利用する気満々である。


 それはなぜか。


 子供のころに見た光景が原動力であり、誰にも言えない心の闇を発散しているだけだからだ。

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