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12.デート(後編)

 キッチンカーのメニューはホットドッグ一種類に、タレが三種類、ドリンクが珈琲とオレンジジュースとシンプルだが、一人で対応しているため進みは遅い。


 あれから言葉数が減ってしまったが、ドーリーから手を繋いできた。クロエは恥ずかしさで俯いてしまったものの、ぎゅっと握り返して精一杯の意思表示をする。自分を卑下して楽しい時間を否定するような発言を撤回する気持ちを込めて。


 順番がきてオーナーと顔が合うと開口一番名前が出た。

「ドーリー? ドーリーじゃないか! 来てくれたのか。また身長伸びたんじゃないか?」

「オーランドおじさん久しぶり」

「そちらは……彼女さんか?」

「そう。僕の大事な人」


 大事な人と紹介された後に名乗るのは非常に勇気がいる。何より二人きりの時、友人の前での時、そして今と急上昇急降下を繰り返すドーリーの言動に、頭と心が追い付かず、会話の流れのまま名乗ることはできなかった。


「えっ……、ドーリーさんお知り合いだったんですか?」

「遠い親戚ってとこかな」


 一つ会話を挟んだことで何とか自己紹介をする。

「初めまして。クロエです。ドーリーさんのお家で住込みのお仕事させてもらってます」


「ジャックの家でね……なるほどね」

「僕の大事な人だからね? オーランドおじさん」

「はいはい、わかったよ」


 後ろに並んでいる人がいるにも拘らず、惜しげもなく『大事な人』を繰り返すドーリーに、クロエの心臓は破裂しそうだった。内輪の、恋仲に関する話がこの場で続くことに耐えられず口を挟む。


「ちゅ、注文をっ、お願いします!!」


(……つい声が大きくなってしまった)

 逆に視線を集める結果に肩身が狭くなった。


 数分後、目を輝かせたクロエの手には念願のホットドッグがある。

 先ほど受けた顔の火照りを幻のキッチンカーのホットドッグを食べることができる喜びに変換する。


「やっと食べられる! 嬉しいです」

「どういたしまして。ネックレスの時より嬉しそうで、ちょっと悔しいけど」

「あれは不意打ちだったんで驚きが強くて……嬉しかったです。一生の宝物です」

「ほんと?」


 嘘偽りなく本心からの言葉。きっと私の人生で、最初で最後だと思う。だから、あのサプライズもこのプレゼントも一生の宝物であり最高の思い出になる。


「ホットドッグはチャンスがあったんですけど、泣く泣く諦めざるを得なくて……なので喜びが倍になってるだけです」


 二人はキッチンカーから少し離れた位置にある広場まで移動し、ちょうど空いたベンチに座った。クロエはワンピースが汚れないよう腿の上にハンカチを広げる。


 クロエの口の大きさでは、パンの隙間から溢れ出ている具材をきれいに収めることは難しく、ケチャップが唇両端にちょんちょんと付いている。対するドーリーは口が大きく、もう半分まで食べ進んでいた。美味しさに感動し興奮冷めやらぬクロエは、ケチャップの存在に気づいていない様子。


 ホットドッグを持つクロエの両手が少し下がったのを見計らって、ドーリーはキャップのつばがぶつからないように顔を横に傾けて、クロエの唇ごとぺろりとケチャップを舐めとった。

 声も出ず、顔を真っ赤にしたクロエの手からホットドッグが落ちた。すかさずドーリーがキャッチする。


「クロエはおっちょこちょいだね」

 ドーリーはクロエを独り占めした気分でご満悦である。


 我に返ったクロエは声を震わせながら抗議した。

「こ、こんな人前で……っ」


「もう暗いよ?」

「そ、そういう問題じゃないです!」

「じゃあ家ならいつでもいいってこと?」

「~~~っ!! 論点がズレてますっ!」


 この人はどうしてこんなに恋愛偏差値の高いことをサラリとしかけてくるのか? 美味しいものに飽きてまずいものが食べたくなったとしか思えない。胸キュンを通り越して心臓に大ダメージである。

 クロエはドーリーの手からホットドッグを奪い取ると「もうっ!」と言って頬を膨らませた。


 そんな二人の世界に、不意に男性の声が割り込んできた。


「もしかして……クロエ?」


 見上げると、男女のカップルがホットドッグとコーヒーをそれぞれ持って立っていた。


 前の仕事で同僚だったアランだった。

 アランは元々おっとりした性格で、あまりコロコロと表情を変えるタイプではなかったが、見るからに驚いた顔をしている。

 何に驚いたのか、クロエは知りたくないと思った。ドーリーの動作は周りからしてみれば、キスしていたと思われるようなものだった。実際にはキスされていないが、キスと同等あるいはキスよりも強烈な行為だったわけで、傍から見たら破廉恥なことをしていたことに変わりない。


(久々の再開があんな場面だなんて、穴があったら入りたい……)

 クロエは、変な汗をじわりと感じた。


「やっぱりクロエか。久しぶり」

「ぉおひさしぶりです……っ」


 イントネーションが狂った。アランの隣にいるのは――


「……クリスティーンも久しぶりだね」


 彼女も驚きに近い顔をしているが、何となくアランとは違う感情のような気がする。


「ねぇ、隣座ってもいい?」


 四人掛けのベンチに二人で座っていたのだが、クリスティーンに言われてクロエが立とうとしたのをドーリーが制した。ドーリーが何も言わず席を立ちクロエの反対側、ベンチの端に移動した。


 クリスティーンが聞こえるか聞こえないか位の小声で呟く。

「変わらなくてもよかったのに」


 クロエの横にクリスティーン、並ぶようにアランが座る。

 楽しく会話するような間柄でもないため、クロエは何も話すことが浮かばないし世間話の言葉すら出ない。食べる手も止まってしまう。ドーリーは我関せず黙々とホットドッグを食べている。


 雰囲気を和ませるように、アランが優しい声で話題を振ってきた。

「元気そうで良かったよ。今はこっちにいるの?」


「うん。元気してる。二人も元気そうで何より」

 クロエは自分の近況から話が広がって、三人の秘密に繋がることを避けるため適当な返事に留めた。


 うまく話せない私がボロを出さないように返す言葉には気を付けないと。横目でドーリーさんを見ると、すでに食べ終えてベンチの背もたれに寄りかかって夜空を見上げている。……いけない。すっかり忘れてた。私ってば、ドーリーさんと二人、どちらにも紹介してないじゃない。

 どうやって伝えようかと考えた時、『大事な人』という呼び名が、いい感じに含みを持っていると思えた。


「あの、ご紹介が遅れました。こちら私の大事な人です」

 商品説明のようになってしまった。


 続けて二人のことをドーリーに紹介しようとしたが、ドーリーが立ち上がり、飲み物買ってくるとキッチンカーへ向かって行ってしまった。


 少ししてクリスティーンが食い気味でクロエに話しかける。

「ちょっと、あのイケメン彼氏なの!?」


 彼氏とは言っていないが、あえてクリスティーンの解釈を修正しない。最初は私だって信じられなかったし、命の危険がなければ丁重にお断りしていた。……正直、今もちょっと心は上の空だったりする。

 返事をしないで済むようにホットドッグを思いっきり頬張る。どこでどう出会ったか根ほり葉ほり聞かれそうな勢いだから。


 何故か納得しない様子のクリスティーンを宥めながら、アランが会話を繋ぐ。

「クロエ、雰囲気変わったな。服装も。一緒に働いてた時はいつもズボンだった」


「んん~? んん、うん」

 ローズさんのことにも一切触れないよう、咀嚼しながら適当に流す。


 久々の再開を惜しむことなくホットドッグを食べ続け会話から逃げようとしていると、匂いにつられたのかハエがクロエの膝に止まった。必然か偶然か、全員の視線がそこに集中する。


「ぷっ……あははは! クロエってばモテるじゃない!」

 クリスティーンが吹き出し、自分のところには来ないようにと手前で追い払うような仕草をした。


 払っては戻ってくるハエとの格闘、というよりほぼ独り相撲を繰り返し、ようやくハエを追い払い最後のひとくちを口に放り込んで大げさに咀嚼して時間を稼いでいると、視線の先にドーリーの姿が見えた。


「あ! ほら、彼氏戻ってきたわよ」

 彼の帰還に私よりもクリスティーンが喜びの声をあげ、姿勢を正す。短いスカートから伸びた足を長く美しく見える角度に揃えて。


 ドリンクを持ったドーリーが戻ってきた――が、手前でつまずいてクロエの足元に盛大にぶちまけた。


――バシャッ


「……きゃっ」

「わー! ごめんっクロエ!!」


 戸惑うドーリーに、洗えばいいんだから大丈夫と笑顔を向けながら、ハンカチで塗れたところを拭き取る。


 あらかた拭き終えたところで、腕をぐいっと持ち上げられた。その勢いで立ち上がったクロエがドーリーを見ると、真顔というか感情のない顔でクリスティーンの方を見ている。次の瞬間、見惚れるほどの笑顔を放った。

 クリスティーンから、息をのむ言葉にならない声が漏れたのが聞こえた。


「すみません、僕たちもう帰ります。彼女の服が濡れてしまったので」


 返事を待たず速足で歩き出す。後方からクリスティーンと思しき声が何か言っているようだったが、追いかけてくることもなかったので聞こえないふりを貫いた。

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