『麗しいヴァンパイアの恩返し~後編~』
あれから一月が過ぎた頃、ある雨の日の夜遅く、私の家に一人の麗しい女性が訪ねてきた。
「どうか一晩の宿をお願いします」と、びしょ濡れの彼女は深々と頭を下げた。
その姿に見覚えがあるような気がしたが、はっきりとは思い出せない。しかし、困っている様子の彼女を見過ごすわけにもいかず、私は快く承諾した。
「これ、亡くなった母の着物ですが、良ければ」
「ありがとうございます。お礼に何か作らせていただきます」と彼女は言った。そして、奥の部屋へ向かう前に、真剣な眼差しで付け加えた。
「ただし、このふすまは決して開けないでください」
私は不思議に思いながらも、約束した。
夜が更けるにつれ、奥の部屋から甘い香りが漂ってきた。好奇心が膨らむ一方で、約束を守ろうと自制心と戦った。
しかし、深夜になり、我慢できなくなった私は、そっとふすまに手をかけた。
「ほんの少しだけ」そう言い聞かせながら、ふすまをわずかに開けた。
すると――
奥の部屋には、あの夜の女吸血鬼が立っていた。彼女は人間の姿で母の紺色の着物を着て料理をしていたが、その瞬間、吸血鬼の姿に戻っていた。
驚いた彼女と目が合う。
「あ…」
「お願いです、怖がらないでください」彼女は慌てて言った。
「あの夜の恩返しに来たのです。人間の姿で生きる方法を見つけたのですが、まだ完全ではなくて…」
私は言葉を失った。恐怖と同情、そして不思議な親近感が入り混じる。
「あの、これを召し上がってください」彼女は恐る恐る、作りかけの料理を差し出した。
「私の血を少し混ぜたのです。これを食べれば、あなたも永遠の時を過ごすことができます」
私は迷った。この料理を食べるべきか。吸血鬼の世界を覗くべきか。
結局、私は微笑んで言った。
「ありがとう。だが、人間のままでいたい」
彼女は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに優しい笑顔に戻った。
「わかりました。でも、たまには夜の散歩にいらしてください。その時は、私が案内しますから」
そう言って、彼女は夜の闇に溶けるように消えていった。
窓の外では、満月が明るく輝いていた。人間と妖怪の境界線が、少しだけ曖昧になったような夜だった。
これからの人生、私はきっと夜の散歩が好きになるだろう。そんな予感とともに、私は静かにふすまを閉じた。
~それからずいぶんと時間が経ち~
時代は令和。金曜日の深夜、東京の片隅。残業で疲れ果てた私は、ふらふらと帰路を急いでいた。プロジェクションマッピングの明かりがちらつく路地裏で、ふと耳に入ったのは女性の悲鳴だった。
「やめてください!」
振り返ると、酔っ払いの男が若い女性に絡んでいる。正義感からか、それとも単なる疲労からくる判断力の低下か、私は声を上げていた。
「待ってくれ、嫌がっているじゃないか」
「あぁん?」酔っ払いが振り向く。
「うるせぇーっ!」
次の瞬間、私は地面に叩きつけられていた。痛みと共に、自分の愚かさを呪う。女性は逃げたようだ。せめてそれが救いか。
「こんなところで寝てちゃだめよ」
優雅な声が聞こえ、顔を上げると、そこには月光のように美しい女性が立っていた。
「待ちなさいな」彼女は酔っ払いに向き直る。
「おいおい姉さん、俺と遊んでくれるのかい?」男が下卑た笑みを浮かべる。
女性は鼻に皺を寄せた。
「ニンニク臭い殿方は嫌いや」
その一言で、男の顔色が変わった。彼女の眼光に射抜かれ、男は尻尾を巻いて逃げ出した。
彼女が私に近づき、くすくすと笑う。
「ふふふ、あの人に似てお人よし」
「え?」
彼女は紺色のハンカチを差し出した。
「お大事に」
そう言うと、彼女は闇に溶けるように消えていった。
呆然と立ち上がった私は、ハンカチを広げた。そこには、几帳面な文字で「夜道、気をつけるべし」と書かれていた。
「まさか...」
私の脳裏に、祖父が語っていた不思議な話が蘇る。江戸時代、ある侍が吸血鬼と出会い...。
ふと、首筋に風を感じた。振り返ると、そこには誰もいない。だが、どこからともなく笑い声が聞こえる。
「次はあなたの番よ。鬼ごっこ、しましょう?」
その夜以来、私は残業を断るようになった。誰かに追われているような気がして...。
そして、夜な夜な、赤い目をした美女の夢を見るのだ。彼女は私に微笑みかけ、こう囁く。
「百年経っても、お人よしは変わらないのね」
プロンプト
「それから一月後の夜に侍の家に麗しい人間の女性が訪ねてくる。「どうか一晩の宿をお願いします」。侍は快く承諾した。「お礼になにか作らせていただきます、このふすまを決して開けないでください」。そう言って女性は奥の部屋へ行った。深夜、私は好奇心に負けてふすまを開けてしまう。」




