『夜間研修生は吸血鬼でした』
☆ 第一章 天才の条件
「くそ!これじゃあ…名曲は書けない」
俺、秋川蓮は天才作曲家として名高い。アイドルグループをメインに、いわゆるファンの間で神曲と言われる楽曲を量産している。メディアには「ありがとうございます。すべてファンと作詞をしてくれる北元さんのおかげです」なんて謙虚なコメントをしているが、まったくの嘘である。
そもそもなぜ俺がアイドルの作曲をするか。
答えは簡単だ。可愛い子が歌ってくれるからだ。
こんなご時世だから声を大にしては言えないが、俺は可愛い子を見ないと作曲できない。ぶっちゃけ、歌い手の歌唱力とか作詞家の書いたよくわからんポエムなどなくていい。むしろいらん。
可愛い子からモテたくて音楽を始めて今に至るが、今までそれらのおかげで神曲が生まれたことなど無い。断言できる。
「おい、お前のために歌唱力とかダンスとかガン無視でビジュアルだけで選んだアイドルグループなのに、最近楽曲がイマイチじゃないか」
それを言うのは俺の唯一の理解者、プロデューサーの居間野だ。業界歴二十年のベテランで、表向きは「夢を売る仕事」なんて綺麗事を言っているが、裏では俺以上にゲスい男である。
「ダンスはやってればそれなりになるし、ミスっても愛嬌と度胸で何とでもなるしさ、歌もボイトレやオートチューンとか重課金で誤魔化せるし、ぶっちゃけ口パクでもいいじゃないですか」
身も蓋もないことを言う俺に、居間野は苦い顔をした。
「それはそうなんだが、お前が曲を書かなきゃ意味がないんだよ。CD売上なんて握手券のオマケだが、配信は別だ。お前の曲じゃないとプレイリストに入らない」
「今回の20期生微妙過ぎないですか。ぶっちゃけ俺のミューズ——創作意欲を掻き立てる子——じゃないですよ。過去最低ですよ。石鹸でも見たほうがいい曲が書ける。東横でももう少しマシなやつがいますよ。もう東横でオーディションしましょうよ」
いろいろ限界な俺はしゃべる。居間野は深いため息をついた。
「お前な、それ本気で言ってるのか。コンプラどうなってんだよ」
「俺は正直に言ってるだけです。むしろ嘘つきよりマシでしょ。『アイドルは恋愛禁止』とか言いながら裏で彼氏いるやつらより、俺のほうが誠実ですよ」
「誠実の方向性が完全に間違ってるんだよ」
☆ 第二章 夜間研修生
居間野は腕を組んで、何かを決意したような顔で言った。
「そう思って、夜間限定の研修生を一人入れようと思う。入ってきてくれ」
ドアが開いた。
入ってきたのは——絶世の美少女だった。
いや、美少女なんて生ぬるい表現じゃ足りない。まるで中世ヨーロッパの貴族の肖像画から抜け出してきたような、透き通るような白い肌。月光を思わせる銀色の髪。そして何より、その瞳は深紅に輝いていた。
「初めまして。私、夜神ルナと申します」
彼女の声は鈴を転がすように美しかった。
「……居間野さん、これCGですか」
「生身だ馬鹿」
「いや、人間ですらないと思うんですが」
ルナは上品に微笑んだ。
「ご明察です。私は吸血鬼ですわ」
「……は?」
「吸血鬼です。夜しか活動できませんが、その分、夜間公演や配信には完全対応できます。日中のイベントはホログラムで対応する予定です」
俺は居間野を見た。居間野は真顔だった。
「マジですか」
「マジだ。時代は多様性だろ。人間だけがアイドルをやる時代は終わったんだよ」
「いや、そういう多様性じゃないでしょ!バーチャルYouTuberとか、そっち方面の多様性でしょ!」
「バーチャルは顔が見えないからお前のミューズにならないだろ。これなら生で見られる」
確かにその通りだった。俺は改めてルナを見た。完璧だ。完璧すぎる。
「ちなみに年齢は?」
「三百歳ですわ」
「……法的には?」
「戸籍上は十七歳です。問題ありません」
居間野が資料を差し出した。完璧な戸籍だった。
☆ 第三章 業界の闇
「ちょっと待ってください。吸血鬼ってことは、血を吸うんですよね」
「ええ。ただしスタッフやメンバーからは吸いません。契約違反になりますので」
「じゃあどこから?」
「ファンからです」
「えっ」
ルナは優雅に説明を続けた。
「握手会の際、軽く手を握るだけで微量の生気を吸い取れます。ファン側は『推しに触れて興奮した』程度の認識で済みます。むしろリピーターが増えますわ」
「それ完全に搾取じゃないですか」
「CD五十枚買って五秒握手するのと、どちらが搾取でしょうか」
「……」
居間野がニヤリと笑った。
「いいだろ。ファンは幸せ、事務所は儲かる、お前は曲が書ける。三方良しだ」
「良くないでしょ!」
「ちなみに彼女、歌も完璧だ。三百年生きてるからな。バロック音楽からJ-POPまで何でも歌える」
ルナが軽く歌い始めた。完璧な音程。完璧なビブラート。完璧な表現力。
「……こんなに歌えるのに、なんでアイドルやるんですか」
「オペラ歌手は日に当たる仕事ですので」
「そういう理由!?」
居間野が続けた。
「それにルナは不老不死だ。スキャンダルで引退する心配もない。恋愛禁止条例も完璧に守れる」
「いや、三百年も生きてたら恋愛経験くらいあるでしょ」
ルナは目を伏せた。
「……吸血鬼は真実の愛を見つけるまで灰になれないんです。だから私は処女です」
「えっ」
「処女厨ファンにも完璧対応ですわ」
俺は頭を抱えた。
☆ 第四章 ミューズ降臨
「ちょ、ちょっと待ってください。他のメンバーは気づかないんですか?」
「気づきません。というか、気づいても信じないでしょう」
居間野が資料を広げた。
「ルナは夜間限定メンバーとして、配信やナイトイベント専門で活動する。他のメンバーとの接触は最小限だ。むしろ『謎の美少女メンバー』として売り出す」
「それマーケティング的にどうなんですか」
「天才か。初週配信百万回再生は固いぞ。『夜にしか会えないアイドル』。エモいだろ」
確かにエモい。くそ、エモい。
ルナが俺を見つめた。深紅の瞳が俺を射抜く。
「秋川先生。私のために曲を書いていただけますか」
その瞬間、俺の脳内にメロディが溢れ出した。
ピアノの旋律。ストリングスの響き。そして月夜に響く、孤独で美しい歌声。
「……書けます。書けますよ。今すぐ書けます!」
俺は立ち上がってスタジオに駆け出した。
「おい秋川!」
「五時間後に完成品持ってきます!」
居間野とルナが顔を見合わせた。
「……やっぱり単純だな」
「ええ。でも、純粋な方ですわ」
☆ 第五章 神曲誕生
五時間後、俺は完璧な楽曲を完成させた。
タイトルは『Eternal Night』。三百年の孤独と、それでも諦めない希望を歌った曲だ。
ルナが歌った。完璧だった。いや、完璧を超えていた。三百年の人生が声に乗る。
「……やべえ」
居間野が呟いた。
「これ、マジでやべえぞ秋川」
「でしょ」
「配信初日一千万回再生いくぞこれ」
「でしょうね」
「お前、吸血鬼に恋したのか」
「してません」
嘘だった。完全に恋していた。
ルナが微笑んだ。
「素敵な曲をありがとうございます。でも秋川先生、残念ながら私はアイドルです。ファンのものですわ」
「知ってます」
「それに、私が真実の愛を見つけたら灰になって消えてしまいます」
「……は?」
「吸血鬼の呪いです。真実の愛を見つけた瞬間、私たちは成仏するんです」
居間野が頭を抱えた。
「おい待て、それ契約書に書いてなかったぞ」
「書きませんでしたわ。だって、三百年恋人ができなかったのに、今更できるわけないじゃないですか」
俺は必死に考えた。
「じゃあ、俺が恋するのはセーフですか」
「セーフですわ。私が恋に落ちなければ」
「よし、じゃあ片思いで行きます」
「馬鹿か!」
居間野が叫んだ。
「お前のミューズがいなくなったらどうするんだ!」
「大丈夫です。恋に落ちないように全力で魅力的な曲を書き続けます」
「理屈がおかしいだろ!」
☆ エピローグ
こうして俺の新しい創作生活が始まった。
ルナのために曲を書く。でもルナが恋に落ちないように、程よい距離を保つ。
この絶妙なバランスが、結果的に最高の楽曲を生み出した。
『Eternal Night』は配信初週三千万回再生を突破。紅白出場も決まった。
ただし、ルナは日中活動できないので、紅白は生中継でホログラム出演という前代未聞の形になった。それもまたバズった。
「なあ秋川」
ある日、居間野が言った。
「お前、結局のところ何がしたいんだ」
「可愛い子のために曲を書きたいです」
「それだけか」
「それだけです」
嘘だった。
本当は、ルナに人間の温かさを教えたかった。三百年の孤独を終わらせてあげたかった。
でもそれをしたら、ルナは消えてしまう。
だから俺は、永遠に片思いを続ける。
それが俺の選んだ、天才作曲家としての生き方だ。
「……お前、やっぱり馬鹿だな」
「褒め言葉として受け取ります」
ルナは今日も歌っている。
月夜に響く、永遠の歌を。
そして俺は、今日も曲を書いている。
届かない恋を込めて。
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**あとがき**
この物語に登場する音楽業界の慣習は、すべてフィクションです。
実在の握手券商法、オートチューン依存、ビジュアル至上主義、口パク論争、配信至上主義、プレイリスト戦略、コンプライアンス崩壊、そして何より「恋愛禁止なのに裏で彼氏いる」問題とは、一切関係ありません。
たぶん。
おそらく。
きっと。
プロンプト
「「くそ!これじゃあ名曲は書けない」。俺は天才作曲家として名高い秋川。アイドルグループをメインにいわゆるファンの間で神曲と言われる楽曲を書いている。メディアには「ありがとうございます。すべてファンと作詞をしてくれる北元さんのおかげです」。まったくの嘘である。そもそもなぜおれがアイドルの作曲をするか。それは可愛い子が歌ってくれるからだ。こんなご時世だから、言えないが俺は可愛い子を見ないと作詞できない。ぶっちゃけ、歌い手の歌唱力とか作詞家の書いたよくわからんポエムなどなくていい、むしろいらん。可愛い子からモテたくて音楽を初めて今に至るが、今までそれらが神曲を生んだ試しなど無い。断言できる。「おい、お前のために歌唱力とかダンス力とかガン無視でビジュアルだけで選んだアイドルグループなのに、最近楽曲がイマイチじゃないか」。それを言うのは俺の唯一の理解者プロデューサーの居間野。「ダンスはやってればそれなりになるし、歌もボイトレやオートチューンとか重課金で誤魔化せるし、ぶっちゃけ口パクでもいいじゃないですか」。身も蓋もないことを言う俺。「今回の20期生微妙過ぎないですか。ぶっちゃけ俺のミューズ(創作意欲を掻き立てる子)じゃないですよ、過去最低ですよ、石鹸でも見たほうがいい歌詞が書ける。東横でももう少しマシなやつがいますよ。もう東横でオーディションしましょうよ」。いろいろ限界な俺はしゃべる。「そう思って夜間限定の研修生を一人入れようと思う、入ってきてくれ」。入ってきたのは絶世の…女吸血鬼!?このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。音楽業界に対する数多くのブラックジョークを話すのがこの作品のポイントです。」




