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『吸血鬼 VS ビッグスライム』


 東京の夜は、いつも通り私のものだった。


 渋谷のスクランブル交差点を見下ろしながら、私は深いため息をついた。三百年生きてきたが、最近はどうにも退屈だ。人間の生き血を吸う。それだけだ。かつては心躍る狩りだったものが、今ではルーティンワークと化している。


 ふと、足元の側溝から奇妙な音が聞こえた。ぐちゅ、ぐちゅ、と粘性のある何かが蠢く音。下水道のメンテナンスでも始まったのだろうか。だが私は気に留めなかった。人間の世界の雑音など、私には関係ない。


「マンネリだな」


 呟きながら、私は新しい刺激を求めて夜の街を彷徨った。そして思いついたのだ。鬼ごっこを。


 そう、ただ血を吸うだけではつまらない。逃げ惑う人間を狩る。恐怖に歪む顔を楽しむ。絶望の表情をじっくりと味わう。これこそが、夜の帝王にふさわしい娯楽ではないか。


 道玄坂を登りきったところで、理想的な獲物を見つけた。


 身長は優に170センチを超える、長身の女性。黒いロングコートを羽織り、ハイヒールで颯爽と歩いている。走らせたら面白そうだ。ヒールで逃げる姿を想像すると、久しぶりに心が躍った。


「お嬢さん」


 私は紳士的な笑みを浮かべて声をかけた。


「私と鬼ごっこはどうかな?」


 女性は立ち止まり、警戒した目で私を見た。当然の反応だ。深夜に見知らぬ男から声をかけられて、平然としている人間などいない。


「は? 何言ってんの、あんた」


「いや、つまりだね」私は両手を広げて続けた。「君が逃げる。私が追いかける。捕まえたら、君の血を——」


 その瞬間だった。


 ぐぉおおおおおん、という地鳴りのような音とともに、私たちの背後から巨大な何かが現れた。


 振り返った私の目に飛び込んできたのは、ビルほどもある巨大な半透明の塊。ぷるぷると震えながら、粘液を垂らしながら、道玄坂を這い上がってくる。


「ビッグスライムだ!」女性が叫んだ。


「は?」


「ビッグスライム! 先週から下水道で目撃情報があったやつ! ニュースで見なかった?」


「私はテレビを見ない主義でね」


 三百年生きてきて、初めて見る生物だった。いや、生物なのかあれは。ゲームの世界から飛び出してきたような、青白く光る巨大なゼリー状の物体。それが今、ゆっくりと、しかし確実に私たちに向かって進んでくる。


「逃げるわよ!」


 女性が私の手首を掴んだ。


「ちょっと待て、私は君を追いかける側で——」


「そんなこと言ってる場合!?」


 ぐちゅん、という音とともに、スライムが街灯を飲み込んだ。照明が落ち、あたりが暗闇に包まれる。


 女性は私の手を引いて走り出した。ハイヒールを履いているにも関わらず、その走りは速い。アスリートか何かだろうか。


「君、運動神経いいね」


「元陸上部! でもこんなときに感心してる場合じゃないでしょ!」


 背後から迫るスライムの気配。粘液が地面を這う、不快な音が耳を打つ。


 私は内心、複雑な気持ちだった。確かに人間が逃げている。確かに追いかけている。だが、追いかけているのは私ではない。そして私自身が逃げている。これは鬼ごっこなのだろうか。


「あの、これは私の想定と違うんだが」


「文句は後! 右に曲がるわよ!」


 私たちは路地に飛び込んだ。だが、スライムは容赦なく角を曲がり、路地の幅いっぱいに広がって迫ってくる。逃げ場がない。


「夜の帝王として、これはプライドが許さない」


 私は女性の手を離し、スライムに向き直った。三百年の吸血鬼としての力を解放する。牙が伸び、目が赤く光る。


「食らえ、闇の波動!」


 掌から放った暗黒のエネルギーが、スライムに直撃した。


 何も起こらなかった。


 いや、正確には起こった。スライムが少し震えた。それだけだ。


「魔法攻撃は効かないタイプか」女性が冷静に分析した。


「なぜ君はそんなに詳しい」


「ゲーマーだから。スライム系は物理攻撃が有効よ」


「物理攻撃って、殴れと?」


「そう」


 夜の帝王が、スライムを殴る。想像するだけで尊厳が傷つく。だが、選択肢はない。私は拳を固め、スライムに飛び込んだ。


 ぬちゃ。


 手が、胴体が、スライムに飲み込まれた。冷たい。そして、動けない。


「あー、フラグだったわね」女性が呟いた。「主人公が勢いで突っ込んで失敗するパターン」


「助けろ」


「えー」


「お嬢さん、助けてください」


「敬語使えるんだ。まあいいわ」


 女性はハイヒールを脱ぎ、手に持った。そして助走をつけて、ヒールの先端をスライムに突き刺した。


 ぐちゅるるる、とスライムが悲鳴のような音を上げた。物理攻撃が効いている。女性は何度もヒールを突き刺し、ついにスライムに穴を開けた。私はその隙に脱出する。


「ありがとう」


「どういたしまして。で、さっきの鬼ごっこの話」


「ああ、それは——」


「私が鬼ね」


 女性が笑った。壊れたハイヒールを片手に持ち、裸足で立つ彼女は、妙に勇ましく見えた。


「え」


「だって面白そうじゃない。吸血鬼と鬼ごっこ。捕まえたら私が血を吸う側になるの。どう?」


 背後では、スライムが再び蠢き始めている。傷はすでに再生しつつある。


 私は考えた。三百年生きてきて、こんな展開は初めてだ。吸血鬼が人間に追いかけられる。スライムに邪魔される。何もかもが想定外。


 だが、それがいい。


「面白い。受けて立とう」


「じゃあ、スタートはスライムを倒してから」


「了解」


 私たちは振り返り、再び迫るビッグスライムと向き合った。女性は壊れたヒールを構え、私は牙を剥く。


 夜の帝王の新しい娯楽は、思わぬ形で幕を開けた。


 東京の夜は、まだまだ退屈しそうにない。


 そして、下水道のマンホールから、二体目のスライムが顔を出した。


「まだいるの!?」


「君の言う通り、ニュースを見るべきだったな」


 私たちの長い夜は、始まったばかりだった。


プロンプト

「場所は東京。私は吸血鬼。夜の帝王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、最近マンネリ化してきた。私はふと鬼ごっこを提案することを思いつく、逃げ惑う人間を狩る。血を吸うだけではなく恐怖の顔を楽しめる。私は長身の女を見つけて声をかける。「お嬢さん、私と鬼ごっこはどうかな?」。そのとき、町中からビッグスライムが現れた。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。物語冒頭にビッグスライムが現れる伏線を入れてください。」

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