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『吸血鬼に襲われたらお寺』

 東京の夜は、いつもより静かだった。


 終電を逃した私は、暗い路地を急ぎ足で歩いていた。街灯の明かりが途切れたその瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「久しぶりだね、生身の人間と出会うのは」


 振り向くと、そこに立っていたのは、黒いマントを纏った長身の男。月明かりに照らされた顔は青白く、口元からは鋭い犬歯が覗いていた。


「え、まさか……吸血鬼?」


「ご名答。さて、君に提案がある」男は優雅に一礼した。「鬼ごっこをしよう。朝まで逃げ切れたら、見逃してあげる」


 心臓が激しく打った。逃げるしかない。


 吸血鬼の弱点は日光——そう、夜明けまで逃げ切れば勝てる。でも、それまで何時間ある? 四時間? 五時間? そんなに逃げ切れる自信はない。


 他に弱点は……十字架、聖水、ニンニク、流水——いや、待て。確実なのは……


「そうだ、教会だ!」


 私は全速力で走り出した。幸い、二つ先の通りにはプロテスタントの教会がある。カトリックだろうがプロテスタントだろうが統一教会だろうが、今は関係ない。とにかく聖域に逃げ込むんだ。


 背後から風を切る音。振り返ると、吸血鬼が悠々と追ってくる。人間離れしたスピードで、しかし私を楽しむかのようにゆっくりと。


「ハァ……ハァ……!」


 息を切らしながら、ようやく教会の門が見えた。重い木製の扉を力任せに押し開ける。


「やった……!」


 私は扉を閉め、内側から鍵をかけた。静寂に包まれた教会。長椅子が整然と並び、正面には大きな十字架。ここなら安全だ。神聖な場所に吸血鬼は入れない。伝承では——


 ガシャン。


 扉が開いた。


 いや、蹴破られた。


「え……?」


 吸血鬼は平然と、それどころか堂々と教会の中に足を踏み入れた。何事もないかのように、十字架の前を通り過ぎる。


「あいにく、日本生まれ日本育ちの仏教徒でね」


 吸血鬼はドヤ顔で言った。


「キリスト教など知らん。生前の信仰で効果が決まるんだよ、こういうのは」


「そんな……!」


 逃げるしかない。私は咄嗟に窓に向かって走った。


「おっと、どこへ——」


 構うものか。私は全体重をかけて窓を突き破った。ガラスが派手に砕け散る。身体中に鋭い痛みが走ったが、今はそれどころじゃない。


 夜の冷たい空気が頬を打つ。地面に転がり、すぐに立ち上がる。


「欧米の吸血鬼は生前の信仰で苦手なものが決まる……そうだ!」


 思考が一気に繋がった。日本の仏教徒の吸血鬼なら——


「お寺だ!」


 私は東へ走った。確か、三丁目に古い寺がある。曹洞宗の、創建三百年を超える由緒正しい寺だ。


 背後から吸血鬼の笑い声が聞こえる。「面白い! もっと逃げろ、もっと絶望しろ!」


 足が限界だった。息も絶え絶え。でも、見えた——山門が。


「た、助けて……!」


 私は最後の力を振り絞って境内に駆け込んだ。本堂の扉を叩く。


「誰か……誰かいませんか!」


「ん? こんな夜中に……」


 扉が開いた。丸坊主の若い僧侶が、作務衣姿で立っていた。


「お願いします、匿って……吸血鬼が……」


「吸血鬼?」僧侶は首を傾げた。


 その時だった。


「見つけたぞ」


 吸血鬼が山門をくぐって入ってくる。教会の時と同じように、何の躊躇もなく。


「やはり寺も無駄か……日本の仏教は戒律が緩いからな。私も檀家だったし」


 吸血鬼はにやりと笑った。


「さて、そろそろ——」


「待て」


 僧侶の声が、低く響いた。


 空気が変わった。さっきまでの穏やかな雰囲気が一変し、何か得体の知れない圧力が境内を満たした。


「ん?」吸血鬼が僧侶を見る。「坊主、何か——」


「我は寺生まれの住職」


 僧侶の目が、鋭く光った。


「この寺の三十三代目住職。不浄なるものよ、この聖域から——」


 住職は右手を掲げた。


「ハアアアアアアアアアアアッ!!」


 轟音のような気合と共に、住職の手から眩い光が放たれた。


「ぐあああああっ!?」


 吸血鬼が苦悶の声を上げる。身体が煙を上げ、まるで陽光を浴びたかのように焼かれていく。


「ば、馬鹿な……仏教徒の……俺も檀家だったのに……!」


「檀家と修行僧は違う」


 住職は冷静に言った。


「お前は盆と正月に墓参りに来ただけの名ばかり仏教徒だろう。対して我は、生まれてこのかた寺で修行を積み、煩悩を断ち、身を清めた。格が違う」


「そんな……そんなのアリか……!」


 吸血鬼の身体は完全に光に包まれ——そして、音もなく消滅した。


 後に残ったのは、静寂だけ。


「た、助かった……」


 私は膝から崩れ落ちた。住職は優しく微笑んだ。


「大丈夫ですか。怪我は?」


「は、はい……ありがとうございます……」


「いえいえ。それより、傷の手当をしましょう。それと——」


 住職は本堂を指差した。


「今夜は泊まっていきなさい。朝になるまで、ここが一番安全です」


 私は深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます……」


 その夜、私は本堂で一夜を過ごした。朝、目が覚めると、住職がお茶を淹れてくれていた。


「あの、住職」


「はい?」


「昨夜のあれ、本当に住職の力なんですか?」


 住職は少し照れたように笑った。


「半分は気合です。でも、信仰の力は本物ですよ。それに——」


 住職は窓の外を見た。朝日が境内を照らしている。


「この寺には三百年分の祈りが積み重なっている。それだけで、邪なものを退ける力があるんです」


 私は改めて、寺という場所の力を実感した。


 教会がダメなら、寺がある。


 吸血鬼に襲われたら、やっぱり寺だ。


 ただし、本物の寺生まれの修行僧がいるところに限る。


プロンプト

「『吸血鬼に襲われたらお寺』。場所は東京、夜中に吸血鬼と遭遇した私。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう教会だ。カトリック?プロテスタント?統一?関係ないとりあえず、教会に逃げ込む。「やった」。教会に入ったのもつかの間。吸血鬼は平然と入ってくる。「あいにく、日本生まれ日本育ちの仏教徒。キリスト教など知らん」。ドヤ顔で入ってくる。咄嗟に窓をダイナミックに突き破って逃げる。「欧米の吸血鬼は生前の信仰で教会が苦手…そうだ!」。私はあそこへ逃げる。このプロットを元にシリアスダイナミックコメディ短編小説を書きましょう。オチ、寺生まれのT住職が吸血鬼を「ハアアアア」と言って撃退する。」

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