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『吸血鬼に襲われたら、喫煙所へ向かえ』~高額納税者の呟き~

 深夜二時。渋谷の裏路地で、俺は奴と出会った。


 月明かりに照らされた青白い肌。血のように赤い瞳。そして、何より決定的だったのは、奴の口元から覗く尖った犬歯だった。


「人間よ」


 低く響く声が、夜の静寂を切り裂く。


「鬼ごっこをしよう。朝まで逃げ切れたら、君を見逃してやる」


 吸血鬼だ。間違いない。俺は瞬時に状況を理解した。


 逃げなければ。朝まで。日光が昇るまで。吸血鬼の弱点は日光。それは誰もが知っている。だが、今は午前二時。夜明けまでまだ四時間以上ある。四時間も逃げ切れるのか?


 脳内で選択肢を高速回転させる。


 教会? 十字架? この時間に開いている教会など知らない。ニンニク? コンビニで買うのか? そもそも生ニンニクが効くのか、それともガーリックパウダーでもいいのか? 聖水は? 木の杭は?


「さあ、ゲームの開始だ」


 吸血鬼が一歩踏み出す。その動きは、人間離れしていた。


 俺は走り出した。


 渋谷の夜は、まだ眠らない。終電を逃した酔っ払いたちが千鳥足で歩き、コンビニの灯りが煌々と輝いている。人混みに紛れれば――いや、待て。吸血鬼は人間に化けられる。人混みこそ危険だ。


 角を曲がり、また曲がる。息が切れる。運動不足だ。やはりタバコの吸いすぎだろうか。いや、今はそれどころじゃない。


 そして、俺は気づいた。


 ポケットの中で、いつものあの感触。タバコの箱。そして、ライター。


 ああ、そういえば。


 俺は三時間前、最後に一本吸ってから、ずっと我慢していた。深夜営業の飲み屋は全面禁煙。クソが。健康増進法がなんだって? 俺は年間二十万円以上タバコ税を納めている高額納税者だぞ。


 喉が、タバコを欲している。


「まずい」


 俺は呟いた。この状況で、まずいのはニコチン切れによる思考力の低下だ。冷静な判断ができなくなる。吸血鬼から逃げるには、冷静さが必要だ。


 だが、どこで吸う?


 路上喫煙は条例違反。二千円の罰金。いや、命の危機に罰金もクソもないが、長年の習慣が俺の足を止めることを許さない。


 そして――


 俺は見つけた。


 ビルの谷間に設置された、あの四角い箱。透明なアクリル板で囲まれた、灰色の空間。


 喫煙所だ。


「神は存在する」


 俺は小さく呟き、喫煙所へと駆け込んだ。


 自動ドアが開く。中に入る。タバコに火をつける。深く吸い込む。


 ああ、これだ。これが欲しかった。


 肺に満ちる煙。脳に届くニコチン。全身の細胞が歓喜する。


 そして、俺は気づいた。


 喫煙所の外で、吸血鬼が立ち止まっている。


 奴は、入ってこない。


 いや、入れないのだ。


 喫煙所の入口で、吸血鬼が苦しそうに顔を歪めている。アクリル板越しに見える奴の表情は、明らかに苦痛に満ちていた。


「まさか――」


 俺は理解した。


 吸血鬼の弱点。それは日光、十字架、ニンニク、聖水。


 そして、もう一つ。


 煙だ。


 いや、正確には、煙そのものではない。喫煙所という「結界」だ。


 考えてみれば当然だ。吸血鬼は不死者。死者。そして、現代日本において、死者が最も忌避される場所。それは――


 喫煙所だ。


 WHOが警告する。厚生労働省が規制する。嫌煙家が糾弾する。死を連想させるあらゆるシンボルが、この四角い箱には集約されている。


 現代の結界。それが喫煙所なのだ。


「貴様……まさか、それを知っていて……」


 吸血鬼が、苦しそうに呟く。


「いや」


 俺は正直に答えた。


「ただ、タバコが吸いたかっただけだ」


 喫煙所の灰皿に、灰を落とす。紫煙が立ち上る。吸血鬼は、さらに一歩後退した。


「ちなみに」


 俺は付け加えた。


「俺はヘビースモーカーでな。一箱はまだ半分以上残ってる。そして、ここは二十四時間営業の喫煙所。朝まで余裕で粘れるぞ」


 吸血鬼の顔が、さらに青ざめた。すでに青白かった顔が、さらに蒼白になった。


「それに」


 俺は、喫煙所の壁に貼られた注意書きを指差した。


『一度に長時間の利用はお控えください』


「ここ、利用時間の制限ないみたいだ。注意書きだけで、罰則はない。つまり、俺は好きなだけここにいられる」


「卑怯者め……」


「卑怯? 俺は正当な権利を行使しているだけだ。喫煙者の権利をな」


 俺は二本目に火をつけた。


「お前が朝まで待つのは自由だ。だが、日が昇ったら、困るのはお前の方だろう?」


 吸血鬼は、しばらく俺を睨みつけていた。だが、やがて観念したように、踵を返した。


「覚えておれ、人間」


「ああ、覚えておくよ。タバコは命を救う。これが証明された記念すべき夜としてな」


 吸血鬼の姿が、夜の闇に溶けていく。


 俺は、喫煙所の中で三本目に火をつけた。


「まったく」


 誰もいない喫煙所で、俺は独り言ちた。


「タバコ税、もうちょい下げてくれねえかな」


 深夜の喫煙所。紫煙だけが、静かに立ち上っていた。


 夜明けまで、あと三時間。


 俺は、ゆっくりとタバコを燻らせながら、次の一本に手を伸ばした。


 ---


 翌朝。


 俺は、喫煙所で朝を迎えた。


 タバコの箱は、空になっていた。だが、俺は生きている。


「やはりタバコは健康にいい」


 そう呟いて、俺はコンビニへ新しいタバコを買いに向かった。


 高額納税者の朝は、今日も早い。

プロンプト

「『吸血鬼に襲われたら、喫煙所へ』。場所は東京、夜中に吸血鬼と遭遇した私。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう喫煙所だ。なにを隠そう俺はヘビースモーカー(高額納税者)。結局タバコが欲しくなってしまう。「まずは一服だ」。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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