『吸血鬼に襲われたら、時刻表トリック』~それはまるで『キョータロー・ニシムラ トレインミステリー』の如く~
東京駅八重洲口。午後十一時四十七分。
私、鉄道オタク歴二十三年の田中ヒロシは、終電を逃したサラリーマンたちに紛れて立ち尽くしていた。だが、私の表情は彼らとは明らかに違う。私の瞳には、恐怖と興奮が入り混じっていた。
「さあ、ゲームを始めようか」
背後から響く、甘く冷たい声。振り返れば、そこには月光を浴びて妖しく微笑む吸血鬼が立っていた。マントを翻し、牙を覗かせている。完全に本物だ。
「朝の六時まで。君が逃げ切れば、君の勝ち。私に捕まれば......まあ、わかるね?」
吸血鬼は優雅に手を広げた。
「十秒数えてあげよう。いーち、にーい......」
私は走り出した。東京駅の構内へ。心臓が破裂しそうだ。しかし、私の脳内では既に冷静な分析が始まっていた。
*朝まで逃げる? 無理だ。吸血鬼の身体能力は人間を遥かに凌駕する。単純に走って逃げ切れるわけがない*
*では、どうする?*
*吸血鬼の弱点......日光、十字架、ニンニク、流水——*
そこで私の思考は止まった。
*流水......水......川......*
「そうだ!」
私は叫び、改札へ向かって走った。Suicaをタッチ。残高、十分。
「京浜東北線! 二十三時五十二分発、大宮行き!」
私は時刻表を完璧に記憶している。今から間に合う電車はこれだ。ホームへ駆け上がる。電車が滑り込んできた。飛び乗る。ドアが閉まる。
その瞬間、窓の外に吸血鬼の姿が映った。
「おや、電車で逃げるのかい? 無駄だよ」
吸血鬼は霧に変化し、車両の隙間から侵入してきた。乗客たちは酔っ払いと深夜バイト帰りの学生ばかりで、誰も気づいていない。
「くっ......」
私は次の駅、神田で飛び降りた。そして山手線外回りに乗り換える。零時三分発、渋谷・新宿方面。
「なるほど、乗り換えで撒こうというわけか。だが——」
吸血鬼は再び霧となって追ってくる。
*やはり単純な乗り換えでは無理か。ならば......*
私は新橋で降り、ゆりかもめに乗り換えた。
「おや、お台場方面かい? 海沿いを走る路線......まさか!」
吸血鬼の表情が初めて険しくなった。
そう、これが私の作戦だ。
ゆりかもめは新橋を出ると、すぐに汐留の高層ビル群を抜け、やがて海へと向かう。レインボーブリッジを渡る際、線路は東京湾の真上を走る。
吸血鬼は流水を渡れない。
「くっ......小賢しい!」
吸血鬼は豊洲駅で車両から離脱せざるを得なかった。私は内心でガッツポーズをした。
だが、油断はできない。私は豊洲市場前で降り、有楽町線に乗り換える。有楽町線で永田町へ。そこから半蔵門線で押上へ。押上から都営浅草線で、再び隅田川を渡る。
*川だ。流水だ。吸血鬼はこれを渡れない*
私の作戦は単純だった。東京の鉄道網を使い、可能な限り多くの川を渡り続ける。隅田川、荒川、多摩川、神田川——東京には無数の川が流れている。そしてそれらを渡る鉄道路線も無数にある。
午前一時。京成線で荒川を渡る。
午前二時。中央線で神田川を何度も横切る。
午前三時。東急線で多摩川を往復する。
吸血鬼は橋のたもとで立ち往生し、悔しそうに私を睨みつけるばかりだ。
「この......卑怯者!」
「卑怯? これは知恵だ! 鉄道オタクの叡智だ!」
私は叫び返した。窓越しに。
午前四時。私は山手線で東京駅に戻ってきた。疲労困憊だったが、勝利は目前だった。あと二時間。夜明けまであと二時間だ。
ところが——
「やあ、お帰り」
改札の前に、吸血鬼が立っていた。
「な、なぜ!?」
「簡単なことさ。君が川を渡っている間、私は陸路を迂回していたのさ。霧になれば移動速度は速い。君が到着する頃には、先回りできる」
しまった。盲点だった。
「さて、もう逃げ場はないね」
吸血鬼がゆっくりと近づいてくる。私は後ずさりした。どうする。まだ二時間ある。まだ——
「......待て」
私は時刻表を開いた。スマホの乗換案内アプリではない。紙の時刻表だ。鉄道オタクなら常に携帯している。
「まだ......まだ手はある!」
「何を——」
「午前四時二十三分発! 東海道本線、熱海行き!」
私は走った。吸血鬼を振り切り、ホームへ。そして電車に飛び乗った。
「熱海? 遠くへ逃げても無駄——」
吸血鬼も霧となって侵入してくる。
だが、私は笑っていた。
「吸血鬼さん、あなたは一つ忘れている」
「何を?」
「この電車、横浜で京浜東北線と並走するんですよ。そして、川崎付近で——」
列車が速度を上げる。横浜を通過し、川崎へ。
「多摩川を渡ります!」
「なっ!?」
列車は六郷川橋梁(多摩川)を渡り始めた。吸血鬼は慌てて車両から脱出しようとするが——
「さらに! この先には鶴見川も! 相模川も待っている!」
「くそっ......!」
吸血鬼は川の上で列車から離れることができず、まるで磁石に引き寄せられたコイルのように、車両内に閉じ込められた。流水の上では、霧になる能力すら封じられる。
「そして——」
私は時計を見た。
「この電車、熱海到着は午前六時十二分。つまり——」
窓の外が白み始めた。
午前五時五十三分。日の出。
「ぎゃああああああ!」
朝日が車両内に差し込んだ瞬間、吸血鬼は灰となって消滅した。
私は深くため息をついた。
「これが......時刻表トリックだ」
熱海駅に到着した私は、改札を出て、海を見た。美しい朝焼けだった。
「キョータロー・ニシムラも、まさか吸血鬼相手の時刻表トリックは書かなかっただろうな」
そう呟いて、私は始発の新幹線で東京へ戻ることにした。
会社には遅刻の連絡を入れなければ。理由? もちろん、「人身事故で電車が遅れた」とでも言っておこう。
ある意味、嘘ではない。
プロンプト
「『吸血鬼に襲われたら、時刻表トリック』~それはまるで『キョータロー・ニシムラ トレインミステリー』の如く~。場所は日も暮れた東京、夜中に吸血鬼と遭遇した鉄道オタクな私。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あれしかない。そう時刻表トリックだ。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」




