『吸血鬼 VS 偏向報道』
●第一章 罠
東京の夜は、俺にとって狩場だ。
三百年生きてきたが、最近は正直飽きてきた。路地裏で首筋に牙を立てる。相手は気絶する。記憶を消す。終わり。このルーティンの繰り返し。
「もう少し、エンターテインメント性が欲しいな」
そう思った俺は、ある晩、鬼ごっこを思いついた。先に声をかけて、逃げる時間を与える。恐怖に歪む顔を楽しみながら追いかける。我ながら良いアイデアだ。
渋谷のビル街。午前二時。長身の女性が一人で歩いている。黒いパンツスーツ。大きなトートバッグ。完璧なターゲットだ。
俺は影から姿を現し、口を開こうとした。
「キャー!」
女が先に叫んだ。
俺はまだ何も言っていない。いや、まだ三メートルは離れている。
「え?」
困惑する俺の前で、女は大袈裟に震えながら後ずさる。その瞬間、ビルの影から次々と人間が飛び出してきた。カメラ、マイク、照明。
テレビ局だ。
「今の撮れた!?」「完璧です!」「よし、インタビュー行くぞ!」
女性リポーターらしき人物が、涙を浮かべた「被害者」に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? 怖かったでしょう!」
「ええ、もう本当に...突然現れて...」長身の女は震え声で答える。
いや、待て。俺は突然現れてない。ゆっくり近づいただけだ。
カメラが俺を捉える。ディレクターらしき中年男が興奮気味に指示を飛ばす。
「よし! 犯人の顔にモザイクかけて、『深夜の痴漢被害、恐怖の実態』で特集組むぞ!」
痴漢?
「おい、ちょっと待て」俺は手を上げた。「俺はまだ何もしてない。声もかけてない」
「声をかけようとしたんでしょう!?」リポーターが詰め寄る。「女性が夜道で感じる恐怖、あなたにはわかりますか!?」
「いや、だから俺はただ...」
「ただ!? ただ何ですか!? ただ襲おうとしただけですか!?」
話を聞け。
ディレクターがスマホで誰かに電話している。「もしもし、警察の方ですか? はい、今まさに犯行現場を抑えまして...」
「犯行現場って、何の犯行だよ」
俺は冷静に周囲を観察した。「被害者」の女は、さっきより涙の量が増えている。不自然なほど増えている。目薬か? カメラマンは俺の「凶悪そうな角度」を探して位置を変え続けている。照明係は俺の影が最も不気味に見える位置にライトを調整している。
プロの仕事だ。悪い意味で。
「ねえ、君」俺は「被害者」に声をかけた。「俺が近づく前、カメラの位置確認してたよね? 右肩をちょっと動かして、フレーム内に収まってるか確認してた」
女の顔が一瞬固まる。
「な、何を言って...」
「それに、その涙。俺、嗅覚鋭いんだ。メントール入りの目薬の匂いがする。ロート製薬かな?」
リポーターが割って入る。「被害者を追い詰めないでください! これ以上のセカンドレイプは許しません!」
セカンドレイプって、ファーストレイプもないんだが。
●第二章 炎上戦略
「逃げるな!」
ディレクターの声に、俺は苦笑する。逃げる? 三百年生きた吸血鬼が、人間のでっち上げから逃げる必要があるか?
しかし、状況は面白くなってきた。これは新しいエンターテインメントだ。
「わかった」俺は両手を上げた。「話そう。カメラの前で」
ディレクターの目が光った。「お、おお! 容疑者が自白する気か!?」
容疑者じゃないし、自白することもない。
カメラが回る。リポーターがマイクを突きつける。
「では、あなたは今夜、この女性に何をしようとしたんですか?」
「声をかけようとした」
「ほら! 認めた!」ディレクターが叫ぶ。
「いや、声をかけることは犯罪じゃないだろ」
「夜中に女性に声をかける? それがナンパですよ! 夜の路上で女性を狙った声かけ、いわゆるナンパ行為は社会問題なんです!」
ナンパ? 俺は吸血鬼だぞ。ナンパする必要があるか? 百年前のパリで、サロンに集まる貴婦人たちから何人に求愛されたと思ってる。
でも、ここで「実は吸血鬼です」と言っても信じないだろうな。
「じゃあ聞くけど」俺は冷静に続けた。「君たち、撮影許可は取ってるのか? 俺の肖像権は?」
ディレクターが鼻で笑う。「犯罪者に肖像権はない! それに、これは公益性のある報道だ!」
「犯罪者って、まだ何も犯してないんだが」
「屁理屈を言うな!」
屁理屈じゃなくて、法律の基本なんだが。
リポーターが畳みかける。「では、あなたは普段から夜の街で女性を物色しているんですね?」
「物色? 俺は...」
「答えられないんですね!? 図星だからですね!?」
答えさせろよ。
カメラマンが俺に接近してくる。レンズがぐいぐい迫る。わざと威圧的に撮ってる。編集で「逃げようとする犯人」みたいなナレーションをつけるつもりだろう。
俺は一歩も動かない。ただ、カメラを見つめる。
「なあ、ディレクターさん」俺は中年男に視線を向けた。「この特集のスポンサー、誰?」
「は? 何だ突然」
「いや、気になってさ。最近、テレビの視聴率下がってるって聞くし。こういう『正義の告発』系の番組は、企業イメージ向上に使う会社も多いよね。特に、ジェンダー問題に敏感な姿勢を見せたい企業とか」
ディレクターの顔がわずかに引きつる。
「それとも」俺は続ける。「視聴率稼ぎのために、でっち上げでも何でもやるってこと? 一番組の数字のために、無実の人間を犯罪者に仕立て上げるってこと?」
「でっち上げじゃない!」リポーターが声を荒げる。「実際にあなたは女性に近づいた! 事実でしょう!?」
「近づくことは犯罪じゃない」
「意図が問題なんです!」
「じゃあ、俺の意図を証明してみろよ」
沈黙。
カメラが回り続ける。ディレクターとリポーターが視線を交わす。
「...編集で何とかする」ディレクターが小声で呟く。
聞こえてるぞ。
●第三章 逆襲
俺は吸血鬼だ。超人的な聴覚を持っている。ディレクターとリポーターの小声の相談が、全部聞こえる。
「この男、厄介だな」
「大丈夫ですよ。編集でカットして、女性の証言だけ流せば視聴者は信じます」
「しかし、肖像権とか言い出して...」
「モザイク濃くして、『逃亡した犯人』ってテロップ入れましょう。どうせ訴えてきませんよ、こういう奴は」
面白い。徹底的にクズだ。
「なあ」俺は声をかけた。「聞こえてるぞ、全部」
二人が凍りつく。
「きゅ、急に何を...」
「『編集で何とかする』『モザイク濃くする』『逃亡した犯人』。全部聞こえた。君たち、俺の耳の良さを舐めすぎだ」
リポーターが顔を赤くする。「盗み聞きですか!? 最低ですね!」
「いや、勝手に聞こえてくるんだよ。それより、君たちのやってることは『報道』じゃなくて『でっち上げ』だろ」
ディレクターが開き直る。「証拠はあるのか!? 証拠は!?」
「今の会話、全部録音してる」
嘘だ。録音なんてしてない。でも、連中の顔を見ろ。真っ青だ。
「ろ、録音!?」
「ああ。スマホのボイスレコーダーアプリ。便利だよね」
俺はスマホを取り出す。画面にはただのホーム画面が映ってる。でも、ディレクターにはそれが見えない。距離があるから。
「それは...」
「これ、拡散したらどうなるかな。『テレビ局、でっち上げ報道を計画』。SNSって怖いよね。一晩で何万リツイートされるか」
ディレクターの額に汗が浮かぶ。
「ま、待て。話し合おう。な?」
「話し合い? さっきまで犯罪者扱いしてたのに?」
「それは、その...誤解だ」
「誤解ねえ」俺は冷たく笑う。「じゃあ、カメラの前で謝罪しろよ。さっきみたいに大袈裟に」
リポーターが反発する。「なぜ私たちが謝罪を!? ジャーナリストとしてのプライドが...」
「プライド?」俺は遮る。「でっち上げ報道のどこにプライドが?」
「でっち上げじゃない! 女性の証言は真実です!」
俺は「被害者」の女を見る。彼女は視線を逸らす。
「じゃあ、彼女に聞こうか」俺は女に近づく。「君、本当に怖かった? 俺が近づいてきて」
「そ、それは...」
「カメラの位置、確認してたよね。リハーサルもしたんじゃない? 『キャー』のタイミングとか、涙のタイミングとか」
女の目が泳ぐ。
「違います! 私は本当に...」
「じゃあ、なんで俺が声をかける前に叫んだの? 普通、声をかけられてから驚くよね?」
沈黙。
カメラがまだ回っている。カメラマンは何を撮ればいいのかわからず、きょろきょろしている。
ディレクターが叫ぶ。「カメラ止めろ! 止めろ!」
「なんで?」俺は笑う。「真実を撮るんじゃないの? 報道の使命は?」
「うるさい!」
ディレクターが俺に掴みかかろうとする。俺は軽く避ける。三百年の経験値を舐めるな。
「暴力はよくないな」俺は言う。「これも撮られてるよ。カメラ、まだ回ってる」
カメラマンが慌てて撮影を止めようとするが、ディレクターの暴力シーンはすでに記録されている。
「お前...!」ディレクターが歯ぎしりする。「何者だ?」
「ただの通行人」俺は肩をすくめる。「夜の散歩が好きなだけ」
●第四章 真実
「わかった、わかった!」ディレクターが両手を上げた。「悪かった。今回のことは無かったことにする。だから、録音データを消してくれ」
「無かったこと?」俺は首を傾げる。「でも、もう起きちゃったよね。君たちは無実の人間を犯罪者に仕立て上げようとした。それって、名誉毀損じゃないの?」
リポーターが食い下がる。「まだ放送してません! だから名誉毀損にはなりません!」
「へえ、法律詳しいんだ。じゃあ、『放送しなければセーフ』って考えで、普段からこういうことやってるの?」
リポーターの顔が強張る。
「やってない...」
「本当に?」
俺は周囲を見渡す。深夜の渋谷。人通りは少ないが、ゼロではない。数人の通行人が、遠巻きに様子を見ている。
「なあ、あそこの人たち」俺は通行人を指差す。「もしかして、これ全部見てるんじゃない? スマホで撮ってる人もいるし」
ディレクターが慌てて振り返る。確かに、数人がスマホを構えている。
「や、やばい...」
「やばいよね」俺は同意する。「『テレビ局のでっち上げ現場』。SNSに上がったら、炎上案件だよね」
「待ってくれ! 頼む!」ディレクターが懇願する。「こっちにも事情が...」
「事情?」
「視聴率が落ちてるんだ! スポンサーも離れていく! こういう企画でもやらないと、番組が終わるんだよ!」
「だから、でっち上げていいの?」
「...」
ディレクターは答えられない。リポーターも俯いている。「被害者」役の女は、すでに逃げる準備をしている。
「なあ、ディレクターさん」俺は少し優しい口調で言う。「視聴率が欲しいなら、本物の事件を追えばいいじゃん。世の中、問題だらけだろ」
「本物は...面倒なんだよ」ディレクターが弱々しく答える。「裏取りに時間がかかる。取材対象が協力的じゃない。綺麗にストーリーが作れない」
「綺麗なストーリーって、嘘ってことか」
「...そうとも言う」
正直だな、おい。
「でもな」俺は続ける。「嘘で塗り固めた番組なんて、誰も見たくないだろ。視聴者は馬鹿じゃない。本物と偽物の区別くらいつく」
「視聴者は騙せる」リポーターが反論する。「編集と演出で、どんなストーリーでも作れます。視聴者は、テレビが流す情報を信じるんです」
「それ、いつの時代の話?」
リポーターが黙る。
「今はネットがある。ファクトチェックされる。嘘はすぐバレる。君たちが思ってるほど、視聴者は無知じゃないよ」
「...」
俺は溜息をつく。本当は、このままもっと苦しめたいところだが、そろそろ飽きてきた。
「いいよ、録音データは消す」
「ほ、本当か!?」ディレクターの顔が輝く。
「ただし、条件がある」
「何だ!? 金か!?」
「金はいらない」俺は笑う。「代わりに、ちゃんとした報道をしろ。でっち上げじゃなくて、真実を伝える報道」
「それは...」
「できないなら、この録音データ、拡散するよ」
ディレクターとリポーターが顔を見合わせる。
「...わかった」ディレクターが頷く。「約束する」
「本当に?」
「本当だ」
嘘だな、絶対。でも、まあいい。
俺はスマホを操作するフリをして、「データを消去」する。もちろん、最初から録音なんてしていない。
「消したぞ」
「ありがとう...!」
ディレクターたちは、慌てて機材を片付け始める。「被害者」役の女も、逃げるように去っていく。
数分後、俺は再び一人になった。
夜の渋谷。静寂が戻る。
「結局、血を吸えなかったな」
俺は空を見上げる。
まあ、今夜はこれはこれで面白かった。鬼ごっこよりもスリリングだったかもしれない。
人間の愚かさと醜さ。それは吸血鬼の俺よりも、よほど恐ろしい。
俺は笑いながら、夜の闇に消えていった。
次のターゲットを探しに。
今度こそ、ちゃんと血を吸わせてくれよ、人間。
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**エピローグ**
翌週、そのテレビ局は『報道ねつ造疑惑』でネットニュースに取り上げられた。
例の夜、通行人が撮影した動画が拡散されたのだ。
ディレクターとリポーターは謝罪会見を開いた。
俺? 俺はテレビでその会見を見ながら、ワイングラスを傾けていた。
中身はワインじゃない。今朝採れたての、新鮮な血液だ。
「人間って、本当に面白いな」
俺はグラスを空にして、次の狩りの計画を練り始めた。
今度は、政治家でも狙おうか。
それとも、インフルエンサーか。
ああ、選択肢が多すぎる。
幸せな悩みだ。
プロンプト
「『吸血鬼 VS 偏向報道』。場所は東京。私は吸血鬼。夜の帝王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、最近マンネリ化してきた。私はふと鬼ごっこを提案することを思いつく、逃げ惑う人間を狩る。血を吸うだけではなく恐怖の顔を楽しめる。私は長身の女を見つけて声をかけようとしていた。「キャー」。どうやらはめられたようだ。オールドメディアと私の戦いが始まる。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。この作品は間抜けで選民意識の残る時代遅れのオールドメディアが昔ながらの手法ででっち上げようとする流れを吸血鬼が冷めた目線でツッコミながら暴くコメディです。」