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『蟲毒のグルメ』

 ☆第一章:目覚め


 目が覚めたとき、俺の頬に張り付いていたのは湿った砂だった。


 口の中はジャリジャリと塩辛く、鼻腔を突く潮の匂いが脳天まで染み渡る。体を起こそうとすると、全身の関節が錆びた蝶番のように軋んだ。どうやら長時間、無理な体勢で放置されていたらしい。


「……ここは」


 視界に飛び込んできたのは、絶望的なまでに青い海だった。


 水平線まで遮るものは何もない。背後を振り返れば、切り立った黒い岩壁が威圧的にそびえ立ち、頂上付近では鴉のような海鳥が不吉な声で鳴き交わしている。足元の砂浜は二十メートルほどしかなく、満潮時には完全に水没するだろう。岩壁には緑色の海藻が帯状に張り付き、そこだけ異様に生々しい。


 俺は昨夜まで、確かに新宿の雑居ビルで働いていた。終電を逃してネットカフェに向かう途中で——記憶はそこで途切れている。


 ポケットを探ると、見覚えのないスマートフォンが入っていた。画面には俺の名前らしき文字が表示されている。


 突然、スピーカーから声が流れた。


『皆さん、おはようございます。私はゲームマスターです』


 機械的に加工された、性別も年齢も判別できない声。だが、その口調には奇妙な陽気さが滲んでいた。


『君たちは今からこの孤島で、最後の一人になるまで鬼ごっこをしてもらいます。ルールは極めてシンプル。全員が鬼であり、全員が逃げる者です。先に相手の体に触れた方が生き残り、触れられた方は——まあ、お察しの通りです』


「なんだそりゃ……」


 俺は乾いた声で呟いた。これは夢か?いや、頬を叩いても痛みはリアルだ。砂に埋もれた貝殻の破片が掌に食い込む感触も、あまりにも生々しい。


『制限時間は日没まで。それでは、良い狩りを。ゲームスタートです』


 機械音が鳴り響いた瞬間、岩場の向こうから複数の足音が聞こえた。


 ☆第二章:走れ


 俺は反射的に駆け出していた。


 砂浜は走りにくい。足が沈み込み、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げる。背後から聞こえる荒い息遣いが、確実に距離を詰めている。


「待て!話せば——」


 振り返る余裕などない。岩壁に沿って走ると、ようやく細い獣道のような斜面が見えた。手を使いながら必死によじ登る。爪が割れ、指先から血が滲む。


 頂上に出ると、島の全貌が見渡せた。


 絶海の孤島——その表現は正確だった。島は最大でも東西五百メートル、南北三百メートル程度。中央には枯れかけた低木が密集し、北側には崩れかけた灯台の残骸が傾いている。人の手が入った形跡はあるが、それは何十年も前のことだろう。錆びた鉄骨と朽ちたコンクリートだけが、かつての文明の痕跡を物語っていた。


 そして——島のあちこちに、俺と同じように途方に暮れた人間たちの姿があった。


 十人はいるだろうか。老若男女、服装も様々だ。共通しているのは、全員が同じような混乱した表情を浮かべていることだけ。


 その中の一人、中年の男が俺を見つけた。


「そこのお前!」


 男は俺に向かって走り出した。その目は完全に血走っている。理性よりも恐怖が勝っている顔だ。こういう人間が一番危険だと、俺の本能が警告を発した。


 俺は低木の茂みに飛び込んだ。


 枯れ枝が服を引き裂き、顔を引っ掻く。だが立ち止まるわけにはいかない。茂みの中を這うように進むと、突然視界が開けた。


 そこは——かつての貯水池だったのだろう。コンクリートで固められた円形の窪地に、緑色に濁った雨水が溜まっている。水面には油膜のような虹色の光沢があり、底には得体の知れない藻類が蠢いていた。


「はあ、はあ……」


 息を整えていると、茂みの反対側から悲鳴が聞こえた。


 女性の声だ。それに続いて、何かが地面に倒れる鈍い音。そして——沈黙。


 不吉な静寂が島を支配した。


 ☆第三章:蟲毒


 日が傾き始めた頃、生き残っているのは俺を含めて三人になっていた。


 一人は若い女性。どこかの企業のユニフォームを着ている。もう一人は、体格の良い男だ。工事現場の作業服が泥と——おそらく血で汚れている。


 俺たちは奇妙な三角形を保ちながら、島の中央部で睨み合っていた。


 灯台の残骸の影に身を潜めながら、俺は状況を整理しようとした。これは一体何なのか。ゲーム?実験?それとも——


 ふと、スマートフォンの画面に視線を落とす。


 そこには地図が表示されていた。三つの光点。それぞれが俺たち三人の位置を示している。なるほど、完璧な監視システムだ。隠れることも逃げることも、結局は無意味だったということか。


「なあ、提案がある」


 作業服の男が唐突に声を上げた。


「このまま日没まで膠着状態を保てば、全員助かるんじゃないか?」


 女性が警戒しながらも答える。


「……でも、ゲームマスターがそれを許すと思う?」


「やってみる価値はあるだろ。な?」


 男は俺を見た。俺は慎重に頷く。


「悪くない。少なくとも、互いに殺し合うよりは——」


 その瞬間、スマートフォンが振動した。


『残念ですが、そのようなつまらない結末は認められません。新ルールを追加します。三十分以内に二人以上が生き残っている場合、全員失格となります』


「ふざけんな!」


 男が叫んだ。だが、その声はすぐに低い唸り声に変わった。


「……すまねえ」


 男は俺に向かって突進してきた。


 ☆第四章:最後の一人


 気づいたとき、俺は灯台の最上部にいた。


 朽ちた鉄骨の階段を必死で駆け上がり、崩れかけた展望台に転がり込んだのだ。眼下では作業服の男が、血まみれになりながら女性を追いかけている。


 女性は岩場の隙間に逃げ込んだ。男は手を伸ばすが届かない。


「出てこい!こうなったら、どっちかが死ぬしかないんだ!」


 男の声は悲痛だった。彼だって好きでこんなことをしているわけじゃない。ただ、生きたいだけなのだ。


 俺も同じだった。


 だから——俺は灯台の手すりを掴み、男の真上に移動した。


 崩れかけたコンクリートの破片。それを拾い上げ、タイミングを計る。男が女性に集中している今がチャンスだ。


 俺は破片を投げた。


 それは見事に男の後頭部に命中した。男がよろめいた瞬間、女性が隙間から飛び出し、男の腕に触れた。


 男の体が、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 女性は荒い息をつきながら、ゆっくりと俺を見上げた。


「……ありがとう」


 彼女はそう言った。だが、その目は笑っていない。


 俺も慎重に灯台を降りた。二人の距離は十メートル。どちらが先に動くか。緊張が空気を支配する。


 夕陽が水平線に沈みかけていた。海は血のように赤く染まり、島全体が不吉な光に包まれている。波の音だけが、不気味なほど規則正しく響いていた。


 女性が一歩踏み出した。


 俺も一歩下がる。


「ねえ」


 彼女が言った。


「私たち、本当にこんなことしなきゃいけないのかな」


「……さあな」


「でも、もう日没だよ。ルールでは——」


 その言葉が終わる前に、彼女は駆け出していた。


 俺も走った。二人は同時に手を伸ばす。指先が触れ合う寸前——


 俺は足を滑らせた。いや、滑らせたように見せた。


 彼女の手が俺の肩を掴んだ瞬間、俺は逆に彼女の腕を掴み返した。


「え——」


 彼女の表情が驚愕に歪む。だが、俺の方が一瞬早かった。ほんの、コンマ数秒。


 彼女の体から力が抜けていく。


「ごめん」


 俺は呟いた。彼女の体が地面に崩れる前に、そっと支えてやった。最低限の敬意だ。


 スマートフォンが鳴った。


『ゲーム終了。優勝者、確定』


 ☆第五章:ゲームマスター


 夜になった。


 島には俺一人だけ。死体は——どういうわけか、すべて消えていた。まるで最初からいなかったかのように。


 俺は砂浜に座り込み、星空を見上げていた。


 こんなに星が見えるのは何年ぶりだろう。天の川がくっきりと見える。美しいと思う一方で、この静寂が恐ろしくもあった。


「お見事でした」


 振り返ると、そこに人影があった。


 月明かりに照らされたその姿は——人間だった。いや、人間の形をしていた。だが、どこか違和感がある。動きが滑らかすぎる。呼吸をしている気配がない。


 そして——その目が赤く光っていた。


「私がゲームマスターです。ようこそ、最後までお楽しみいただけて光栄です」


 男——いや、それは優雅に一礼した。


「あなたは見事、競争を生き抜きました。人間という種は、追い詰められたとき最も本能を研ぎ澄ませる。恐怖、絶望、そして生への執着。それらが混ざり合ったとき——ああ、なんと美味なのでしょう」


 ゲームマスターはゆっくりと俺に近づいてきた。


「私たちは、最も美味しくなった瞬間の人間を食すことを至上の喜びとしています。蟲毒、ご存知ですか?毒虫同士を壺の中で殺し合わせ、最後に残った最強の毒を使う呪術です。あなたは今、最高の蟲毒となった」


 俺の体は恐怖で硬直していた。


 吸血鬼——いや、それよりもっと悪質な何かだ。


「さあ、ディナーの時間です」


 ゲームマスターが牙を剥いた。


 その瞬間、俺は立ち上がり、全力で海に向かって走った。


「おや?」


 背後から驚いたような声。だが俺は振り返らない。砂浜を蹴り、波打ち際に飛び込む。


 冷たい海水が全身を包んだ。


 塩辛い水を飲み込みながら、俺は必死に沖へ向かって泳いだ。吸血鬼は流水を嫌う——どこかで聞いた知識を頼りに。いや、それが本当かどうかなんて関係ない。ここに留まれば確実に死ぬ。ならば賭けるしかない。


 波が俺を翻弄する。何度も水を飲んだ。肺が苦しい。腕が動かなくなる。


 意識が遠のきかけたとき——光が見えた。


 サーチライト。船だ。


「生存者発見!」


 誰かが叫ぶ声。強い手が俺の腕を掴む。甲板に引き上げられた俺は、意識を手放した。


 ☆エピローグ:影


 病院のベッドで目を覚ましたとき、俺は生きていた。


 警察の説明によれば、俺は海で遭難していたところを漁船に救助されたという。他に誰もいなかった、と彼らは言った。


 死体も、血痕も、何もかも。


「記憶が混乱しているようですね。脱水症状と低体温症の影響でしょう」


 医師はそう診断した。


 だが、俺は知っている。あれは現実だった。


 病室の窓から外を見る。都会の喧騒が戻ってきた。人々が行き交い、車が走り、世界は何事もなかったように回り続けている。


 その雑踏の中に——一瞬、赤い目が光った気がした。


 俺は目を凝らす。だが、そこにはもう誰もいない。


 スマートフォンが振動した。


 見覚えのない番号からのメッセージ。


『次回もご参加をお待ちしております。あなたの味は格別でした。——GM』


 俺はスマートフォンを窓の外に投げ捨てた。


 だが、わかっている。逃げ切れはしない。彼らは俺を諦めない。最高の蟲毒は、何度でも味わう価値があるのだから。


 窓の外の雑踏の中、複数の赤い目が——こちらを見ていた。

プロンプト

「『蟲毒のグルメ』。ここは絶海の孤島。夜中に何者かに拉致された私。目が覚めると、見覚えのないスマートフォンから音声が流れる。「私はゲームマスター。君は今からこの孤島で最後の一人になるまで鬼ごっこをしてもらう」。鬼は全員、先に触れたものが生きて先に触れられたほうがあの世へ行く。最後に残った私は喜ぶ、すっかり夜中になっていた。そのとき、ゲームマスターが現れる。「競争を生き抜いた…最も獲物が美味しくなる瞬間」。私たちは吸血鬼のエサだった。俺は決死の覚悟で海に飛び込み九死に一生を得る。最後に救出された俺を狙う影を匂わせて物語は終わる。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。絶海の孤島の情景描写をリアルに描いてください。」

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