『よヴぃ水』
港区の高層マンションの一室で、私は今日も鏡と向き合っている。
「おはよう、美しい私♪」
朝のルーティンは完璧だ。韓国製の美容液を七種類、順番通りに塗布。フランス製のアイクリームでマッサージ。そして最後に、スイス製の美容機器で肌に電気刺激を与える。
インスタのフォロワーは百二十万人。「美の探求者・麗奈」として、私は今や業界では知らない人はいない存在だ。
でも、まだ足りない。
昨夜もまた、DMに興味深い情報が届いていた。
『@rei_beauty_queen様 いつも投稿楽しみにしています!実は秘密の美容法があるんです。渋谷の○○ビルの地下にあるサロン、知る人ぞ知る場所で...』
こういう情報が、私の血を騒がせる。
三か月前はインドのアーユルヴェーダ。二か月前はフランスの修道院で作られる石鹸。一か月前は北海道の秘湯。そして今週末は、この謎のサロンだ。
「麗奈さん、また出かけるんですか?」
マネージャーの田中さんが呆れ顔で言う。でも、彼女も私の「成果」は認めているはず。三年前の私とは別人だもの。
鼻は二回やり直した。目は奥二重から平行二重に。唇はヒアルロン酸で理想の形に。頬骨も削って、顎もシャープにした。体重は十二キロ落として、胸は二カップアップ。
「完璧に近づいてる」と鏡の中の私がささやく。でも、まだ何かが足りない。
渋谷の雑居ビル。確かに怪しげな雰囲気だけれど、私は慣れている。美は時として、怪しげな場所に隠れているものだ。
地下三階。薄暗い廊下を歩いていると、かすかに甘い匂いがする。血のような、でも花のような...。
「いらっしゃいませ」
受付の女性は驚くほど美しかった。肌は陶器のように白く、唇は血のように赤い。歳は分からない。二十代にも四十代にも見える。
「美容コースは色々ありますけれど、特別なお客様には...」
彼女の笑顔が、なぜか背筋をゾクッとさせる。でも、私は美のためなら何でもする。
施術台に横になると、また別の美しい女性が現れた。やはり年齢不詳で、どこか人形じみている。
「リラックスしてください。とても... 美味しく、いえ、美しくなりますよ」
彼女の手が私の首筋に触れる。冷たい。氷のように冷たい手。
「あの、ちょっと寒いんですけど...」
「すぐに温かくなります」
そう言って、彼女は微笑んだ。その時、薄暗い室内で、彼女の犬歯がキラリと光ったような気がした。
でも私は目を閉じる。美のためなら、少しの恐怖なんて。
SNSでバズるネタも手に入るし。
「#秘密のサロン #美の探求は止まらない #今夜も美しく変身」
投稿の文面を頭の中で考えながら、私は意識を失っていった。
最後に聞こえたのは、複数の女性たちの笑い声。そして、誰かの「久しぶりに、美しい獲物ね」という囁き。
でも、それすらも美への道のりの一部のような気がして。
私は、笑顔で眠りについた。
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翌朝、港区の高層マンション。
鏡に映る私は、確かに昨日より美しくなっていた。
でも、なぜか首筋に小さな傷跡が二つ。
「きっと施術の跡ね」
私は満足そうにその傷を隠すようにコンシーラーを塗った。
そして、スマホを手に取る。また新しいDMが届いている。
『@rei_beauty_queen様 とっても美しくなりましたね!次は月夜の森で行われる美容儀式があるんです...』
私の心は、また躍り始めた。
美の探求は、終わらない。
そう、絶対に。
プロンプト
「『呼び水』。場所は東京の港区。サプリメントやダイエット、果ては美容整形によって美を追求してインフルエンサーとして有名になった私。私はコンプレックスからありとあらゆる方法で美を探求する。SNSの噂を元に全国各地、全世界を回って美を極めようとする。数珠つなぎのように次の美を探す。最後は吸血鬼に襲われる。これは美を探求する人間を捕食する吸血鬼を題材にしたブラックコメディです。このプロットを元に短編を書いてください。陽気で明るい雰囲気ではあるが、少し異常な主人公の美の執着を書きつつ、うっすらと吸血鬼の存在を匂わせてください。」




