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『サイレント・ヴァンパイア』

 午前2時17分。渋谷のスクランブル交差点を一人で歩いていた私は、振り返った瞬間に凍りついた。


 黒いマントを纏った男が、ゆっくりと、本当にゆっくりと私の後を歩いている。歩幅は普通の人間の半分ほどで、まるで時間が半分の速度で流れているかのようだ。そして何より不気味なのは、その牙だった。街灯の光に鈍く光る、紛れもない吸血鬼の牙。


(まずい。本物だ。)


 私は歩を早めた。しかし、振り返ると奴はまだそこにいる。相変わらずのスローペースで、しかし確実に私を追っている。まるで「急ぐ必要はない、どうせ逃げられない」と言わんばかりに。


(なぜゆっくりなんだ?映画だと超高速で襲ってくるはずなのに。)


 道玄坂を上りながら、私の頭は高速回転していた。吸血鬼の弱点。十字架、聖水、ニンニク、そして何より日光。今は深夜2時過ぎ。日の出まではまだ4時間以上ある。


(4時間も逃げ続けるなんて無理だ。でもあのペースなら...いや、待てよ。)


 私は立ち止まって計算してみた。奴の歩行速度は時速約2キロメートル。私の早歩きは時速5キロメートル。単純計算で3キロの差。つまり1時間で3キロ引き離せる計算になる。


(これなら勝てる!)


 しかし、問題はスタミナだった。4時間も歩き続けられるだろうか。しかも奴は疲れ知らずの不死者だ。


 コンビニを見つけた私は、慌てて飛び込んだ。店員は眠そうに雑誌を読んでいる。奥の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り、レッドブルを3本、そして念のためにニンニクのサプリメントまで購入した。


 店を出ると、奴はちょうど店の前を通り過ぎるところだった。相変わらずの超スローペース。私は再び歩き始めた。


(そういえば、なぜ奴は走らないんだ?)


 歩きながら、私は様々な可能性を考えた。もしかすると、吸血鬼には「獲物は歩いて捕まえなければならない」という掟があるのかもしれない。あるいは、急激な動きで血液の循環が早くなることを嫌うのか。それとも、単純にプライドの問題?


(まあ、理由はどうでもいい。とにかく朝まで逃げればいいんだ。)


 時間は午前3時を回った。青山通りを歩いていると、奴はまだ500メートルほど後ろにいる。距離は確実に開いている。私の作戦は成功していた。


 だが、そこで重大な問題に気づいた。


(トイレに行きたい。)


 膀胱がパンパンだった。スポーツドリンクとレッドブルの効果で水分補給は十分だったが、当然その代償として尿意が襲ってくる。


 コンビニを見つけて駆け込もうとした瞬間、振り返ると奴が意外にも近くにいた。どうやら私がトイレを探している間に、少し距離を詰められていたらしい。


(急げ!)


 コンビニのトイレで用を足しながら、私は計算し直した。あと3時間。現在の距離は約400メートル。このペースなら大丈夫だ。


 しかし、トイレから出ると店員が話しかけてきた。


「お客さん、さっきから同じ人がうろうろしてるんですけど、知り合いですか?」


 窓から外を見ると、奴がコンビニの前で立ち止まっている。初めて見る光景だった。まるで私を待っているかのように。


(やばい。奴は学習する。)


 私は裏口から脱出した。幸い、コンビニには裏の駐車場があり、そこから別の通りに出ることができた。振り返ると、奴はまだコンビニの前で佇んでいる。


(愚直すぎる。助かった。)


 しかし、10分後、振り返ると奴はまたそこにいた。どうやって追いついたのかは分からないが、相変わらずのスローペースで私を追っている。


 午前4時。表参道のあたりで、私は疲労の限界を感じていた。レッドブルの効果も切れ始めている。足も痛い。


(あと2時間...無理かもしれない。)


 そんな時、24時間営業のファミリーレストランを発見した。私は迷わず飛び込んだ。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「はい、窓際の席をお願いします。」


 窓際に座った私は、外を監視しながらコーヒーをオーダーした。奴はゆっくりとレストランの前を通り過ぎていく。まるで私がそこにいることを知っているかのように、一瞬こちらを見た気がしたが、立ち止まることはなかった。


(ここで時間を稼げる。)


 しかし、ウェイトレスが困った顔でやってきた。


「すみません、外にいるお客様がお連れ様をお待ちだとおっしゃっているのですが...」


 窓の外を見ると、奴がレストランの前で立ち止まっている。そして、ゆっくりと手を振っている。


(社交的な吸血鬼だな、おい。)


「すみません、知らない人です。警察を呼んでもらえませんか?」


「でも、お客様とても丁寧で礼儀正しい方のようですが...」


 私は窓越しに奴を見た。確かに、マントこそ着ているものの、立ち居振る舞いは紳士的だった。牙があることを除けば、普通の中年男性に見える。


(まさか、良い吸血鬼?いや、そんなはずはない。)


 結局、警察は来なかった。ウェイトレスが外に話を聞きに行くと、奴は丁寧にお辞儀をして立ち去ったのだ。


 午前5時。外に出ると、奴は100メートルほど先で私を待っていた。この4時間で一番近い距離だった。


(もうダメかもしれない。)


 しかし、東の空が微かに明るくなってきているのに気づいた。夜明けまであと1時間。最後の勝負だ。


 私は走り始めた。もはや体力温存は考えない。全力でラストスパート。振り返ると、奴は相変わらずゆっくりと歩いている。走らない。なぜ走らない?


(もしかして...走れないのか?)


 午前6時。日の出の時刻だった。私は上野公園のベンチで息を切らしていた。東の空はオレンジ色に染まり始めている。


 振り返ると、奴は公園の入口で立ち止まっていた。そして、日の光が当たり始めると、ゆっくりと手を振って立ち去っていく。


(勝った...のか?)


 安堵のため息をつこうとした瞬間、奴が振り返って叫んだ。


「また今夜!」


(えっ?)


 そして奴は付け加えた。


「今度はもう少し早く歩きますね!毎晩0.5キロずつスピードアップします!」


 私は愕然とした。これは一回限りの勝負ではない。毎晩続くマラソンなのだ。しかも、奴は日々進歩する。


 ベンチに座り込みながら、私は計算した。奴の現在の速度が時速2キロなら、10日後には時速7キロになる。私の早歩きの速度を超える。


(転職を考えよう。昼間だけの仕事に。)


 そう決意しながら、私は朝日を見つめていた。新しい一日の始まりだった。そして、今夜また新しい追いかけっこが始まるのだ。


 午前6時30分。完全に日が昇った今、私は気づいた。


(そういえば、奴の名前も聞いていない。)


 毎晩追いかけっこをする相手の名前も知らないなんて、考えてみれば失礼な話だった。今夜会ったら、まず自己紹介から始めよう。


 そんなことを考えながら、私は家路についた。今夜のためにスタミナをつけなければならない。そして、より良い逃走ルートを研究する必要もある。


(意外と楽しくなってきたかもしれない。)


 振り返ると、朝の光の中に奴の姿はもうなかった。しかし、今夜またあのゆっくりとした足音が聞こえてくるのだろう。


 私の新しい夜の日課が始まった。

プロンプト

「『サイレント・ヴァンパイア』。場所は東京、夜中に吸血鬼と遭遇した私。吸血鬼はゆっくりと追いかけてくる。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局逃げるしかない。幸い、吸血鬼はゆっくりと歩いてくるだけだ。このプロットを元にシリアスサイレントコメディ短編小説を書きましょう。この作品はゆっくりと追いかけてくる吸血鬼から逃げる話で主人公のモノローグが肝です。」

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