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『彼女を通して夏を感じていた』~カノジョは生を感じていた~

 

 … 第一幕 出会い


 田舎町の海辺。夜風が頬を撫でる。


 青年は砂浜を歩いていた。昼間の弱々しさは嘘のように消え、夜の力が体を満たしている。だが、その体に温もりはない。死者の体温とはこういうものかと、彼は時々自分の手首に触れてみる。脈はない。


「こんばんは」


 振り返ると、カーディガンを羽織った女性が立っていた。病的なまでに白い肌。美しい黒髪。そして、どこか諦めたような微笑み。


「こんばんは」


 青年は答える。彼女からほのかな熱を感じる。久しぶりの、生きた人間の体温。


「毎晩、ここを散歩するんです」女性は言う。


「不眠症なもので」


 嘘だ、と青年は思う。彼女の体からは病気の匂いがする。時間がないことを知っている者の匂い。


「僕もです」青年は答える。


「昼間は体調が悪くて」


 これも嘘だった。もう死んでいるのだから。


 … 第二幕 関係


 翌夜、女性は同じ場所にいた。


「また会いましたね」


「ええ」


 青年は彼女の首筋に視線を向ける。白い肌の下を血が流れている。彼女は気づいているのだろうか。


「少し、お借りしても?」


「何を?」


「体温を」


 女性は首を傾げる。青年の牙が、そっと彼女の首に触れる。


 痛みではなく、むしろ暖かさが彼女を包む。青年は最小限の血だけを取る。紳士的な吸血鬼。


「あなた、冷たいですね」女性は言う。


「生きていないので」


「私は逆です。熱すぎて、自分が燃えているみたい」


 彼らは奇妙な均衡を見つけた。彼女の熱を、彼の冷たさが和らげる。彼の空虚を、彼女の生命力が満たす。


「またあした」


 女性は言う。青年は頷く。


 夏の夜が続く限り、この関係は続くのだろう。


 … 第三幕 日常


 会話はほとんどない。


 青年は現れ、女性は首を差し出す。青年は血を取り、女性は生を感じる。


「今日は暑かった」


「僕には分からない」


「羨ましい」


「君が?」


「熱に苦しまずに済むから」


「でも君は生きている」


「それがどうしたというの?」


 女性は達観している。青年は困惑している。生きていることを軽んじる生者と、生に憧れる死者。


 夏祭りの音が遠くから聞こえる。


「行かないの?」青年は聞く。


「私はもう祭りの年齢じゃない」


「僕もです。何百年も」


 女性は笑う。初めて見る、本当の笑顔。


「あなたって、案外おかしな人ね」


 … 第四幕 終わり


 八月の終わり。女性はいつものようにカーディガンを羽織って待っている。


 青年は現れない。


 彼は遠い町で、別の獲物を探している。夏の終わりと共に、あの関係も終わったのだと思っている。一夜限りの関係が一夏続いただけの話。


 女性は一時間待つ。二時間待つ。


 そして、ひとり帰る。


「そういうものね」


 彼女は呟く。期待していたわけではない。ただ、少し寂しいだけ。


 … エピローグ 帰還


 数年後、青年は田舎町に戻る。


 墓地を、歩いていた。


 墓石の前に、中年の男性と小さな子供がいる。


「妻の最後の願いだったんです」男性は言う。


「この文字を刻んでほしいと」


 青年は墓石を見る。


『あなたを通して生を感じられた』


「意味が分からないんです」男性は続ける。


「妻は最後まで、誰かに感謝していました。でも、その人が誰なのか…」


 青年は黙っている。


 子供が花を供える。


「ママ、天国で見てるよね」


「ああ、きっとね」


 青年は立ち去る。振り返らない。


 夏は毎年やってくる。でも、あの夏はもう二度と来ない。


 それが、この奇妙な関係の結末だった。


 ---

プロンプト

「『彼女を通して夏を感じていた』~カノジョは生を感じていた~。ある夏、その青年は儚げな女性に出会った。その青年は昼間は死にやすく虚弱になり、夜はだれよりも強くなるいわゆる吸血鬼だった。吸血鬼になってから熱というものは自身の身体からなくなった。熱を感じられるのは決まって捕食する相手からだけだった。その吸血鬼は田舎の海で夜、散歩する女性に出会った。いわゆる不治の病に侵された女性は夜な夜な出歩くのだった。裕福な貿易商の父の元に生まれ、母譲りの容姿端麗で綺麗な黒髪。何不自由なかったが、生を感じられなかった。自分は無機質な存在でこのままひっそりと死ぬと思っていた。口数少なくしゃべる彼女は少し退廃的で達観していた。吸血鬼は女性の血を吸うのだった。吸血鬼は彼女から夏を感じていた。そして、彼女は吸血鬼に命を吸われるということで生を感じていた。吸血鬼はごく微量の血を吸うだけで良かった。これで終わり次は別な場所で別な獲物を、と思っていたが、彼女は「またあした」と言った。それからお互い言葉数はほぼ無いに等しかった。しかし、その関係は夏場ずっとつづいた。カーディガンを羽織って吸血鬼を待っていた夏が終わりかけていたある日。彼女の前に吸血鬼は現れなかった。ひと夏の関係が終わり、しばらくかなりしばらぶりに吸血鬼はあの田舎に戻った。彼女は思ったより長く生きた。墓にある文字が刻まれていた。墓の前で出会った彼女の夫も小さな子供もその意味は分からなかった。ただ、この一文を書いてほしいというのが願いだった。「あなたを通して生を感じられた」。このプロットを元に淡く切ないシニカルな喜劇を書いてください。登場人物は記号的で、女性や青年、夫など名前は出さないようにしてください。」

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