『N本目のドライフラワー』
その 一
彼女はいつもドライフラワーを飾っていた。
アパートの窓辺に吊るされた薄紫のスターチス、机の上の小瓶に挿された白いかすみ草。生花よりもドライフラワーが好きだと言っていた理由を、俺は今でも覚えている。
「生きてる花は綺麗だけど、すぐに枯れちゃうでしょ?でもドライフラワーは違うの。時間が止まってるみたい。永遠に美しいまま」
黒髪が肩にかかる仕草も、少し困ったような笑顔も、全部が愛おしかった。
あの日、俺たちは街を歩いていた。夕暮れの商店街で、彼女は花屋の前で足を止めた。
「また買うのか?」
「うん、今度は黄色いのがいいな」
そのとき、後ろから声がかかった。
「おい、お前」
振り返ると、三人の男が立っていた。見覚えのある顔だった。先週、居酒屋で絡んできたチンピラたちだ。俺が彼らの因縁をつけられた女性を助けたせいで、恨みを買っていたらしい。
「逃げろ」
俺は彼女の手を引いて走った。だが、彼女のヒールでは速く走れない。角を曲がったとき、俺は転んだ。起き上がると、彼女の姿が見えなかった。
悲鳴が聞こえた。
俺が駆けつけたとき、もう遅かった。
その 二
気がつくと、俺は月明かりの下にいた。
街から離れた丘の上で、満月が異様に大きく見えた。涙も枯れ果てて、ただぼんやりと空を見上げていた。
「復讐を果たしたいか?」
突然、声がした。振り返ると、黒いスーツを着た男が立っていた。年齢不詳で、どこか非現実的な存在感がある。
「復讐って…」
「君の恋人を殺した者たちへの復讐だ。ただし、代償がある」
男は薄く笑った。
「君は人間でなくなる。永遠に生き続け、永遠に復讐を続けることになる」
俺は何も考えずに頷いた。
痛みが全身を駆け抜けた。そして、世界の色が変わった。
その 三
最初の復讐は簡単だった。
田中という名のチンピラは、一人で裏通りを歩いているところを襲った。不思議な力が体に宿っていて、人間など赤子同然だった。
「待ってくれ!俺じゃない!本当の黒幕は山田だ!山田が全部仕組んだんだ!」
田中は震え声でそう言い残して息絶えた。
山田を探すのに三年かかった。山田は別の街に逃げていたが、俺の嗅覚は獲物を逃さない。
「やめろ!俺は言われただけだ!佐藤が金を出したんだ!佐藤に言われてやったんだ!」
そして佐藤。佐藤は鈴木の名前を出した。鈴木は高橋を、高橋は伊藤を、伊藤は渡辺を。
気がつくと、五十年が経っていた。
その 四
「本当の首謀者は田所です!田所が全部…」
松本という男の最期の言葉を聞きながら、俺はふと疑問を抱いた。
これで何人目だろう。百人は超えている。みんな死ぬ間際に別の誰かの名前を出す。まるで数珠つなぎのように、犯人がどんどん増えていく。
本当にこれは復讐なのだろうか。
それとも、追い詰められたクズどもが最後っ屁に、日頃ムカついている奴の名前を適当に出しているだけなのか。
でも、もうやめられない。俺は吸血鬼になってしまった。人間に戻る方法なんてない。
その 五
今年もその日がやってきた。
俺は花屋でドライフラワーを買う。最初は彼女が好きだったスターチスを選んでいたが、最近は気まぐれで違う花を選ぶことが多い。今日は黄色いマリーゴールドにした。
墓地に向かう途中、ふと立ち止まった。
これで何本目のドライフラワーだろう。正確に数えたことはないが、おそらく三百本は超えている。
「永遠に美しいまま」
彼女の言葉が蘇る。確かにドライフラワーは枯れない。でも、色あせていく。少しずつ、ゆっくりと。
俺も同じかもしれない。永遠に生き続けているけれど、少しずつ人間だった頃の記憶が薄れていく。彼女の顔も、声も、触れた感触も、だんだんぼやけてきている。
墓石の前に花を供える。
「また来年も来るよ」
そう呟いて立ち上がろうとしたとき、携帯電話が鳴った。現代の技術にも慣れた。情報収集に便利だからだ。
「田所の居場所がわかりました」
部下からの連絡だった。俺も時代に合わせて組織を作っている。
「そうか」
俺は電話を切り、墓石をもう一度見つめた。
田所を殺せば、また新しい名前が出てくるだろう。そしてその次も、その次も。永遠に続く復讐劇。
でも、もういいや。
復讐が本物かどうかなんて、どうでもいい。俺にはこれしかないんだ。毎年ドライフラワーを供えて、彼女のことを思い出すことと、誰かを殺すことしか。
月が出始めた空を見上げながら、俺は歩き始めた。
今夜もまた、誰かが俺に新しい名前を教えてくれるだろう。
そして俺は、それを信じるふりを続けるのだ。
その エピローグ
ドライフラワーは確かに永遠に美しい。
でも、永遠って、案外退屈なものなんだな。
俺はポケットから次のターゲットの写真を取り出した。田所という男の顔を見つめながら、ふと笑いそうになった。
きっと田所も死ぬ間際に言うのだろう。
「本当の黒幕は…」
もう何を言われても驚かない。だって俺は、三百年以上もこの台詞を聞き続けているのだから。
満月の夜、俺の長い長い復讐は今日も続いていく。
N本目のドライフラワーと共に。
プロンプト
「『N本目のドライフラワー』。ドライフラワーが好きな黒髪が似合う女性だった。彼女との思い出。走馬灯が。チンピラに追いかけられていた俺。恋人はチンピラによって帰らぬ人に。俺は必死に逃げた。気が付くと、満月が見える丘にいた。気が付くと謎の男がいた。「復讐を果たしたいか?」。そして、その日から俺は吸血鬼になった。俺は何百年もかけて復讐を果たす。数珠つなぎのように犯人が繋がっていく。犯人を追い詰めるとその犯人が別な主犯格がいると言い残す。本当にこれは復讐なのだろうか。追い詰められたクズが最後っ屁にムカつく奴の名前をだしただけ?俺は毎年、ドライフラワーを備える。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。読感はセンチメンタルにエモーショナルになるようにお願いします。」




