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『129号室の客』

 ★ 第一章 チェックイン


「ルーマニアからお越しのブラード・ツェッペリン様ですね」


 私がそう確認すると、カウンター越しの男性は静かに頷いた。午後11時過ぎという遅い時間帯にも関わらず、彼の肌は雪のように白く、まるで陽の光を一度も浴びたことがないかのようだった。


「長期滞在のご予約を承っております。期間は未定ということでよろしいでしょうか」


「そうだ」声は低く、どこか古風な響きがあった。


「静かな部屋を頼む」


 ホテル・グランデ東京の129号室は確かに静かだった。12階の角部屋で、窓からは皇居の森が見える。通常なら人気の部屋だが、なぜか長期間空いていた。


「お荷物はこちらだけでしょうか」


 彼が持参したのは古めかしい革のトランク一つだけ。重そうに見えたが、ベルボーイの田中が持ち上げようとすると、予想以上に軽かったらしい。後で田中は「中身、空っぽなんじゃないですかね」と首をかしげていた。


 ★ 第二章 夜勤の噂


「あの129号室の客、変じゃないですか」


 深夜のスタッフルームで、清掃係の佐藤が小声でささやいた。


「どう変なんだ」夜勤警備員の山田が眉をひそめる。


「昼間、部屋を掃除しようとしたら『日中は絶対に入るな』って言われたんです。それで夜中に清掃してくれって」


「夜型の人なんだろう」


「でもね」佐藤は声をさらに落とした。


「部屋に鏡がないんです。持参した荷物にも鏡は入ってなかった。それに、ミニバーのニンニク風味のおつまみ、全部撤去してくれって」


 山田は考え込んだ。確かに奇妙だった。


「それだけじゃないんです」今度はルームサービスの鈴木が割り込んできた。


「食事の注文が変なんです。肉料理しか注文しない。それも必ずレアで。血が滴るくらいの」


「好みの問題だろう」


「でも一度も完食しないんです。一口か二口つけて、あとは手をつけない。何のために注文してるのか」


 ★ 第三章 奇妙な夜


 それから一週間後、夜勤中の私に内線電話がかかってきた。


「コンシェルジュデスクです」


「あの...フロントの田中です。ちょっと変なことがあって」


「何ですか」


「129号室の客なんですが、さっきエレベーターから出てきたの見たんです。でもエレベーターのボタン、誰も押してなかったんです。12階のランプもついてない」


「見間違いでは」


「それが...もう一つ変なことが。防犯カメラの映像なんですが、廊下を歩いてる姿は映ってるのに、エレベーター内の映像には映ってないんです」


 私は背筋が寒くなった。


 翌朝、清掃の佐藤から報告があった。


「129号室のシーツなんですが、全然汚れてないんです。まるで使ってないみたい。でもベッドには確実に人が寝た跡がある。不思議ですよね」


 ★ 第四章 満月の夜


 満月の夜、警備の山田から緊急連絡があった。


「12階で変な音がします。129号室の辺りから」


 私が駆けつけると、確かに奇妙な音が聞こえた。まるで大きな鳥が羽ばたいているような音。


「お客様、大丈夫でしょうか」ドアをノックしたが返事がない。


「マスターキーで開けますか」山田が提案した。


 その時、音がぴたりと止んだ。


「...どなたですか」ドア越しにツェッペリン氏の声が聞こえた。


「コンシェルジュの者です。物音が聞こえたもので」


「問題ない。すまなかった」


 翌朝、清掃の佐藤が青い顔で報告した。


「窓が開いてました。12階なのに、外側に何かが通った跡があるんです。でも人間が通れるわけない...」


 ★ 第五章 血の謎


 ある夜、ルームサービスの鈴木が血相を変えて私のところに来た。


「大変です!129号室で血が...」


「お客様が怪我を?」


「違うんです。お客様から血液型O型の血液パックを用意してくれと言われたんです。医療用の」


 私は絶句した。


「それは...医療機関でないと」


「でもお客様、『他に必要なものはない』って。お金はいくらでも払うからって」


 翌日、私は恐る恐るツェッペリン氏に確認した。


「血液パックの件ですが、お体の具合でも」


「...旧い習慣でね」彼は微笑んだが、その笑顔で口元が見えた瞬間、私は息を呑んだ。犬歯が異常に長く、鋭いのだ。


 ★ 第六章 十字架事件


 ホテルのロビーには小さなチャペルがある。結婚式場としても使われる場所だ。


 ある日、チャペルの十字架がなくなった。


「誰が持って行ったんでしょう」牧師の田村が困惑していた。


 同じ日、清掃の佐藤が129号室で発見したものがあった。


「燃えかすです。何かを燃やした跡がある。木片のような...」


 私たちは顔を見合わせた。


 ★ 第七章 最後の夜


 チェックインから一ヶ月が経った夜、ツェッペリン氏から内線があった。


「明朝、チェックアウトする」


「かしこまりました。お会計の準備を」


「現金で支払う。つり銭は不要だ」


 翌朝、私がフロントに出ると、彼はすでにそこにいた。日の出前の薄暗い時間だった。


「お世話になった」


 古いトランクを持ち、黒いコートに身を包んだ彼は、まるで古い映画から抜け出してきたようだった。


「またお越しください」


「機会があれば」彼は振り返り、最後に不思議なことを言った。


「君たちのホテルは居心地が良かった。昼間は静かだし、夜は適度に賑やか。何より...首筋の美しいスタッフが多い」


 そう言って彼は笑った。その瞬間、朝日が窓から差し込み、彼の姿が陽炎のように揺らめいて見えた。


 ★ エピローグ 残された謎


 ツェッペリン氏が去った後、129号室を調べてみた。


 部屋は完璧に片付いていた。まるで誰も使っていなかったかのように。


 ただ一つ、窓際に奇妙なものが残されていた。古い羊皮紙に書かれたメモだった。


『感謝を込めて - V.D.』


 それ以外、彼が滞在していた証拠は何もなかった。宿泊記録も、なぜか消去されていた。


 今でも時々、深夜の129号室から物音が聞こえるという報告がある。でも部屋は空室のままだ。


 そして私たちは暗黙のうちに決めている。129号室の話は他言しないと。


 なぜなら、誰が信じるだろうか。


 三ツ星ホテルに一ヶ月間、吸血鬼が滞在していたなんて話を。

プロンプト

『『129号室の客』。場所は東京の三ツ星ホテル。私はホテルのコンシェルジュ。ある日、色白のお客様がチェックインした。「ルーマニアからお越しのブラード・ツェッペリン様ですね」。この話は謎のお客様がチェックインして長期滞在中に起こる異変をホラーに書くシリアスコメディ短編小説です。従業員が噂話のように奇妙な出来事を話し、謎のお客様が吸血鬼であると匂わせて謎のままチェックアウトするのが特徴です。』

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