「作戦コード『ぶぶ漬け』~招いていないと暗に知らせるお上品な撃退方法~」
月が雲に隠れた京都の夜、私は祇園の石畳を歩いていた。突然、背後から声がかかる。
「こんばんは。素敵な夜ですね」
振り返ると、そこには異様に青白い肌をした男が立っていた。口元から覗く牙、血のように赤い瞳。間違いない——吸血鬼だ。
「鬼ごっこをしませんか?」男は優雅に一礼した。
「私が鬼です。朝まで捕まらなければ、あなたの勝ちということで」
私は慌てて走り出した。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げ切れば勝てる。しかし、奴の身体能力は人間を遥かに凌ぐ。このままでは逃げ切れない。
そうだ、家に帰ろう。吸血鬼は招かれなければ家に入れないはずだ。
息を切らして自宅に駆け込む。玄関の戸を閉め、安堵の息をついた瞬間——
「失礼いたします」
なんと吸血鬼が土足で上がり込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってください!勝手に入ってこないでください!」
「申し訳ございません。でも鬼ごっこの最中ですので」
男は丁寧に頭を下げながらも、しれっと居間に座り込んだ。
(この吸血鬼…礼儀は一応わきまえているが、空気が読めなさすぎる。何とかしてお呼びでないことを分からせないと)
私は京都人の血が騒ぐのを感じた。直接的に「帰れ」なんて野暮なことは言えない。ここは上品に、奥ゆかしく、相手に察してもらうのが京都流だ。
「夜も更けましたなあ」
私は時計を見上げた。
「もうじき夜明けでございますし」
「そうですね。もう少しですね」
男は微笑んだまま動かない。
「お疲れになったでしょう?」
私は続ける。
「お家の方でお待ちでは?」
「いえいえ、一人身でございます」
「そうでございますか…」
私は内心焦った。これでも通じないのか。
次の手を打つ。私は台所へ向かい、お茶を淹れた。
「お茶をどうぞ」
湯呑みを差し出す。
「ささやかなものですが」
「ご丁寧にありがとうございます」
男は飲み干すと、湯呑みを畳に置いた。
(まだ帰らない…もっと分かりやすくしないと)
「お忙しい中、わざわざお越しいただいて」
私は慇懃に微笑んだ。
「お時間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「とんでもございません。楽しい時間を過ごさせていただいております」
(コイツ…鈍感すぎるのか。まさかこんなに分からない奴がいるとは)
私の京都人としてのプライドが傷ついた。ここまで言っても分からないとは。
しかし、まだ最終手段が残っている。
「そうそう」
私は立ち上がった。
「夜食でもいかがですか?ぶぶ漬けでもよろしければ」
男の顔が一瞬強張った。
「ぶ、ぶぶ漬け…ですか?」
「はい。お茶漬けのことですが」
私は満面の笑みを浮かべた。
「京都では『ぶぶ漬け』と申します。サラサラッと召し上がっていただいて」
男の顔は見る見る青ざめていく。いや、元から青白いが、さらに青ざめた。
「あ、あの…実は急用を思い出しまして」男は慌てて立ち上がった。
「そうでございますか」
私は上品に微笑む。
「それは残念です。せっかくぶぶ漬けをご用意しようと思いましたのに」
「いえいえ、お気遣いなく!」
男は慌てて玄関へ向かう。
「失礼いたします!」
「お疲れさまでした」
私は玄関まで見送った。
「またいつでもどうぞ。ぶぶ漬けでもご一緒に」
男は振り返ることなく、夜の闇に消えていった。
私は居間に戻り、時計を見上げた。まだ夜明けまで2時間ある。
「作戦コード『ぶぶ漬け』…恐るべし」
私は満足げに呟いた。どんな超自然的存在でも、京都人の「ぶぶ漬け」の威力には勝てないのだ。これぞ京都千年の歴史が生み出した、最強の撃退術である。
外では烏が鳴き始めていた。吸血鬼は結局、日の出を待たずして退散していったのだった。
翌日、近所の奥さんに話すと、
「あら、それは災難でしたなあ。でも『ぶぶ漬け』で帰らはったなら、まだ常識のある吸血鬼どすなあ」
と言われた。京都では、ぶぶ漬けの暗黙の了解を理解できる者こそが、真の教養人とされるのである。
たとえ吸血鬼であっても。
プロンプト
『「作戦コード『ぶぶ漬け』~招いていないと暗に知らせるお上品な撃退方法~」。場所は京都、夜中に吸血鬼と遭遇した私。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう家だ。しかし、家に入っても無理やり入ってきた。丁寧ではあるが礼儀をわきまえていない様子の吸血鬼。(コイツ…鈍感すぎるのか。何とかしてお呼びでないことを分からせない)。いろいろな京都的表現でお呼びでない早く帰ってくれと揶揄する。しかし、通じない。こうなれば最終手段…作戦コード『ぶぶ漬け』を発動する。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。』




