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『What goes around comes around』

 

 月も隠れた漆黒の夜、悪徳領主バルドリック・フォン・グリードハート三世は、いつものように税収の督促から帰る途中だった。馬車の中で金貨を数えながら、今日も領民から絞り取った金の重みに満足していた。


「今月も順調だな。あの未亡人から取り立てた分で、また新しい絵画が買えるぞ」


 バルドリックは薄ら笑いを浮かべていたが、突然馬車が急停止した。


「何事だ!」


 外に出ると、御者も護衛の兵士たちも、まるで石像のように動かなくなっていた。いや、よく見ると彼らの首筋には二つの穴が開いている。


「お久しぶりですね、バルドリック様」


 振り返ると、そこには蒼白な肌に血のように赤い瞳を持つ美しい女性が立っていた。しかし、その口元から覗く牙が、彼女の正体を物語っている。


「き、貴様は...」


「私の名前をお忘れですか?エリーザベト・ドラクルです。三年前、あなたに村を焼かれ、家族を殺された」


 バルドリックの記憶が蘇る。確かに三年前、税を払えない村を見せしめのために焼き払った。その時、美しい娘が一人いたが...


「まさか、あの時の村娘が...」


「ええ、死の淵で『彼』に救われました。そして今、復讐の時が来たのです」


 エリーザベトの瞳が赤く光る。バルドリックは慌てて後ずさりした。


「ま、待て!話し合いで解決できるはずだ!金なら払う、領地も分けてやる!」


「お金?」エリーザベトは嘲笑を浮かべた。


「私が欲しいのはあなたの命だけです。でも...」


 彼女は指を唇に当てて、まるで子供のようにいたずらっぽく微笑んだ。


「鬼ごっこをしませんか?日の出まで私から逃げ切れたら、見逃してあげます」


「き、鬼ごっこだと?」


「ええ。ただし、私に捕まったら...」エリーザベトは牙を舐めた。


「ゆっくりと血を啜らせていただきます」


 バルドリックの頭は回転した。吸血鬼の弱点は日光だ。朝まで逃げ切れば勝てる。しかし、この化け物から夜通し逃げ切れるだろうか?


 いや、待て。吸血鬼には他にも弱点がある。十字架、聖水、ニンニク...そして何より教会だ!この近くには聖ミカエル教会がある。そこに逃げ込めば...


「では、10秒差し上げます。10、9、8...」


 バルドリックは慌てて駆け出した。


 ---


 必死に走り続けて十分、ようやく聖ミカエル教会の鐘楼が見えてきた。バルドリックは安堵の息を吐いた。


「助かった...!」


 教会の扉を叩く。


「神父様!神父様!助けてください!」


 扉が開くと、白髪の老神父が現れた。


「これは領主様...こんな夜中にどうされました?」


「吸血鬼です!吸血鬼に追われているんです!どうか教会に匿ってください!」


 しかし、老神父の表情は急に冷たくなった。


「申し訳ございませんが、お帰りください」


「え?」


「三ヶ月前、教会の修繕費を要求した時、あなたは何と仰いましたか?『神の家など野ざらしで十分だ』と」


 バルドリックは冷や汗をかいた。確かにそう言った記憶がある。


「あ、あれは...!今なら修繕費を出します!いえ、倍額を!」


「遅すぎます。神は既にあなたを見放されました」


 ガチャン。扉が閉まった。


「ちょ、ちょっと待て!」


 バルドリックが扉を叩いていると、背後から涼しい声が聞こえた。


「見つけました」


 振り返ると、エリーザベトが立っていた。まったく息も切らしていない。


「ひい!」


 バルドリックは再び走り出した。


 ---


 次に向かったのは隣町の聖母教会だった。ここの神父は若く、まだ自分に恨みを持っていないはずだ。


「神父様!助けてください!」


 若い神父が扉を開けた。


「領主様...?」


「お願いします!吸血鬼に追われているんです!」


 若い神父は困惑した表情を見せた。


「それは...お気の毒ですが...」


「なんでもします!お布施も増やします!」


「いえ、そういう問題ではなく...」神父は申し訳なさそうに言った。


「昨日、あなたが我々の孤児院への援助を『無駄金だ』と断られたばかりで...」


「あ...」


「孤児たちは『あの人は悪い人だから、神様も助けてくれない』と言っております。子供たちの前でどの面下げて...」


 またしても扉が閉まった。


「くそ!」


 バルドリックはもう一度走り出した。しかし、足は重く、息も上がってきた。


 ---


 三つ目の教会、四つ目の教会...どこも同じ結果だった。


「税の取り立ての時の傲慢な態度を忘れましたか?」


「先月、病気の子供への薬代を『贅沢だ』と言って断ったでしょう?」


「うちの娘を愛人にしようとしたこと、覚えていませんか?」


 どの神父も、どの修道女も同じように扉を閉めた。


 バルドリックは絶望した。自分がいかに多くの人を傷つけてきたか、今になって思い知らされた。


 ---


 五つ目の教会に辿り着いた時、バルドリックはもうボロボロだった。服は汗と泥にまみれ、髪は乱れ、かつての威厳は跡形もなかった。


「お願いします...最後のお願いです...」


 老婆の修道女が扉を開けた。


「あら、これは珍しいお客様ね」


 バルドリックは涙目になった。


「シスター・マリア...覚えていてくれるんですね」


「ええ、よく覚えているわ。十年前、私たちが貧しい家庭に配る食料を『甘やかしだ』と言って禁止したあなたのことを」


「うっ...」


「おかげで何人の子供が餓死したと思っているの?」


「で、でも今は...」


「今は追い詰められて神にすがろうというの?」シスター・マリアは冷たく笑った。


「神は都合の良い時だけ頼るものではありませんよ」


 バン!またしても扉が閉まった。


 バルドリックは膝をついた。もう逃げる場所がない。体力も限界だった。


「お疲れ様でした」


 エリーザベトが現れた。月光を背に受けた彼女は、まるで死神のようだった。


「さあ、観念なさい。あなたがしてきたことの報いを受ける時です」


「待て...待ってくれ...」バルドリックは震え声で言った。


「確かに俺は悪いことをした。でも...でも死ぬほどのことか?」


 エリーザベトの表情が変わった。


「死ぬほどのこと?」彼女の声は氷のように冷たかった。


「私の父は、あなたの法外な税に苦しんで心を病み、首を吊りました。母は、村を焼かれる時に煙に巻かれて死にました。弟は、逃げる途中であなたの兵士に踏み殺されました」


 バルドリックは青ざめた。


「そ、それは...戦争だったから...」


「戦争?」エリーザベトは笑った。しかし、その笑い声には狂気が混じっていた。


「税が払えない村を焼くのが戦争なのですか?子供を踏み殺すのが戦争なのですか?」


「違う...そうじゃない...」


「あなたは私から家族を奪いました。だから私も、あなたから命を奪います。それだけのことです」


 エリーザベトがゆっくりと近づいてくる。バルドリックはもう逃げる力も残されていなかった。


「What goes around comes around...」エリーザベトが呟いた。


「因果応報という言葉を知っていますか?」


 その時、東の空がわずかに明るくなった。夜明けが近づいていた。


 エリーザベトは舌打ちした。


「惜しかったですね。でも...」彼女は不敵に微笑んだ。


「これで終わりだと思わないでください。私は永遠に生きます。あなたが死ぬまで、何度でも追いかけてきます」


 彼女は闇に溶けるように消えた。


 バルドリックは朝日を浴びながら、震えが止まらなかった。助かったのだ。しかし、これから先、毎晩この恐怖と向き合わなければならない。


 そして何より、自分が誰からも愛されていないという現実を突きつけられた。金と権力で人を従わせることはできても、本当に必要な時に手を差し伸べてくれる人は一人もいなかった。


「俺は...いったい何をしてきたんだ...」


 バルドリックは初めて、本当の意味で自分の罪の重さを理解した。しかし、それに気づくのは、あまりにも遅すぎた。


 夜はまた来る。そしてエリーザベトも。


 因果応報の歯車は、もう止まることはないのだった。


 ---


 **エピローグ**


 その後、バルドリック・フォン・グリードハート三世は急激に変わった。税を軽減し、孤児院に寄付し、教会の修繕費を全額負担した。


 しかし、人々の反応は冷たかった。


「今さら何を...」


「どうせ何か企んでいるんでしょう」


「偽善者め」


 そして毎晩、バルドリックは恐怖に震えながら朝を待った。エリーザベトは約束通り現れ続けた。時には屋敷の窓の外に、時には寝室の天井に、時には鏡の中に。


 彼女は決して攻撃しなかった。ただそこにいるだけで、バルドリックの精神を確実に蝕んでいった。


 やがてバルドリックは髪が真っ白になり、常に怯えるようになった。領民たちは彼を見て囁いた。


「あの悪徳領主も、ついに罰が当たったようね」


「因果応報とはこのことね」


 そう、これは復讐の物語などではない。ただの因果応報の話だったのだ。


 What goes around comes around。


 蒔いた種は、いつか必ず芽を出すのである。

プロンプト

「『What goes around comes around』。場所は異世界。夜中に吸血鬼と遭遇した悪徳領主として名高い私。部下が即座にやられてしまった。確かに悪徳だが、言うほどではない。しかし、やつは並々ならぬ因縁があるらしい。吸血鬼は私に対して鬼ごっこを提案する。私は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。吸血鬼の弱点はいくつもあるが、結局あそこしかない。そう教会だ。この話は吸血鬼から逃げるが行く先々で門前払いを喰らう悪役領主のざまあ系の話です。悪役領主はヘイトを集めるように書いてください。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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