表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
492/601

『ヴァンパイアガールズトーク』

 

 渋谷の雑居ビルの地下。看板も出していない隠れ家的なバー『Crimson』の重い扉の前で、二人の女性が立ち止まった。


「今日も疲れたね」と呟いたのは、黒いロングコートを羽織った麗子だった。一見すると普通のOLにしか見えないが、その瞳の奥には数百年の時が宿っている。


「本当よ。最近の男って、血の質が悪くなってない?」隣の美咲が溜息をついた。彼女もまた、外見は二十代後半の美しい女性だが、実際の年齢は誰も知らない。


 扉に手をかけようとした瞬間、後ろから声がかかった。


「ねえねえ、お姉さんたち!今度一緒に飲みませんか?僕、この辺詳しいんで〜」


 振り返ると、チャラチャラした服装の男が人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。しかし、二人の視線を受けた瞬間、その笑顔は凍りついた。


 麗子と美咲の瞳が、一瞬だけ赤く光った。


「あ、あの...なんでもないです!失礼しました!」


 男は慌てたように踵を返し、階段を駆け上がっていった。


「はあ...」二人は同時に溜息をついた。


 ---


 店内は薄暗く、客はほとんどいない。カウンターの奥では、これまた数百歳は生きていそうなマスターが黙々とグラスを磨いている。


「お疲れ様」


「お疲れ様」


 二人は馴染みの席に座り、いつものように赤ワインを注文した。もちろん、ワインの色に紛れて混ぜられた「特別な成分」入りのものだ。


「ねえ、さっきの男さ」美咲がワイングラスを回しながら言った。


「血吸わなくてよかったの?結構若くて健康そうだったけど」


 麗子は首を振った。


「やめときなさいよ。ああいうタイプの血は甘すぎるの。すぐお腹壊すわよ」


「甘すぎるって?」


「承認欲求とか自己顕示欲とかが血に混じってるのよ。昔の男の血はもっとこう...渋みがあったっていうか」


 美咲は納得したように頷いた。「確かに。最近の男って、みんなSNSばっかり見てるもんね。インスタグラムの『いいね』の数とか、マッチングアプリの『いいかも』の数とか、そんなことばっかり考えてる」


「そうそう!」麗子は身を乗り出した。


「この前なんて、血を吸ってる最中に『インスタ映えする死に方ない?』って聞かれたのよ。もう呆れて途中で放してあげちゃった」


 二人は顔を見合わせて苦笑いした。


「でも困るのよね、食事の確保」美咲が真面目な顔になった。「昔みたいに、城の近くを通りかかった旅人を...なんてわけにはいかないし」


「マッチングアプリでもいいじゃん、男なんて」麗子がスマホを取り出した。


「ほら、私のプロフィール見て。『夜型人間』『インドア派』『赤ワイン好き』って書いておけば、それっぽい人が寄ってくるのよ」


「でも面倒くさくない?メッセージのやり取りとか」


「そこはもう、慣れよ慣れ。『今度お家でワイン飲みませんか?』って誘って、相手が来たら...」麗子は首筋に手を当てる仕草をした。


 美咲は感心したように頷いた。


「なるほどね。でも、最近の男って血が薄いのよね。栄養不足っていうか」


「コンビニ弁当とかファストフードばっかり食べてるからよ。昔の農民の血の方がよっぽど濃厚だった」


「ああ、分かる分かる。あの頃は一口飲めば一週間は持ったもんね」


 マスターが新しいボトルを持ってきた。ラベルには『Premium Vintage 1850』と書かれている。


「今日は特別なものが入ったよ」マスターが小さく微笑んだ。


「江戸時代の侍の血だ。保存状態が良くてね」


 二人の目が輝いた。


「まあ!それは贅沢ね」


「でもお高いんでしょう?」


「君たちは常連だからサービスするよ。最近は若い吸血鬼たちも、みんなコンビニの血液パックで済ませてしまう。伝統的な味を知る者が少なくなって寂しいんだ」


 グラスに注がれた深紅の液体は、確かに現代の血とは違う芳醇な香りを放っていた。


「うーん、やっぱり違うわね」麗子がうっとりと目を閉じた。


「この複雑な味わい...武士道精神と玄米の香りがする」


「本当!それに比べて現代人の血ったら...エナジードリンクとカフェインの味しかしないもの」


「しかも最近は健康志向とかいって、みんな野菜ジュース飲んでるでしょう?血がまずくなる一方よ」


 二人はしばらく昔話に花を咲かせた。戦国時代の武将の血の話、江戸時代の商人の血の話、明治時代の文豪の血の話...


「でもさ」美咲がふと真面目な顔になった。


「私たち、この先どうするのかしら?」


「どうって?」


「だって、どんどん血の質は下がるし、人間はスマホに夢中で首筋を見せる隙もないし」


 麗子も考え込んだ。


「そうね...もう潮時かもしれない」


「潮時って?」


「この前、アルバイト情報誌見てたら『夜勤専門・経験不問・血液型不問』っていう求人があったのよ」


「まさか...」


「病院の夜勤よ。今度面接受けてみるつもりなの。点滴パックから少しずつ頂けば、誰にもバレないでしょう?」


 美咲は目を丸くした。


「それって...現代的解決法ね」


「時代に合わせて進化しなきゃ。恐竜だって絶滅したのは適応できなかったからよ」


 二人はまた顔を見合わせて笑った。


「でも時々思うのよ」美咲が遠い目をした。


「昔の方が良かったなって」


「どうして?」


「だって、あの頃は人間も私たちのことを恐れてくれたじゃない。今は『コスプレですか?』って聞かれるのよ。牙を見せても『付け牙可愛い〜』って」


「あー、それ分かる!」麗子が膝を叩いた。


「この前なんて、血を吸おうとしたら『あ、それSMプレイ?僕そういうの好きなんです』って言われて、もう...」


「現代人って、何でも性的な意味に取るのよね」


「神秘性がまったくない。昔は『吸血鬼』って言葉だけで人々が震え上がったのに」


 マスターが苦笑いしながら口を開いた。


「君たちの気持ちは分かるよ。でもね、時代が変わったんだ。我々も変わらなければならない」


「でも、マスターはどうやって適応してるんですか?」


「私は今、YouTubeチャンネルをやっているんだ。『千年マスターの血液ソムリエ講座』っていう」


「え!?」


「登録者数はまだ少ないが、着実に増えている。現代は情報発信の時代だからね」


 二人は呆然とした。


「時代は変わるものさ」マスターがグラスを磨きながら続けた。


「でも、変わらないものもある。美味しい血への探求心、仲間との絆、そして何より...」


「何より?」


「生きていくことの面白さだよ」


 店内に沈黙が流れた。そして、美咲がぽつりと呟いた。


「そういえば、明日合コンなのよね」


「え、合コン?」


「人事部の子に誘われちゃって。断れなくて」


 麗子が興味深そうに身を乗り出した。


「それって、食事のチャンス?」


「どうかしら。でも最近の男性って、酔っても血の質が悪いのよね。アルコールで薄まっちゃって」


「じゃあ、ソフトドリンクしか飲まない人を狙えば?」


「そういう人って、たいてい健康オタクなのよ。プロテインとサプリメントの味がして美味しくないの」


 二人はまた溜息をついた。


「でも頑張ってみる」美咲が決意を新たにした。


「もしかしたら、昭和生まれの年上の男性がいるかもしれないし」


「それいいじゃない!昭和の血ってまだマシよね」


「うん。平成生まれはダメだけど、昭和後期なら何とか...」


「令和生まれなんて論外よ。生まれた時からスマホがある世代の血なんて」


 時計を見ると、もう深夜2時を回っていた。


「そろそろ帰りましょうか」麗子が財布を取り出した。


「そうね。明日も仕事だし」


 二人は会計を済ませ、店を出た。


 外は相変わらず人通りが多い。深夜でも眠らない東京の街を見上げながら、美咲が呟いた。


「この街には、まだまだ美味しい血が流れてるはずよね」


「きっとそうよ。探し方を変えればいいのかも」


「そうね。今度、図書館とか美術館とか行ってみない?インテリな男性の血って、深みがありそう」


「いいアイデア!読書好きの血は語彙が豊富そうだし」


 二人は笑いながら、それぞれの住むマンションへと向かった。


 現代に生きる吸血鬼の夜は、まだまだ続く。

プロンプト

「『ヴァンパイアガールズトーク』。場所は東京の隠れ家的な個室バー。そこに入ろうとする二人の女。「ねえねえ」。チャラチャラした見た目の男が声をかけた瞬間、二人は睨む。「あ。なんでもないです」。圧に負けて退散する男。「さっきの男さ…血吸わなくてよかったの?」。「マッチングアプリでもいいじゃん、男なんて」。これは現代に適用する女吸血鬼の生々しい愚痴が魅力的な作品です。現代の日本を皮肉っているのが特徴です。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ