『癒し系ノスフェラトゥの対処法?』~もふもふ系小動物に気を付けろ!~
蒸し暑い七月の夕方、六本木の高層ビルから出てきた私は、首元のスカーフを緩めながら溜息をついた。残業続きの毎日で目の下にはクマができていたが、そんな私の肩を後ろから叩く人影があった。
「北条さん、今日空いてる?」
振り返ると、マーケティング部のエース・倉田先輩が立っていた。いつもの完璧なスーツ姿ではなく、カジュアルなワンピース姿。普段は鋭い眼差しも、今日はどこか上気していた。
「え、はい…大丈夫ですけど」
「ちょっと飲みに行こう。新人歓迎会以来でしょ?」
気づけば六本木の隠れ家バーで乾杯していた。仕事の愚痴から始まり、先輩のファッションの話、私の故郷の話…。グラスが空になるたびに会話は弾み、私たちの距離も縮まっていく。
「北条さん、秘密の話していい?」
先輩は急に声を潜めた。
「今からちょっと変わったところに行かない?」
「変わったところ?」
「コンカフェ」
「コンカフェ…ですか?」
「でもねぇ、普通のじゃないの」
先輩は目を輝かせた。
「『もふもふの吸血鬼』っていうの。秋葉原にあるんだけど、最近できたばっかりで、まだあんまり知られてないの」
酔いも手伝って、私は頷いていた。
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秋葉原駅に着くと、先輩は急に足早になった。路地を曲がり、雑居ビルの前で立ち止まる。派手な看板も出ていない。ただ小さなプレートに「Nosferatu Café」と書かれているだけだった。
階段を上がりドアを開けると、中は薄暗く、赤い照明が静かに揺れていた。
「いらっしゃいませ〜」
甘ったるい声と共に現れたのは、黒いマントを羽織った…小動物だった。猫?いや、モモンガ?羊?何かが混ざったような、もふもふとした生き物が二足歩行で近づいてきた。
顔には小さな牙が覗き、目は赤く光っていた。
「こちらへどうぞ〜」
案内されるままにテーブルに着くと、次々ともふもふの吸血鬼たちが寄ってきた。
「お姉さん、飲み物は何にする?」
白いもふもふが私の腕にまとわりついてくる。
「私はブラッディメアリー」
先輩が即答した。
「北条さんも同じにしとく?」
「あ、はい…」
飲み物を待つ間、先輩はもふもふたちに囲まれ、嬉々として彼らの毛並みを撫でていた。
「北条さん、触ってみなよ。冷たくて気持ちいいよ」
恐る恐る手を伸ばすと、確かに夏場にはひんやりとした感触。まるでエアコンの効いた部屋で冷やしておいたぬいぐるみのようだ。
ブラッディメアリーが運ばれてきた。真っ赤な液体に氷が浮かんでいる。一口飲むと、トマトジュースのような味がした。
「美味しいでしょ?」
先輩が笑う。
「ここ、コスパ最高なの。ホストクラブとか行くより全然安いし、ビジュアルもこの通り」
先輩の隣には既に三匹のもふもふが寄り添い、彼女は嬉しそうに彼らの頭を撫でていた。
「毎週来てるの?」
「うん、最近はね」
先輩の目が少し虚ろになった。
「夏は特に気持ちいいよ。ひんやりしてて…あと、彼らの話を聞いてると、なんか全部どうでもよくなるの」
私は二口目のブラッディメアリーを飲んだ。少し頭がぼんやりしてきた。
もふもふの一匹が私の膝に乗ってきた。「お姉さん、仕事疲れてる?」と囁く。
「まあ…ね」
「私が癒してあげる」と言いながら、もふもふは首に顔を近づけた。
「ちょっと、痛くないから安心して」
そう言って、もふもふが私の首筋に牙を立てた瞬間、ビリッと電気が走ったような感覚。でも痛くない。むしろ、心地よい。疲れが抜けていくような…。
「どう?気持ちいいでしょ?」
先輩の声が遠くから聞こえた。見ると、先輩の首筋にも小さな赤い点が。
「彼らはね、血を吸うんじゃなくて、疲れを吸い取ってくれるの」
「疲れを…?」
「そう、ストレスとか、疲労とか…全部吸い取ってくれるの」
私の膝の上のもふもふが顔を上げた。赤い目が少し明るくなっていた。
「お姉さんのストレス、美味しい」
言われて初めて気づいた。彼らは本当に吸血鬼なのかもしれない。血液ではなく、現代人の「疲れ」を吸い取る新種の吸血鬼。
「先輩、これ…大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
先輩は既に三杯目のブラッディメアリーを飲み干していた。
「私、最近全然疲れなくなったもん。仕事も捗るし…」
時計を見ると、既に午前一時を回っていた。
「そろそろ帰らないと…」
「えー、もう少し居ようよ」
先輩は私の腕を引っ張った。
「次のセットがまだあるのに」
私は立ち上がった。
「先輩、明日も仕事ですよ」
「明日?」先輩は首を傾げた。
「あー、そっか。北条さんはまだ慣れてないもんね」
何か違和感を覚えながらも、私は会計を済ませた。意外と安い。
「また来てね〜」
もふもふたちが手を振る。
外に出ると、先輩は少しふらついていた。
「北条さん、私ね、最初は週一だったんだ。でも今は毎日来ちゃう」
「毎日ですか?」
「うん。だって、あの子たちと離れてると、なんか体がだるくなるの。頭も痛くなるし…」
私は先輩の顔をまじまじと見た。確かに肌は白く、目の下のクマもなかったが、何か生気が失われているように見えた。
「先輩、もしかして依存してません?」
「依存?」
先輩は笑った。
「なにそれ。ただの癒しよ。都会人の必需品。北条さんもすぐ分かるわ」
タクシーを拾い、先輩を家まで送り届けた。別れ際、先輩は言った。
「明日も行こうよ」
「考えておきます」と曖昧に答え、私はタクシーで自宅へ向かった。
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次の日、オフィスで先輩を見かけた。昨日よりも顔色が悪く、目がうつろだった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ん?ああ…ちょっと寝不足で」
先輩は無理に笑った。
「今日も行こうよ。あの子たち、北条さんのこと気に入ってたみたい」
昼休み、私は気になって「Nosferatu Café」を検索してみた。公式サイトはシンプルで、特に変わった情報はない。しかし、あるブログ記事が目に留まった。
『癒し系ノスフェラトゥの対処法—謎のもふもふ系小動物に気を付けろ!』
記事によれば、彼らは確かに疲れを吸い取ってくれる。しかし、代わりに依存性のある「癒し物質」を体内に注入するという。一度体験すると、彼らの「癒し」が欲しくてたまらなくなる。そして、通い詰めるうちに、徐々に精神エネルギーが吸い取られていくのだという。
記事の最後には、依存から抜け出す方法が書かれていた。
「本当の意味での休息を取り、人間本来の回復力を取り戻すこと」
その日の夜、先輩から何度もメッセージが来た。
「今日も行こう」
「あの子たち待ってるよ」
「北条さん、返事して」
私は意を決して電話をかけた。
「先輩、ちょっと話があります」
「今どこ?カフェに来る?」
先輩の声は焦っていた。
「いいえ。先輩のマンションに行きます」
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先輩の部屋に着くと、そこは散らかり放題だった。いつも完璧だった先輩の部屋とは思えない。
「ごめんね、散らかってて」
先輩は落ち着きなく歩き回っていた。
「で、話って何?早く終わらせて行こうよ」
「先輩、このままじゃダメです」
私はブログ記事を見せた。
「これ、読みました?」
先輩は一瞥すると、笑った。
「なに、これ。都市伝説みたいなもんでしょ」
「先輩、鏡見てください」
渋々鏡の前に立った先輩は、自分の顔を見て驚いた様子だった。確かに疲れは消えていたが、代わりに生気が奪われ、目は虚ろになっていた。
「これが先輩ですか?いつもキラキラしてた先輩は?」
先輩は黙り込んだ。
「記事によると、依存から抜け出すには、本当の休息が必要だそうです。先輩、明日から二人で休みましょう。会社には私から連絡しておきます」
「でも…あの子たちがいないと…」
「大丈夫です。私がいます」
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二日後、海辺の小さな町にある民宿。先輩は最初の一日、ずっと震えていた。
「北条さん、ダメ…あの子たちに会いたい…」
でも、私は先輩の手を握りしめた。
「もう少しです。先輩なら絶対乗り越えられます」
三日目、先輩の顔色が少し戻ってきた。海を見ながら、先輩は言った。
「北条さん、ありがとう。なんか、少しずつ頭がクリアになってきた」
「よかった」
「でもさ、あの子たちも悪い子じゃないんだよ」
先輩は空を見上げた。
「ただ、生きるためにああするしかないんだと思う。私たちの疲れを糧にして…」
「都会の寄生虫みたいなものですね」
「そうね」
先輩は笑った。
「でも、一番悪いのは、依存してしまう私たちの弱さかも。現実から逃げたくなる気持ち」
最終日、先輩の目は再び輝きを取り戻していた。
「北条さん、会社に戻ったら、もっとちゃんと休憩取ろうね。無理せず」
「はい」
「それと…」
先輩は少し恥ずかしそうに言った。
「次は普通のコンカフェに行こう。もふもふじゃない、普通の人間のいるところ」
私たちは笑い合った。
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東京に戻る電車の中、先輩は窓の外を見ながら言った。
「あのカフェ、つぶれないかな」
「難しいでしょうね。あんなに依存性の高いサービス、需要ありますから」
「そうだね」
先輩はため息をついた。
「私みたいに、日常から逃げたい人はいっぱいいるもんね」
「でも、先輩なら大丈夫です」
「うん、もう大丈夫」
先輩は微笑んだ。その笑顔は、もふもふの吸血鬼に魅了されていた頃より、ずっと美しかった。
プロンプト
「『癒し系ノスフェラトゥの対処法?』~謎のもふもふ系小動物に気を付けろ!~少し蒸し暑い夏の東京。「ねえ、今日空いてる?」。クールでイケてる先輩に呼び止められた私。「ちょっと飲みに行こう」。女子会も盛り上がったとき、先輩は少し周り様子を見ながら言った。「今からコンカフェ行く?」。物珍しさから一緒に秋葉原に向かった私。「もふもふの吸血鬼とあそびませんか?」。キャッチに連れられて入店する私たち。店には可愛い小毒物系の可愛い吸血鬼がいた。彼らは無邪気に私たちを接客する。「可愛いい!ホストクラブよりコスパ良いし、ビジュも上で夏場はひんやり冷たい」。気に入った先輩が早口でしゃべる。どうやら魅了されたようだ。だが、何かがおかしい。このプロットを元にブラックコメディ短編小説を書きましょう。」