『吸血島』~闇バイトで集められた俺たち~
「無人島って言われているが、ほんとになにもねえな」
田中が砂浜から続く細い獣道を見上げて言った。俺たちは変な闇バイトに集められた「吸血島探検隊」の五人組だ。俺、田中、佐藤、山田、そして川口。全員大学生で、金欠という共通点だけで結ばれた赤の他人同士だった。
「いや、あるだろ」
川口がスマホを見ながら言った。
「吸血鬼が」
佐藤が嘲笑うように鼻を鳴らした。
「マジで信じてんの?」
「百万円もらえるなら何でもやるさ」
川口は肩をすくめた。
そう、俺たちがここにいる理由は単純明快。「吸血島」と呼ばれるこの無人島に潜む吸血鬼を撮影して証拠を持ち帰れば、一人あたり百万円がもらえるという話だった。普通なら詐欺だと思うところだが、先に交通費と装備品代として十万円ずつ前払いされていたから、半信半疑でも来る価値はあった。
「おい、見ろよ」
山田が指差す先には、島の中央に聳える小高い丘があった。
「あれ、建物じゃね?」
確かに丘の上に西洋風の古びた屋敷らしき影が見える。俺はバックパックから双眼鏡を取り出した。
「間違いねえ。洋館だ」
「じゃあ無人島じゃないじゃん」
佐藤が不満そうに言った。
田中が地図を広げる。
「でも公式には無人島になってる。戦前までは何かの研究施設があったらしいけど、今は廃墟のはずだ」
俺たちが話している間にも、日は傾きつつあった。この島で一泊して、明日の夕方には迎えの船がくる。吸血鬼がいようがいまいが、とりあえず一晩を過ごすしかない。
「とにかく進むか」
俺はリュックを背負い直して言った。
砂浜から森へと続く道を進むこと二十分ほど。突然、視界が開けた小さな空き地で、俺たちは足を止めた。
そこには一人の老人が立っていた。
白髪と白いヒゲを蓄えた老人は、まるでこの島の一部であるかのように自然に佇んでいた。身なりは質素だが清潔感のある服装で、杖を突いている。
「早く帰りなさい」
老人の声は静かだったが、どこか重みがあった。
「おじいさん、この島に住んでるんですか?」
川口が尋ねた。
「わしはお前さんたちとは違う。帰る船がない」
「何言ってんだ?」
佐藤が苛立ちを隠せない様子で言った。
「俺たちは明日帰るよ。今日一泊して、吸血鬼がいるか調査するだけだ」
老人はゆっくりと微笑んだ。その笑顔に、なぜか全員が背筋を冷やされる思いがした。
「吸血鬼、ね」
老人は呟いた。
「見つかるといいのぉ」
「知ってるんですか?」
俺は思わず聞いていた。
「吸血鬼のこと」
「さあ」
老人は曖昧に答えた。
「ただ、日が落ちたら森の中にいないことだけは忠告しておくよ」
そう言うと、老人は俺たちに背を向け、森の中へと消えていった。
「ちょっと待って!」
田中が声をかけたが、老人の姿はもう見えなかった。まるで霧のように溶けたかのように。
「気持ち悪い爺さんだな」
佐藤が吐き捨てるように言った。
「でも明らかなフラグじゃん」
川口が笑う。
「ホラー映画なら、この後絶対みんな死ぬやつ」
「冗談言うなよ」
山田が顔をしかめた。
俺は時計を見た。
「とりあえず、丘の上の屋敷に行ってみよう。日が落ちる前に拠点を作らないと」
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西日が山の端に沈みかけた頃、俺たちは丘の上にある古い洋館に辿り着いた。想像よりずっと保存状態が良く、誰かが手入れをしているようにさえ見えた。
「誰かいるのかな」
山田が恐る恐る玄関のドアをノックした。
返事はない。
「勝手に入るのも何だけど…」
俺が言い終わる前に、ドアがゆっくりと開いた。
「うわっ!」
全員が一歩後ずさった。
しかし、ドアの向こうには誰もいなかった。ただの風か、あるいは古い蝶番のせいで自然に開いたのだろう。
「入るぞ」
田中が先頭に立って言った。
洋館の内部は意外にも清潔で、廃墟というより使われていない別荘といった趣だった。大きなホールを中心に、何部屋かが並んでいる。電気はないが、持ってきたランタンで十分明かりは取れた。
「ここで野営するか」
俺はホールの中央に荷物を下ろした。
「おい、見つけたぞ」
佐藤が別の部屋から声をあげた。
全員が駆け寄ると、そこには小さな食堂があり、テーブルの上には何と食事が用意されていた。パンとチーズ、そして赤ワインのボトル。まるで俺たちの到着を予期していたかのようだ。
「罠じゃないのか?」
山田が恐る恐る言った。
「でも腹減ったし」
川口がパンに手を伸ばす。
「いただきます」
「おい!」
俺は叫んだが、川口はすでに一口食べていた。
「うまい!」
川口の顔が明るくなった。
「全然問題ない。毒とかじゃないよ」
恐る恐る、他のメンバーも食事に手を伸ばした。確かに美味しい。不思議なことに、ワインボトルには「歓迎」と書かれたタグまでついていた。
「これ、俺たちのために用意されてたんじゃ…」
田中が言いかけたその時、外から風の音が聞こえた。
「何だ?」
窓の外を見ると、さっきまで穏やかだった空が急に曇り、風が強くなっていた。
「天気予報では晴れのはずだったのに」
山田がぶつぶつ言う。
その時だった。「ガタン」という音とともに、館全体が軋んだ。まるで生き物のように。
「なんだよ今の…」
俺が言い終わる前に、部屋の明かりが一斉に消えた。持ってきたランタンも。
「おい、どうなってんだ!」
佐藤が叫ぶ。
暗闇の中、かすかに聞こえる足音。誰かが近づいてくる。
「誰だ?」
俺は声を振り絞った。
返事はない。代わりに、部屋の隅から青白い光が漂い始めた。その光が強まるにつれ、ホールの中央に人影が浮かび上がる。
それは、あの老人だった。
しかし、森で会った時とは明らかに違う。老人の目は赤く光り、口元からは鋭い牙が覗いていた。
「警告したはずじゃ」
老人…いや、吸血鬼は静かに言った。
「マ、マジかよ…」
川口が震える声で言った。
「本当に吸血鬼…」
「百万円ゲットだな!」
佐藤が興奮した声を上げた。
「写真撮れ!誰か撮れ!」
田中がスマホを取り出そうとした瞬間、吸血鬼は不敵に笑った。
「写真?そんなものでワシが映るとでも?」
確かに、スマホの画面には吸血鬼の姿が映っていない。
「そんな…」
田中が呆然とつぶやいた。
「せっかく来てくれたお客さんじゃ」
吸血鬼はにやりと笑った。
「歓迎するよ。百年に一度の晩餐会にな」
その言葉と同時に、洋館の至る所からうめき声が聞こえ始めた。壁の影から、天井から、床下から、次々と青白い人影が現れる。全て吸血鬼だ。
「逃げろ!」
俺は叫んだ。
五人はパニックになって、それぞれ違う方向に走り出した。俺は玄関へと向かったが、ドアは固く閉ざされていた。
「開かない!」
背後から聞こえる笑い声。振り返ると、老人の吸血鬼が浮遊しながらこちらに迫ってきていた。
「帰りたいのか?」
吸血鬼は楽しそうに言った。
「でも、お前さんたちはバイトで来たんじゃなかったかな?吸血鬼を見つけるまで帰れないと」
「バカにするな!」
俺は怒鳴った。
「見つけたぞ!だから帰らせろ!」
「ああ、でも契約書をよく読んだかな?」
吸血鬼はニヤリと笑った。
「証拠を持ち帰るまで、だろう?」
その瞬間、館内に悲鳴が響き渡った。川口の声だ。
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「川口!」
俺は声のする方へ走った。
階段を上がり、廊下を曲がると、そこには川口が床に倒れていた。その首筋には、歴然とした二つの穴。
「遅かったな」
若い女性の吸血鬼が川口の上に覆いかぶさるようにして言った。彼女は唇の血を拭いながら立ち上がる。
「美味しかったよ」
「この…!」
俺は彼女に突進しようとしたが、足が動かない。恐怖で凍りついたのか、それとも何か超自然的な力で縛られているのか。
その時、女吸血鬼の後ろから、何かが飛んできた。十字架だ。
「効くかな!?」
山田の声がした。
女吸血鬼は十字架を見て、大げさに後ずさりをした。
「ああ〜、十字架だ〜、怖い怖い〜」
そして突然、彼女は爆笑した。
「冗談よ!そんなの映画の話!」
彼女が素早く山田に飛びかかった瞬間、廊下の窓が砕け散り、佐藤が野球のバットを振りかざして飛び込んできた。
「喰らえ、クソ吸血鬼!」
バットが女吸血鬼の頭を直撃した。彼女は一瞬よろめいたが、すぐに平然とした顔で佐藤を見上げた。
「痛いじゃない」
彼女は不満そうに言った。そして一瞬で佐藤の喉元に手を伸ばした。
「ぐあっ!」
佐藤が床に倒れる。山田も動けずに立ち尽くしている。
「次はあなたね」
女吸血鬼が山田に向かって歩き出した時、俺の脳裏に一つの考えが閃いた。
「待て!」
俺は叫んだ。
「取引しよう!」
女吸血鬼は足を止めた。
「取引?」
「俺たちを帰してくれたら、代わりに新しい獲物を連れてくる。この島のことを誰にも言わない」
「ふーん」
女吸血鬼は考え込むような素振りを見せた。
「面白いわね」
その時、老人の吸血鬼が現れた。
「だめだ」
老人は言った。
「一度島に来た者は帰さない。それがルールだ」
「でも、マスター」
女吸血鬼が言った。
「たまには趣向を変えても…」
「黙れ」
老人は厳しく言った。
「百年の伝統を破るわけにはいかん」
俺は必死で考えた。脱出する方法はないのか。その時、ふと気づいた。川口が床で身じろぎしていた。まだ生きている!
女吸血鬼と老人が言い争っている隙に、俺は川口に近づこうとした。しかし、一歩も動けない。
「無駄だよ」
老人が俺を見た。
「もう皆、わしの意のままだ」
老人が手を上げると、廊下の突き当たりから田中が歩いてきた。しかし、その目は虚ろで、すでに半吸血鬼になっている様子だった。
「お前も仲間になれ」
老人は言った。
俺はもがいたが、体はどんどん重くなる。意識が遠のいていく。
「ダメだ…」
その時、突然の光が廊下に差し込んだ。
「なんだ!?」
老人が驚いた声を上げる。
窓の外から、強力な投光器の光が差し込んでいた。そして次の瞬間、窓ガラスが割れ、黒服の男たちが飛び込んできた。
「全員動くな!吸血鬼対策特殊部隊だ!」
男たちは素早く動き、老人と女吸血鬼にガーリック入りの液体を浴びせた。二人の吸血鬼は悲鳴を上げて床に倒れる。
「大丈夫か?」
一人の男が俺に声をかけた。
「何が…どうして…」
「説明している時間はない。生存者を確保して脱出するぞ」
特殊部隊は手際よく川口と佐藤を抱え上げ、俺と山田を促して外へ出た。外では既に何台ものヘリコプターが待機していた。
「田中は?」
俺は振り返りながら聞いた。
「もう手遅れだ」
隊員の一人が冷たく言った。
「感染が進みすぎている」
ヘリに乗り込み、島から離れる間も、俺の頭は混乱したままだった。
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「つまり、これ全部ヤラセだったの?」
病院のベッドで、俺は目の前の男を見つめた。スーツを着た中年男性は、名刺を差し出した。
「政府特殊状況管理局、課長の鈴木です」
「特殊状況って…吸血鬼のこと?」
鈴木は頷いた。
「その通り。あの島は、かねてから我々が監視している吸血鬼の一派の根城だ。しかし、彼らの実態調査と、新兵器のテストが必要だった」
「新兵器?」
「ガーリック溶液スプレーだ。あれで彼らは72時間行動不能になる。その間に特殊収容施設に移送できる」
「でも、なぜ俺たちを使ったんだ?」
山田が隣のベッドから言った。
「生きた餌だよ」
鈴木は冷淡に言った。
「彼らが活発に動いているところを観察する必要があった」
「じゃあ、闇バイトの話も…」
「我々の作戦の一環だ。もちろん、約束の報酬は払う。一人100万円とボーナスで、生存者には追加で50万円ずつだ」
「川口と佐藤は?」
俺は恐る恐る聞いた。
「命に別条はない。ただ、少量の吸血鬼の血液が体内に入っているため、しばらく隔離観察が必要だ」
鈴木は立ち上がり、ドアに向かった。
「そして、言うまでもないが、今回の件については完全な機密保持契約にサインしてもらう。漏らせば、法的措置だけでなく…」
彼は意味深な笑みを浮かべた。
「君たちを再び餌として使わせてもらうかもしれないからね」
ドアが閉まり、俺と山田は顔を見合わせた。
「なあ」
山田がか細い声で言った。
「もう闇バイトはやめようぜ」
「ああ」
俺は疲れた声で答えた。
「そうだな」
窓の外では、満月が高く昇っていた。そして一瞬、俺には見えた気がした。月明かりの中、何かが飛んでいるのを。
きっと、気のせいだ。そう思いたい。
しかし、首の傷がうずくのは、気のせいではなかった。
プロンプト
「『吸血島』。ここは吸血鬼が棲むと言われる島。俺たちは闇バイトで集められた。吸血鬼を見つけるまで帰れない。ただ、見つければ金が貰える。「無人島と言われているが、ほんとになにもねえな」。上陸して少し歩くと、老人が現れた。「早く帰りなさい」。俺たちは老人の忠告を無視する(フラグ)。このプロットを元にシリアスホラーコメディ短編小説を書きましょう。」