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『僕のヒーローヴァンパイア』

 

 午後十一時。月明かりが暗い路地を薄く照らす東京の片隅。俺は塾の補習が終わり、疲れた足を引きずりながら家路を急いでいた。


「はぁ...明日のテストどうしよう。微分の公式、全然覚えられないし...」


 ため息をつきながら歩いていると、突然、後ろから声がした。


「よぉ、お兄ちゃん。こんな時間に一人かい?」


 振り返ると、黒いパーカーを着た中年男性が、にやにやとした笑みを浮かべて立っていた。手には缶ビール。酒臭い息が風に乗って俺の鼻をつく。


「あの...僕、急いでるんで」


「そう逃げるなよ。ちょっとゲームしようぜ。鬼ごっこ。おじさんから逃げきれれば君の勝ちだよ。どう?」


 男は俺の腕をつかもうとして、よろめきながら一歩前に出た。本能的に一歩後ずさる俺。


(やばい、マジでやばい。どうすれば...)


 頭の中で選択肢が高速で回転する。


(交番...そうだ、三つ角を曲がれば交番がある。そこまで全力疾走すれば...)


 でも俺は運動部じゃない。毎日塾通いの勉強人間。この細い足で逃げ切れる自信はない。


 暴漢はにやにやと笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。


「さぁ、ゲーム開始だ。逃げろよ、お兄ちゃん」


 その瞬間だった。


「待ちなさい!」


 空の彼方から響き渡る声。


 俺も暴漢も同時に空を見上げた。


 塀の屋上に、黒いマントをなびかせる人影。月明かりに照らされた白い顔。そして、口元からのぞく鋭い牙。


「弱い者いじめは許さん!我が名は『ヴァンパイア』!闇の正義を司る者なり!」


 マントを大きく広げると、彼は風に乗って舞い降りてきた。長い黒髪が風になびき、真っ赤な瞳が夜闇に光る。


 暴漢は驚きのあまり、手に持っていた缶ビールを落とした。プシューッと音を立てて、ビールが地面に飛び散る。


「な、何者だ、お前は!?」


「言ったであろう。我は『ヴァンパイア』。正義のために戦う吸血鬼だ!」


 ヴァンパイアは右手を前に突き出し、左手でマントの端をつまんで顔の下半分を隠した。完璧なポーズ決めだ。


「へぇ...吸血鬼かぁ。面白い。でもな、こっちには武器があるんだよ」


 暴漢はポケットからナイフを取り出した。その刃が月明かりに反射して、一瞬光る。


 ヴァンパイアは一歩も引かない。


「フン、そんな玩具で我を脅せると思うか?吸血鬼は不死身。刃物などこの体には...」


「痛たたた!」


 ヴァンパイアの台詞を遮るように、暴漢が振り回したナイフが、彼の腕をかすめた。赤い血が滲む。


「え?不死身じゃないの?」


 ついつい俺は聞いてしまった。


「あ、いや...その...本物の吸血鬼は確かに不死身なんだけど、僕はまだ修行中で...」


 急に素に戻ったような口調。ヴァンパイアは恥ずかしそうに頭をかく。


「というか、本物じゃないんかい!」


 暴漢も呆れた声を上げる。


「い、いやいや、本物だよ!ほら!」


 ヴァンパイアは慌てて牙を見せる。プラスチック製の付け牙だ。


「あの...」


 俺が声をかけようとした瞬間、


「こらっ!そこで何やってる!」


 制服姿の警官が、懐中電灯を振りながら走ってくる。暴漢は驚いて逃げ出した。


「待てー!」


 警官は暴漢を追いかける。


 ホッとした俺は、ヴァンパイアに礼を言おうと振り返った。


「ありがとう...って、あれ?」


 ヴァンパイアもどこかへ行ってしまった。


 しばらくして戻ってきた警官は、俺に事情を聞き、家まで送ってくれることになった。


「最近、この辺りでコスプレした若者が夜な夜な現れるって通報があってね。『正義の吸血鬼』とかなんとか言って」


 警官はため息をつきながら言った。


「そいつ、ただの大学生なんだよ。昼間は真面目そうなFランク大学文学部の学生でね。夜になると『ヴァンパイア』に変身しちゃうんだ。親御さんも心配してるんだろうなぁ」


 そう言って警官は首を振る。


 家に着く前、俺は交番の前で足を止めた。そこには「ヴァンパイア」こと大学生が、警官に説教されながら座っていた。マントは脱がされ、顔のメイクも半分落ちている。なんだか情けない姿だ。


 彼は俺と目が合うと、恥ずかしそうに微笑んだ。


「あの...助けてくれてありがとう」と俺は言った。


「いやいや、正義の味方の役目だから」


 彼は少し元気を取り戻したように応える。


「君、受験生?」


「はい、高校三年です」


「そっか。頑張れよ。勉強は大事だからな」


 なんだか兄貴のような口調になっている。


「でも、なんで吸血鬼なんかに...?」


 彼は少し照れくさそうに笑った。


「子供の頃から憧れてたんだ。弱い人を助ける正義のヒーロー。でも現実は厳しくてね。文学部に入って、小説家になろうと思ったんだけど...なかなか才能が開花しなくて」


「それで、自分で物語の主人公になっちゃったんですか」


「そうそう!現実逃避っていうやつ?でも、君みたいな子を助けられて良かったよ」


 彼の顔は、メイクが落ちてもなお青白い。徹夜で小説を書いているのかもしれない。


 その夜、家に帰った俺は教科書を広げた。微分の公式を眺めながら、ふと思う。


(ヒーローよりも、真面目に勉強して、いい大学に入ろう)


 そして、(できれば文学部じゃなくて、就職に強い学部に...)


 窓の外、満月が明るく輝いていた。どこかで「ヴァンパイア」が夜の街を飛び回っている姿を想像すると、なんだか笑えてくる。


 彼は彼なりの夢を追いかけている。俺には俺の道がある。


 その夜、微分の公式が、不思議と頭に入った気がした。

プロンプト

「『僕のヒーローヴァンパイア』。場所は東京、夜中に暴漢に遭遇した塾帰りの僕。暴漢は僕に対して鬼ごっこを提案する。「おじさんから逃げきれれば君の勝だよ」。僕は暴漢から逃れるために、思考を巡らせる。交番まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。そのときだった。「待ちなさい」。黒いマントと白い肌、鋭い牙。奴は吸血鬼…正義の吸血鬼。ヒーロー『ヴァンパイア』。カッコつけている吸血鬼だったが、警察が来て補導される。「ヒーローより真面目に勉強していい大学に入ろう」。そう決意する僕だった。このプロットを元にシュールコメディ短編小説を書きましょう。」

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