『初々しいカップルが気がつけば老夫婦』
夜の帝都・東京。西暦一九六〇年代、昭和の空気が漂う頃。
私は闇に潜む者。人の生き血を啜る吸血鬼。永遠の命を持ち、夜の闇を支配する者。
銀座の路地裏で血に飢えた私は、獲物を物色していた。しかし近頃は単調な日々に倦怠感を覚えていた。ただ血を吸うだけでは味気ない。
「今夜は少し趣向を変えてみるか」
私は鬼ごっこを思いつく。獲物を追い詰め、恐怖に歪む表情を楽しんでから血を啜る。そう決めた夜、私は彼らに出会った。
中学生のカップル。誰もいない路地に入り、おずおずと手を繋いでいる。少年は緊張した面持ちで、少女は頬を赤らめていた。
「ふ、初々しいな」
私は木陰から微笑んだ。彼らを食い物にしてもよかったが、どういうわけか興味が湧いた。今夜は見逃してやろう。彼らがどう成長するか、見届けてみたい気分になった。
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「何を見てるんだ、兄貴」
後ろから声が聞こえた。振り返ると、私の古くからの仲間、ミハイルが立っていた。彼も私と同じ吸血鬼で、陽気な性格の持ち主だ。
「あのカップルだ」
私は指差した。高校生になった二人が、校門の前で会話している。
「また同じカップルか。随分と長いこと見てるな」
「面白いんだ。人間の成長を見るのは」
ミハイルは鼻で笑った。
「奇妙な趣味だな。まあ、永遠の命があれば、暇つぶしの一つや二つ必要だろうがな」
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七年が過ぎた。彼らは大学生になり、それぞれ別の進路に進んだ。少女は東京の大学へ、少年は京都へ。距離が二人を引き離し、やがて彼らは別々のパートナーを見つけた。
「やれやれ、終わりか」とミハイルが言った。
「いや、まだだ」と私は答えた。
果たして…
三年後、彼らは再会し、よりを戻した。人間の縁の不思議さを、私たちは闇の中から見守った。
「なぜ彼らはまた付き合い始めたんだ?」ミハイルが不思議そうに尋ねた。
「奇妙なものだな。だが、この二人が一緒にいるときのしっくりくる感覚。お前も分かるのだろ」
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一九八〇年代、バブル経済の華やかな時代。彼らは結婚し、子供を授かった。満月の夜、私たちは病院の窓から、産まれた赤子を見つめる父親の姿を見た。
「おめでとう」と私は遠くから呟いた。
ある夜、彼らの長男が暴走族に絡まれているところを、私は助けた。名前も告げず、姿も見せず。ただ闇から現れ、また闇に消えた。
「人間を助けるとは、吸血鬼失格だな」とミハイルは冗談めかして言った。
「ただの気まぐれだ」と私は答えた。
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時は流れ、彼らは中年となり、そして老いた。私たちの姿は時代に合わせて服装を変えただけで、ほとんど変わらなかった。
二〇一〇年代、彼らは老夫婦となっていた。昔ながらの昭和の家に住み、子供たちや孫たちが訪ねてくる。
「あの時の初々しいカップルが、こんな立派な家族を築くとはな」とミハイルが感慨深げに言った。
「人間の一生など、私たちには瞬きのようなものなのにな」
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そして、ある日、彼は逝った。
残された彼女は、それでも強く生きた。子供たちに囲まれ、孫たちを可愛がり、夫の写真に毎日話しかけていた。
最後に会いに行ったのは、彼女の九十歳の誕生日の夜だった。
庭先で月を見上げる彼女を、私たちは遠くから見守っていた。
そのとき、彼女はふっと私たちの方を向いた。
私たちと彼女の目が合った。七十年以上にわたって彼女たちを見守ってきた私たちを、彼女の目がはっきりと捉えていた。
彼女はゆっくりと微笑んだ。それは感謝の微笑み、そして全てを理解している者の微笑みだった。
「ふ、まさかな」と私は呟いた。
だが、その夜を最後に彼女の姿を見ることはなかった。翌朝、彼女は静かに息を引き取ったという。
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私は今も闇に生きる。人間の血を啜り、永遠の命を持つ吸血鬼。しかし、あの夜以来、時折人間の家族を見守ることがある。世代を超えて、彼らの「初々しさ」から「老い」までを見届けることに、奇妙な満足感を覚えるようになった。
「吸血鬼失格だな、俺たち」
ミハイルは笑う。
そして私たちは、今夜も誰かの物語を見つけるために、東京の闇に溶け込む。
永遠に生きる者だからこそ、刹那に輝く人間の生を愛おしく思う。
それが吸血鬼の、もう一つの楽しみ方なのかもしれない。
プロンプト
「『初々しいカップルが気がつけば老夫婦』。場所は昭和の東京。私は吸血鬼。夜の帝王。今日も人間の生き血を吸う。しかし、最近マンネリ化してきた。私はふと鬼ごっこを提案することを思いつく、逃げ惑う人間を狩る。血を吸うだけではなく恐怖の顔を楽しめる。私は中学生のカップルを見つける。二人とも誰もいない道に入ると手をつないでいる。(ふ、初々しいな)。私は興味本位でこの二人を見逃すことにした。私は年を減らないが二人は徐々に大人になっていく。別なパートナーといる時期もあったが、結局よりをもどしている。(奇妙なものだ、この二人が一緒にいるときのしっくりくる感覚)。「よう、兄弟」。陽気な友人吸血鬼が声をかける。私たちはこのカップル二人の結婚式や出産を遠くから見届けていた。たまにピンチを救ったり、私たちの外見は時代に合わせて変えていくがほぼ変わらない。気が付くと、二人は老夫婦になっていた。気が付くと、婦人だけになっていた。夫人は子供や孫たちに囲まれて幸せそうだ。そのとき、老婦人と目が合う。彼女は私たちに微笑む。「ふ、まさかな」。意味深な笑みで物語は終わる。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」