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『忘却と鬼怒川温泉』

 硫黄の匂いが鼻をつく。


 目を開けると、見知らぬ景色が広がっていた。山々に囲まれた渓谷、そして静かに流れる川。頭がズキズキと痛む。


「ここはどこだ」


 自問自答する声が虚しく響く。周囲には誰もいない。何も持っていない。財布も携帯も、身分証明書すらない。


 しばらく歩くと、古びた看板が目に入った。「鬼怒川温泉」。栃木県だ。だが、なぜ自分がここにいるのか、どうやってここに来たのか、まったく思い出せない。


「一時的な健忘症か...」


 自分に言い聞かせるように呟いた。とにかく人を探そう。誰かに会えば、何か思い出すかもしれない。


 渓谷沿いの道を進むと、古風な旅館が見えてきた。「鬼怒川館」という名前だ。玄関に立つと、不自然なほどの静けさに気づく。


「すいません」


 声を上げるが、返事はない。靴を脱いで中に入る。誰もいない。まるでもぬけの殻だ。


「おーい、誰かいませんか?」


 廊下を進むと、ふと違和感を覚えた部屋がある。半開きのドアの隙間から覗くと、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


 壁に血文字で大きく書かれている。


「吸血鬼に気を付けろ」


 冗談ではないはずだ。あまりにリアルな血の色と、床に散らばった荷物。慌てて部屋を出ようとしたとき、背後で物音がした。


 振り返ると、一人の女性が立っていた。


「あなたも、逃げてきたの?」


 彼女は私を見て、安堵の表情を浮かべた。長い黒髪、血色の悪い顔、そして少し震える手。


「こんにちは、私は...」


 自分の名前が出てこない。記憶が断片的に欠けている。


「覚えていないの? 無理もないわ。あの吸血鬼に襲われたら、みんな記憶を失うから」


 女性はミステリアスな雰囲気を漂わせていた。どこか隠し事をしているような、そんな印象だ。


「あなたは?」


「私は美咲。昨日ここに泊まりに来たの。でも夜中に奇妙な音がして...目が覚めると、旅館の人たちがいなくなっていたわ」


 彼女の話によると、昨夜から旅館の客と従業員が次々と姿を消し、血に染まった壁だけが残されたという。


「私たちだけ...?」


「ええ、生き残ったのは私たち二人だけみたい」


 美咲は窓の外を不安そうに見つめた。日が傾き始めている。


「夜になる前に、ここを出ましょう」


 彼女の提案に頷いた。旅館を出て、山道を下り始める。鬼怒川の流れる音だけが聞こえる静寂の中、美咲は時々振り返りながら歩いていた。


「あの...俺たち、前に会ったことありませんか?」


 どこか見覚えのある顔だった。美咲は一瞬困惑した表情を見せたが、すぐに微笑んだ。


「さあ? あなたが記憶を取り戻さないと、分からないわね」


 歩きながら話すうちに、頭の片隅で何かが引っかかり始めた。断片的な記憶。賑やかな温泉街。旅館での宴会。そして...血。


「美咲さん、この辺りで最近、奇妙な事件は起きていませんでしたか?」


 美咲は立ち止まり、私をじっと見つめた。


「ええ、ニュースでやっていたわ。鬼怒川温泉で観光客が次々と行方不明になるという事件。警察は連続誘拐事件として捜査しているけど...」


 彼女の言葉で、記憶の糸が少しずつ結びつき始めた。俺は...警察官だ。この事件の捜査のために単身潜入捜査に来ていたんだ。


 しかし、それ以上は思い出せない。二人は暗くなる前に人里に辿り着こうと急いだ。山道を下りていくと、突然美咲が足を止めた。


「あれ...道を間違えたかも」


 前方は断崖絶壁になっていた。引き返そうとすると、美咲が私の腕をぐっと掴んだ。


「実は...あなたに話していないことがあるの」


 彼女の表情が一変した。穏やかな目が鋭く、冷たいものに変わる。


「あなたはよく頑張ったわ。これまで私から逃げ切った人は一人もいなかったのに」


 その瞬間、記憶が一気に蘇った。俺は警察官で、連続失踪事件の捜査中だった。そして最後の記憶...旅館の一室で美咲と対峙していた場面。彼女の牙が伸び、俺の首筋に噛みついた瞬間...


「思い出したみたいね」


 美咲の口元からは鋭い牙が覗いていた。


「吸血鬼の被害者は記憶を失う。でも二度目の噛みつきで、すべて思い出すの...そして完全に私の眷属になる」


 彼女が近づいてくる。逃げようにも、後ろは崖だ。


「本当は警察なんかに来てほしくなかったのに...でも、新しい仲間が増えるのは悪くないわ」


 美咲が牙をむき出しにして襲いかかってきた瞬間、俺は思い切って彼女を抱きしめ、一緒に崖から飛び降りた。


 鬼怒川の流れの中へ。


 ---


「おい、目を覚ませ!」


 声が聞こえる。目を開けると、白い天井。病院のベッドに横たわっていた。


「よかった、意識が戻ったか」


 同僚の刑事だ。


「お前、崖から川に落ちてたぞ。地元の釣り人が見つけて通報してくれた」


 頭を触ると包帯が巻かれている。


「美咲は...?」


「美咲? 誰だ? お前一人で発見されたぞ」


 彼は怪訝な表情を浮かべた。


「それより、連続失踪事件の犯人、見つかったみたいだ。旅館『鬼怒川館』の跡地から、何年も前に亡くなったはずの女将の遺体と、行方不明者たちの持ち物が発見された」


「女将...?」


「ああ、20年前に自殺したと言われていた美咲という名前の女性だ。死因は首の損傷。何かに噛まれたような痕があったらしい」


 ベッドの横のテーブルに、地元の古い新聞が置いてある。そこには若き日の女将、美咲の写真が掲載されていた。間違いない、あの女性だ。


 窓の外を見ると、夕暮れ時。日が沈み始めている。


「あの...首に何か傷はありませんでしたか?」


 同僚は首を傾げた。


「いや、特に何も。なんでだ?」


「...いや、なんでもない」


 俺は自分の首筋に手を当てた。傷はない。しかし、微かに痒みを感じる。そして、妙に喉が渇く。


 窓の外に目をやると、病室の窓ガラスに映る自分の姿が、薄く、ぼんやりとしていた。

プロンプト

「『忘却と鬼怒川温泉』。「ここはどこだ」。周囲を見るがなにもない。微かに硫黄の匂いがする。しばらく歩くと、鬼怒川という看板があった。場所は栃木。なんでここにいるのか。わからない。一時的な健忘症のような気がする。しばらく歩くと旅館があった。「すいません」。もぬけの殻だ。しかし、ある部屋で衝撃的な光景を目にする。血文字だった。「吸血鬼に気を付けろ」。どうやら、ここ鬼怒川温泉に吸血鬼が現れたらしい。そのとき、人影が見えた。唯一の生存者である女性に出会った私。「こんにちは、私は…」。思い出せない。女性はなにか隠しているようなミステリアスな雰囲気があった。オチ、私は唯一逃げられた生存者だったが記憶を無くしていた。気が付いたときにはもう遅かった。彼女の正体は…。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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