『件ドラキュラ化計画』
真夜中の東京。地下鉄の路線図にも載っていない場所。政府登録番号だけの身分証を首から下げた私は、無機質な鉄扉の前に立っていた。
「松本博士、お待ちしておりました」
インターホン越しの声に頷くと、重い扉が音もなく開いた。
地下研究所は想像以上に広く、白く輝く廊下が迷宮のように続いている。案内役の若い研究員は緊張した面持ちで前を歩く。
「所長は大変楽しみにしております。松本博士の『超再生因子』の研究は、所長の理論的裏付けとなる重要な発見だと」
私は黙って頷いた。生物学界では異端児扱いされてきた私の研究が、ここでは歓迎されるのだ。
「到着しました」
最奥の研究室。扉が開くと、あの人物が待っていた。
「やあ、松本君!ついに会えたね」
遺伝子学の権威、鬼頭教授。長年の研究に白髪が目立つが、その目は若々しく輝いていた。
「ようこそ、私はここの所長だ。ついに私の研究と君の研究が実を結ぶときだね」
興奮気味に語る彼の手には、私の論文が握られていた。それは学会で「倫理に反する」と葬り去られた研究だ。『超再生因子による細胞寿命の延長』。
「こちらへ」
鬼頭教授は奥の観察室へと私を導いた。そこには巨大なガラス張りの部屋があり、中には...
「あれは...」
言葉を失った。
「そう、ガラス張りの先にいるのが『件』だ」
半人半牛の姿をした生物。日本各地に伝わる予言獣、件。伝説では人の顔と牛の体を持ち、予言を残して三日で死ぬという。
「本当に...存在したのか」
「発見したのは数時間前。北海道の山中で保護された。言い伝え通り、人語を話し、未来を予言する」
ガラス越しに見る件は、どこか悲しげな表情で座り込んでいた。
「問題は寿命だ。三日しか生きられない。これまで五体を捕獲したが、全て三日で死んだ」
鬼頭教授は嘆息した。
「しかし、君の『超再生因子』と私の『血液再構成理論』を組み合わせれば...」
「永遠の予言者を作り出せる」
私は言葉を継いだ。
「ドラキュラのように不死となり、未来を語り続ける件...」
「そう、『件ドラキュラ化計画』だ」
教授の目は狂気じみた輝きを放っていた。
「試作品はすでに完成している。明日の朝、投与する予定だ」
彼は金属製のケースを開けた。中には赤黒い液体の入った注射器。
「松本君、君の天才的な研究が、人類の未来を変える。政府も軍部も、未来を予知できる生物兵器の価値を理解している」
その夜、私は研究所の仮眠室で横になったが、眠れなかった。
件の悲しげな目が忘れられなかった。
深夜、決心した私は静かに仮眠室を抜け出した。警備は厳重だが、首から下げた身分証のおかげで簡単に通過できた。
観察室に着くと、件は目を閉じて横たわっていた。
「やあ、松本博士」
驚いた。件が目を開けず話した。
「どうして私の名前を...」
「明日、あなたは選択をする。そして東京は闇に包まれる」
予言だった。
「何の選択だ?」
「人間として正しいこと、か。科学者として成功すること、か」
件の言葉は重かった。
「もし私がドラキュラ化したら...何が起きる?」
件はゆっくりと目を開けた。その瞳は人間のようでもあり、獣のようでもあった。
「永遠の予言。それは祝福ではなく、呪いだ。未来を知りすぎた者は、必ず狂う」
冷や汗が背中を伝った。
「松本博士、あなたなら分かるはず。生きるものは死ぬからこそ、美しい」
翌朝、実験の時間が来た。
白衣の研究者たちが緊張した面持ちで集まる中、鬼頭教授は誇らしげに赤黒い液体の入った注射器を掲げた。
「歴史的瞬間だ。この注射一本で、未来予知という人類の夢が実現する」
研究員たちが件を拘束し、注射の準備を整えた。
「松本博士、栄誉ある一射を、あなたにお願いしたい」
教授は注射器を私に差し出した。その瞬間、件と目が合った。彼の目に恐怖はなく、ただ悲しみと...諦めがあった。
「どうした、松本君?」
迷いを感じたのか、教授が促す。
私は...
「できません」
注射器を受け取らなかった。
「何?」
「この研究を中止します。件を解放しましょう」
会場がざわめいた。
「冗談じゃない!これは国家プロジェクトだぞ!」
教授の怒声が響く。
「生きるものは死ぬからこそ、美しい...そして意味がある」
私は件の言葉を繰り返した。
「永遠の予言者...それは狂気への道です。未来を知りすぎれば、人は選択の自由を失います」
「ばかな!」
教授は自ら注射器を掴むと、件に近づいた。
「止めてください!」
私が叫んだ瞬間、警報が鳴り響いた。突然の停電。非常灯だけが赤く点滅する暗闇の中、混乱が広がる。
「何が起きた?」
誰かが叫ぶ。
停電はわずか十秒ほど続いた。照明が戻ると...件の姿も、鬼頭教授の姿もなかった。
後日、警視庁からの報告では、鬼頭教授は行方不明のまま。研究所は閉鎖され、プロジェクトは凍結された。そして一週間後、私の自宅のポストに一通の手紙が届いた。差出人の名前はなかったが、中には一枚の紙。そこには達筆な字で書かれていた。
「生きるものは、死を受け入れてこそ生きる意味がある。科学者よ、死なぬ者を作るな。—件」
奇妙なことに、翌朝のニュースで鬼頭教授が地方の小さな町で発見されたと報じられた。教授は記憶を失っており、「件」という言葉を繰り返し呟いているという。そして私は決意した。超再生因子の研究を封印し、生命の自然な循環を尊重する新たな研究へと方向転換することを。
時に科学は、「できること」ではなく「すべきこと」を問わねばならない。
件の三日間の命は終わったかもしれないが、その教えは私の中で生き続けている。
プロンプト
「『件ドラキュラ化計画』。場所は東京の地下。私は公務員であり科学者。今日は秘密プロジェクトで都内某所に来た。「ようこそ、私はここの所長。ついに私の研究と君の研究が実を結ぶときだね」。興奮気味にしゃべる彼は遺伝子学の権威。そして、私は生物学の権威。「ガラス張りの先にいつのが件だ」。そう件とは、あの妖怪だ。件は、19世紀前半ごろから日本各地で知られる予言獣(妖怪)。文字通り、半人半牛の姿をした妖怪として知られている。予言を残して三日で死ぬ。しかし、私のドラキュラ薬で無敵の預言者となる。このプロットを元にシリアスホラーコメディ短編小説を書きましょう。」