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『ランプの魔人』

 見つからないことを祈りながら、私は呼吸を殺した。


 六本木の繁華街から逃げ出し、ビルの谷間に身を隠す。人気のない裏路地で膝を抱え、じっと身を潜めていた。冷たい風が髪をなびかせる。四月の夜とは思えない寒さだ。


「井ノ川さん、そこにいるのは分かっていますよ」


 黒衣の男の声が、静寂を破った。私は思わず息を呑む。どうして見つかったのか。この男、本当に人間じゃないのかもしれない。


 ◇


 すべては数日前に始まった。


 友人の鈴木が事務所に訪ねてきたとき、私はちょうど新しく手に入れた江戸時代の浮世絵を眺めていた。


「洋子さん、これ見てくれよ」


 彼が取り出したのは、不気味な模様の石仮面だった。灰色の石に、なぜか人の顔を思わせる造形。目と口らしき部分には異様に鋭い突起がある。


「え、キモ」


 思わず本音が出た。古美術収集が趣味とはいえ、あんなもの誰が欲しがるというのだろう。


「そんなのいいから、別なのない?」


 鈴木は少し落胆した表情を見せたが、すぐに立ち直った。


「まあ、好みは人それぞれだからな」


 その時、不意に背筋に悪寒が走った。振り向くと、鈴木のカバンの中から覗いていたのは、古ぼけたランプだった。どこかアラビアンナイトに出てきそうな、銅製の小さなランプ。


「あのランプって」


「あれ?骨董市で石仮面と一緒に売ってたんだ」


 私は妙な引力を感じた。


「あれ貰える?」


 鈴木は首を傾げた。


「いいけど...石仮面はダメでランプはいいの?」


「なんか、惹かれるのよ」


 その日の深夜、私はオフィスでランプを眺めていた。表面は埃と汚れで覆われていたが、形は美しい。


「ちょっと汚いけど、綺麗にすれば飾れるわ」


 柔らかい布でランプを磨き始めると、表面からゆっくりと輝きが現れてきた。夢中で磨いていると、次第に手の中のランプが温かくなってきたような...。


「井ノ川洋子さん」


 声がした。


 驚いて顔を上げると、そこには黒いスーツを着た男が立っていた。長身で細身、蒼白い顔に鋭い眼光。しかも、私の名前を知っている。


「あなた、誰?どうやって入ったの?」


 男は微笑んだ。その笑顔で見えた牙と、赤く光る瞳。


「私を出してくれてありがとう。五百年ぶりの自由です」


 私は混乱した。


「出してくれて?」


「このランプに閉じ込められていたのです。お礼にゲームをしましょう。あなたが勝てば願いを叶えましょう」


「もしかして、ヴァンパイア?」


 男は優雅に一礼した。


「正確には吸血鬼ではなく、ジンと呼ばれる存在ですが、まあ、似たようなものです」


「ジン...魔神?」


「そうです。さて、ゲームの説明をしましょうか」


 男は窓の外、東京の夜景を指さした。


「鬼ごっこでもしましょうか。夜明けまであなたを捕まえられなければ、私の負けです。一つだけ願いを叶えましょう」


「そして、捕まったら?」


 男は再び微笑んだ。


「それはゲームが終わってからのお楽しみです」


 こうして私は真夜中の東京を走り回ることになった。


 最初は六本木から渋谷へ。人混みに紛れれば見つからないと思ったが、男は人の波をすり抜けるように進み、私を追いかけてくる。


「人の多い場所は有利だと思いましたか?私には全ての人間が透明に見えますよ」


 新宿、池袋と電車を乗り継ぎ、男を撒こうとしたが、どこに行っても彼はすぐ後ろにいた。


「井ノ川さん、疲れませんか?降参してはいかがですか?」


 私は答えず、息を切らしながら走り続けた。二時間後、私は上野の路地裏で壁に背を預けていた。もう足が動かない。


「見つけましたよ」


 男が目の前に現れた。


「降参...です」


 男は満足げに頷いた。


「では報酬をいただきましょう」


 私は目を閉じた。血を吸われるのか、魂を取られるのか...。


「あなたの...」


 男の声が聞こえる。


「あなたの...コレクションが欲しい」


「え?」


 目を開けると、男は子供のように目を輝かせていた。


「五百年間、あのランプの中で美術品に囲まれる夢を見続けていたのです。あなたのコレクションを見せてください」


 翌朝、私の事務所はすっかり様変わりしていた。


「このヨーロッパの油彩画と、この日本の掛け軸は素晴らしい対比ですね!」


 黒衣の男、いや、ジンは私のコレクションを並べ替え、新しいディスプレイを作り上げていた。


「あなた、美術に詳しいの?」


「五百年の間、世界中の美術品を見てきました。もっとも、ランプの中からですが」


「で、血は吸わないの?」


 ジンは困ったように笑った。


「それはただの都市伝説です。私はあなたのコレクションを充実するお手伝いがしたいだけ」


 私は肩の力を抜いた。


「それじゃあ、コーヒーでも飲む?」


「喜んで」


 窓から朝日が差し込み、新しい一日が始まった。私の古美術コレクションには、思いがけない専門家が加わったのだ。


 石仮面はというと...鈴木に返したが、彼も欲しがらず、結局古道具屋に売り払ったらしい。誰かがそれを手に取る日が来るのだろうか。


 それはまた別の物語。

プロンプト

「場所は東京。私は井ノ川洋子。古美術収集が趣味の小金持ち。知人からある石仮面を見せられる。「これ見てくれよ」。「え、キモ」。気持ち悪い石仮面にげんなりしていた。「そんなのいいから、別なのない?」。そのとき、私は悪寒が走った。振り向くと、ランプがあった。「あのランプって」。「あれ?なんか道端に落ちてたランプ」。「あれ貰える?」。私は深夜、事務所でランプを眺めていた。「ちょっと汚いけど、綺麗にすれば飾れるわ」。私はキレイにランプを磨き上げる。気が付くと、部屋に黒衣の男がいた。「私を出してくれてありがとう。お礼にゲームをしましょう。あなたが勝てば願いを叶えましょう」。鋭い牙と赤い目。「もしかして、ヴァンパイア」。「鬼ごっこでもしましょうか」。私は夜の東京を駆ける。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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