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『吸血鬼に襲われたらローション相撲だ!』

 

 深夜の東京。ネオンの光が湿った路面に映り込み、霧のように漂う水蒸気が街灯の光を拡散させていた。俺、山下浩二(芸名:ホージー)は終電を逃し、慣れた道を歩いて帰っていた。大阪生まれ、東京育ちの俺は、下積み15年のピン芸人。今夜も新宿のライブハウスで5人のお客さんに全力の漫談を披露し、昼飯2回分の売り上げを手にしていた。


「まぁ、明日もあるさ」


 そう呟いて空を見上げると、異様に光る満月が俺を見下ろしていた。


 突然、路地の影から現れたのは、銀色に輝く長髪と完璧なスーツを着こなした男。歳の頃なら40代半ば。しかし、その顔には不思議と年齢を感じさせない透明感があった。


「やぁ、いい夜だね」


 男の声は低く、どこか外国のアクセントが混じっていた。


「あ、どうも」


 軽く会釈して通り過ぎようとした瞬間、男の姿が霧のように消え、次の瞬間には俺の目の前に立っていた。


「急いでどこへ行く?もう少し、話そうじゃないか」


 男が微笑むと、その口から鋭い犬歯が覗いた。


「あっ、マジモンの吸血鬼やん!」


 大阪のアクセントが思わず出た。男は優雅に肩をすくめ、にこやかに言った。


「ビンゴ。僕はヴラディミール。東欧の古い家系の者だよ。日本の夜を楽しんでいるんだ」


「ヴラディミール...」


「君を晩餐にしようと思うんだが...その前に少し遊ばないか?僕は獲物を追いかけるのが好きでね」


 ヴラディミールの目が赤く光り、そのスマートな容姿からは想像できない獣の気配が漂い始めた。


「鬼ごっこをしよう。ちょうど1時間後に始めよう、逃げ切れたら命は助けてやる」


 頭の中でパニックになりながらも、芸人の本能で冷静に状況を分析する。吸血鬼の弱点といえば日光。朝までもつかどうかわからないけど、逃げ切れるなら逃げ切りたい。でも、この吸血鬼、明らかに俺より速い。どんなに走っても追いつかれるだろう。


 そもそも、30分もすれば体力の限界がくる。芸人としての体力づくりは、ステージの上での5分間だけを想定しているのだ。


「逃げても意味ない...」


 と思った瞬間、閃いた。


「わかった。鬼ごっこやろう。けど、ルール追加させてくれよ」


「ほう?」


「1時間後、ここで再会した時、俺がお前を笑わせたら俺の勝ち。お前が笑わなかったら、その時は諦めて晩餐になるわ」


 ヴラディミールは面白そうに眉を上げた。


「興味深い賭けだね。いいだろう、受けよう。でも、私は400年生きているんだ。簡単には笑わないよ」


「それは、どうかな」


 俺は背筋を伸ばし、15年間の経験を詰め込んだ自信を見せた。ヴラディミールは腕時計を見て言った。


「1時間後、ここで会おう」


 そして、霧のように消えた。


 俺は即座に走り出した。目指すは24時間営業のドン・〇ホーテ。ここから徒歩7分の場所にある。


「芸人として誰も笑わせずに死ぬわけにはいかない。最後のネタは...ない。でも、最後の芸ならある!」


 店内に飛び込み、必要なものを買い揃える。大量のローション、バスタオル数枚、そして防水スマホケース。レジの女性は怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。


 帰り道、公園に寄り、巨大な水たまりのように見える場所を確保した。アスファルトの窪みに、買ってきたローションを全部ぶちまけ、周囲にもしっかりと塗り広げた。


 約束の時間の10分前、俺は現場に戻り、ヴラディミールを待った。


 時間通り、霧のような気配とともにヴラディミールが現れた。


「帰ってきたんだね。焼き肉屋に逃げなかったことに敬意を表するよ」


 彼が一歩近づいてきた時、俺は笑顔で言った。


「ちょっとこっちに来てよ」


 彼が不思議そうな顔で近づいてくる。その瞬間、俺は全力で彼の胸を押した。予想通り、彼は後ろに滑り、ローションを敷き詰めた場所に派手に転倒した。


「これが噂の...ローション相撲や!」


 俺も飛び込み、全身をローションまみれにしながら、彼に飛びかかる。ヴラディミールは驚愕の表情で、ローションまみれになりながら立ち上がろうとするが、何度も滑って転ぶ。


「何だこれは?!」


「力では勝てへんけど、ローションまみれなら別やろ!」


 俺はヴラディミールの周りをくるくると回り、時には彼の背中に飛び乗り、時には彼の足をすくう。完全に予想外の展開に、彼の優雅な態度は崩れ、口から出る言葉は東欧の何かの言語らしき罵り言葉。


 そして、ついに起こった。


「は...はははは!」


 ヴラディミールが笑った。彼自身も驚いたように口を押さえるが、もう遅い。彼の笑い声は夜の静寂を破り、周囲に響き渡った。


「なんて...なんてバカげた状況だ!400年生きて初めてだよ、こんな経験は!」


 彼は笑いながら、ローションの中に座り込んだ。その姿は、もはや恐ろしい吸血鬼ではなく、ただの面白い外国人のおじさんだった。


「勝った...?」


 俺が確認すると、ヴラディミールは落ち着いて微笑んだ。


「ああ、君の勝ちだ。約束通り、命は助けよう」


 彼はゆっくりと立ち上がり、ローションを拭おうとしたが、あまりの量に諦めた。


「それどころか...君の芸を見てみたい。次のライブはいつだい?」


「え?マジで?」


「もちろん。こんなに笑わせてくれる人間は珍しい。ちなみに...」


 彼は俺に近づき、小声で言った。


「僕は芸能プロダクションの株を持っているんだ。興味があれば話を聞かないか?」


 それから一年。俺の単独ライブ「吸血鬼に襲われたらローション相撲だ!」は連日満員。ライブ終了後の打ち上げで、スーツ姿のヴラディミールが乾杯の音頭を取る光景は、芸能界では有名な話になっていた。


「ホージー、次の企画はどうする?」


 ヴラディミールが訊ねる。


「次は...『狼男に襲われたらうどん早食い対決や!』どう?」


 彼は眉をひそめた後、大声で笑い出した。


「冗談だよ...多分」


 俺は微笑みながら、次の企画書を広げ始めた。

プロンプト

「『吸血鬼に襲われたらローション相撲だ!』。場所は東京、夜中に吸血鬼と遭遇した大阪生まれ東京育ちの芸人の俺。イケおじ吸血鬼は俺に対して鬼ごっこを提案する。俺は夜に吸血鬼から逃れるために、思考を巡らせる。吸血鬼の弱点は日光。朝まで逃げれば勝てる。しかし、逃げきれる保証はない。芸人なら誰も笑かさずに死ぬわけにはいかない。最後に見せるネタはない。こうなれば、芸人として体を張った芸を見せるしかない。そうローション相撲だ。俺は深夜までやっている量販店でローションを買って、道路にぶちまけた。このプロットを元にシリアスコメディ短編小説を書きましょう。」

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